ハナシ
尾形真理子(株式会社博報堂 コピーライター / シニアディレクター)×小野 健(資生堂 宣伝・デザイン部 チーフクリエーティブディレクター)×川原彩子(資生堂 宣伝・デザイン部 アートディレクター)

共感、憧れ...資生堂が描く「女性像」は誰のため?

資生堂のクリエーターが、各界で活躍する方々と「美」を語る対談シリーズ。資生堂 宣伝・デザイン部の設立100周年となる2016年は、「未来の資生堂デザイン」を語ります。名画に描かれた女神から、銀幕を彩る女優たち、職場の憧れの先輩まで、「理想の女性像」は、時代や文化によってもさまざま。美を探求する資生堂も、心ときめく「女性像」を描き続けることで、時代を生きる女性たちの内なる美しさを引き出してきました。そして、目まぐるしく変化する時代や価値観のなかで、「新たな女性像」はどのように生まれてくるのでしょうか。

今回の「ハナシ」は活躍著しい博報堂のコピーライター・尾形真理子さんをゲストに迎え、資生堂からは小野健、川原彩子のクリエーター陣が参加。男女の目線による違い、文化や時代の差も含めて「これからの女性像」について語り合います。

尾形真理子(おがた まりこ)
尾形真理子(おがた まりこ)
1978年、東京都生まれ。2001年に博報堂入社。資生堂、ルミネ、キリンビール、日産自動車など大手企業の広告コピーを手がける人気コピーライター。TCC賞、朝日広告賞グランプリほか、多くの広告賞を獲得。『試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。』(幻冬舎)で小説デビュー。女性の繊細な心を表現したコピーに共感する女性ファンは多い。また、南波志帆やV6に作詞提供もしている。2015年からは博報堂発行の雑誌『広告』の編集長も努める。
小野健(おの たけし)
小野健(おの たけし)
武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科を卒業後、1990年にグラフィックデザイナーとして資生堂宣伝部に入社。1994年からアートディレクター兼CMプランナーとして国内化粧品ブランド(ティセラ、PN、TSUBAKI、エリクシールなど)の広告を中心に携わる。現在は、アネッサ、プリオールなどのクリエーティブディレクションを担当。
川原彩子(かわはら さいこ)
川原彩子(かわはら さいこ)
日本大学芸術学部美術学科を卒業後、1992年に資生堂入社。海外の著名なフォトグラファーたちと数多くの作品を制作。クラス感のあるフォトディレクションを得意とする。グローバルブランドを中心にビューティーを描いてきた。現在は、クレド・ポー・ボーテのアートディレクションを担当。

それぞれの「資生堂の女性像」初体験

ツイストと楽曲タイアップをした「ナツコの夏」篇(1979年)

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最初に自己紹介も兼ねて皆さんのお仕事と、資生堂が描いてきた女性像との出会いを伺えますか?
川原
「資生堂による女性像」との出会いは、学生時代、近所の小さな化粧品屋さんで手にした商品リーフレットですね。モデルさんの美しさだけではなく、冊子のデザインや綴られた言葉など、全体から漂う清潔感や品の良さに惹かれました。以来、新しいリーフレットが出るたびもらいに通って......。卒業後に資生堂に就職すると、最初の上司がそのリーフレットを作っていた澁谷克彦さん(現・エグゼクティブクリエーティブディレクター)だったという縁もありました。
小野
僕の学生時代はテレビと歌謡曲の全盛期。当時の資生堂が季節ごとに展開していたCMキャンペーンに憧れたのが、出会いと言えそうです。特に覚えているのは70年代後半から80年代に見たCM。艶やかな女性たちと、矢沢永吉さんやツイスト、ラッツ&スターのかっこいい音楽が融合する世界観が鮮烈でした。そうした体験があったので、グラフィックデザイナーとして資生堂に入社しましたが、次第にCM制作に積極的に関わるようになっていきました。
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尾形さんはコピーライターとして、資生堂をはじめ多彩な企業広告の現場でご活躍中です。「資生堂との出会い」といえる思い出はありますか?
尾形
学生時代は、化粧品にほとんど関心を持っていませんでしたが、そんななかでハッとさせられたのは、島森路子さんや平野レミさんが登場した資生堂「アクテアハート」のCM(1997年)です。
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キャッチコピーは「美しい50歳がふえると、日本は変わると思う。」。版画家の山本容子さんらも登場したCMですね。
尾形
私はコギャル世代で、学生時代は「若ささえあれば無敵」という雰囲気が周囲にあったのですが、漠然と「その若さも儚いものでは?」と感じていました。そんなときに出会ったのがあのCMで、「歳を重ねてこその美」を提案しているのが印象的でしたね。資生堂さんのCMで好きなものの一つで、いまの時代にもすごく響きそうだと感じます。

