ハナシ
傳田光洋(資生堂 グローバルイノベーションセンター主幹研究員)×澁谷克彦(資生堂 宣伝・デザイン部 エグゼクティブクリエーティブディレクター)

心はすべて「皮膚」に現れる。
新装刊『花椿』がTOUCH特集に込めた思い

資生堂のクリエーターが、「美」を語る対談シリーズ。2017年、記念すべき第1回のテーマは「アート×サイエンス」です。もともと調剤薬局として始まり、その領域を独自の美意識とともに提供してきた資生堂にとって、両者は切っても切り離せないもの。今回はその2つの世界の関係に、資生堂グローバルイノベーションセンターで長年「皮膚」の研究に携わってきた傳田光洋と、2016年に新装刊された『花椿』のアートディレクターである澁谷克彦の対話から迫ります。

これまで、私たちの内部と外界を隔てる境界として考えられてきた皮膚。しかし傳田は、皮膚そのものが脳と同じように外部の情報を感じ、「考える」機能があるという、「ブレインスキン理論」を2011年に提唱して社会に驚きを与えました。装いを新たに生まれ変わった紙版『花椿』0号では、この傳田の研究に着目し、「TOUCH」をテーマに掲げています。知られざる皮膚の働き、そしてそこから見える、サイエンスとアートの新領域とは?

澁谷克彦(しぶや かつひこ)
澁谷克彦(