「モテたい」から「美はマナー」へ、変化するキレイの価値観

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お話からは、資生堂が描く女性像も多様で、かつ外見のみならず、時代ごとの目に見えない価値観も反映されてきたように感じます。
小野
遡れば「花椿マーク」を完成させた山名文夫さん(1897〜1980年)のモダンなデザインやイラストにはじまり、中村誠さんによる女性の目や唇に寄った大胆かつ絶妙なトリミングの写真や、セルジュ・ルタンスの独特な世界観など、資生堂は常に新しい時代の女性像を生み出してきました。それは川原が話したように、モデルたちに加えてタイトルコピーやデザインなど、表現全体から成り立つもの。それがイラスト、写真、映像というメディアの変遷とも関わりつつ、歴史を重ねてきたと言えますね。
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その時代の各ブランドが持つ「女性像」は、どのように作られていたのでしょうか?
小野
最初に社内全体で商品ターゲットを定める段階があります。一言でいえば「誰に使ってもらいたいか」。その上で、想定する女性像について「どんな部屋に住んでいるか」「どんなファッションを楽しんでいるか」などディテールも含めて詰めていく。これが、ブランド観をより深めることになります。どの時代もそれをまず設定してきたと思いますが、最近は特に深く掘りさげていきます。
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その女性像は、実際の広告作りでどのように活かされていくのでしょう?
川原
仕事ごとで異なりますが、たとえば私が尾形さんとご一緒したインテグレートの広告は、最初に尾形さんが書いてくださった十行ほどの「ことば」が出発点。そこから女性像のイメージが広がり、発展しました。
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尾形さんによるキャッチコピー「ラブリーに生きろ♥」も、まさにインテグレートの女性像を一言に凝縮したものですね。資生堂の「内なる美しさを引き出す」という思想に呼応したものを目指したと。
川原
私たちが女性像について考えるとき、そもそも「なぜお化粧するのか」という話は避けて通れません。昔は「美しく見られたいから」という人が多かった気もしますが、最近は「自分のために」という人も多いのでは。
尾形
女子会のほうがおしゃれに力を入れるとか、よく聞きますね(笑)。恋人とのつき合いに加えていろいろなコミュニティーへの参加を楽しむようになり、結婚の捉え方も変化すると、「対恋人」は化粧をする理由の一つに過ぎない。美肌をマナーと捉えたり、幸福感や内面性とリンクさせて考える傾向が強くなるなど、「キレイ」の価値観も変化している気がします。一方で常にいえるのは、メーキャップやスキンケアは女性にとって「気持ちを変化させるスイッチ」のような存在だということ。
川原
たしかに、新しい化粧品を使うときはワクワクするし、逆に肌の調子が悪いと気分も落ち込んだり......。女性にとってキレイになるということは脳に直結していると感じます。
小野
尾形さんのいう「スイッチ」の話は重要だと感じます。そこから、自分を一歩踏み出させる自信や勇気を得るきっかけにもなり得るということですよね。

山名文夫氏の線画イラストは1950年代のもの。資生堂ドルックスシリーズ / 参照:資生堂宣伝史

資生堂口紅シリーズのイラストは水野卓史氏の作品(1960年代)/ 参照:資生堂宣伝史

尾形氏と川原の初仕事である資生堂インテグレートの広告(2011年)

あえて「男目線」だからこそ表現できる女性像

川原が手がけたクレ・ド・ポー ボーテの広告(2016年)

小野が手がけたアネッサ「走る、真木よう子」篇(2016年)

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新たな女性像を描くうえでは、男女の視点の違いも影響しそうです。美を提供してきた資生堂のクリエーターチームには、多くの男性がいらっしゃいますよね。
小野
かつての化粧品広告は、見てくれた人の「憧れ」を引き出すような表現が主流だったと思うんです。ちなみにこれらは、ほとんど男性が作っていたという事実もあります。その後、ユーザー / ブランドの細分化や、マーケティングの探求、さらに共感性の重視といった流れもあり、いまや、憧れや象徴性だけでは人々の心は動かない。今後この領域で女性クリエーターが一層活躍するのは間違いないですが、あえて「男目線」だからできることもあると、男の私は信じています。
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それはどういった部分においてでしょう?
小野
たとえば、企画会議で僕のアイデアはよく「男性の目線ですね」と女性に指摘されます。でも、女性が少し照れてためらってしまう、愛らしい世界観に一歩ふみ込めるのが、異性ならではの強みだと思うんです。これは男性アイドルのプロデュースに女性の意見が重要なこととも、どこか近いかもしれません。
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異性だから表現できる「女性像」が存在するのは確かですね。川原さんがインテグレートのコピーを、ご自身と同じく女性の尾形さんに依頼したきっかけは?
川原
インテグレートは女性のコピーライターさんのほうがいい、という直感があったんです。ただ、女性スタッフだけで作るとドライな表現に寄りがちなので、男性カメラマンだからこそ撮れる潤いに溢れた女性像も意識しました。
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川原さんは海外展開ブランドの仕事にも関わっています。女性像を作るうえで国内外の違いはありますか?
川原
地域ごとに文化や価値観は違いますが、国内でも海外でも作っていくブランドの女性像は一つだと考えています。内側にある自らの輝きを放っている女性をモデルに起用するなどしています。

「広告の究極目的は社会貢献」という決意

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企業が広告を通じて新たな女性像を描く意義をどう考えていますか?
小野
企業としては当然、売上貢献やブランディング向上など、いろいろと課せられたものがあります。しかし僕は、「広告制作の最終目的は社会貢献」だと思うのです。すべての女性に夢や勇気を届けるため、いかに心ときめくものを表現できるか。それを常に目指したい。
川原
関連して、課題だと思うことが一つあります。多様化・細分化するブランドごとに女性像を作っていく過程で、それが進みすぎると「資生堂としての顔」が後退して見えにくくなりかねない。そこをどう考えていけば良いのか、という想いがあります。
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今日のお話でいえば、「資生堂全体としての女性像」でしょうか?
尾形
たしかに、個々のブランド勝負のみに突き進むのではない「資生堂らしさ」は大きな価値でしょうし、私から見ると今もそれはあると感じます。表現の方向性はいろいろでも、最終的に達成されるクオリティーや清潔感、繊細さなどの一貫性が資生堂にはしっかりある。
川原
じつは、冒頭でお話した資生堂のリーフレットの件には続きがあって。先日、若手のアートディレクターと話す機会があったのですが、彼女は私の作ったマジョリカ マジョルカのリーフレットを見て資生堂を好きになってくれたそうです。これはすごく嬉しいことでしたね。時代は繰り返すのだと思った出来事でした。
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時代が変わっても、「資生堂らしさ」がしっかり引き継がれてきた証拠ですね。
小野
ただ、僕としては、1990年代あたりから、その「最終的なクオリティー」が社内で充分に伝承しきれていないのではという不安もあります。また、夢を届けようという作り手側が「それは資生堂らしくないから」という後ろ向きな理由で足踏みするのもいけない。常に新しい表現にチャレンジし、新しい女性像を描き続けること。それも一つの資生堂らしさだと考えています。クリエーターは安全地帯にいたらだめだと思うのです。

尾形氏と小野が携わった洗顔専科「もっちりな泡」篇の広告(2007年)尾形氏と小野が携わった洗顔専科「もっちりな泡」篇の広告(2007年)

継承されたクリエーティビティも資生堂らしさの一つ

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新しい挑戦を続けるのも、一つの資生堂らしさだということですね。
尾形
人や組織が「変わろう」というとき、本来大切だったものを真っ先に捨てて別の何かを目指すのは違うと思っています。だから、もし資生堂にも変わるべき部分があるのならば、それは小野さんのような想いを持った内側にいる人たちによって、変えていくのが一番ではないでしょうか。
小野
先日あるメーカーが「今後はモデルの写真に一切修正・加工をしない」という広告戦略を打ち出しました。素晴らしいことだなと思います。でも、アウトプットされたものが素敵でなければまったく意味がありません。そもそも資生堂はデジタル技術のない時代から、メーキャップやライティング、撮影までを含めたクリエーティビティで女性の美を見せる技術を極めてきました。あえていま、そうした原点に帰って資生堂らしい「内なる美」の表現を追求するのも可能性の一つでしょうし、今後もやれることはいろいろあると思っています。
尾形
もちろん、正解は一つではないでしょうね。でも、ときには「勇気を持って一人で突き進む」ことも大切で、信念がなければ、届ける相手の心に良い意味での傷は残せない。たとえ最初は思い込みでも、自覚と自信さえあれば、私のような外から一緒に作り上げている立場の人間も、その信念に乗っかれるというのはあります。
小野
僕は企画好きな人間で、広告は「企画がすべて」と考えています。でも、先ほど挙げたような新しい挑戦も、また川原のようにクオリティーをとことん追求する姿勢も、幅広く「企画」として捉らえています。僕たちのベースには間違いなく資生堂の血が流れているから、何をやっても大丈夫なはずです。今日はお話できてすごく良かったです。
川原
私と小野さんは一緒に仕事をしてきた長いつき合いですが、尾形さんも一緒に、この三人で何かできたらおもしろいなと思いました。
小野
じつは尾形さんは新人時代から15年も資生堂に関わってくれているので、一番我々のことを定点観測できている人だったりして......!
尾形
お声をかけていただけることがあればぜひ(笑)。
掲載日 2016年8月
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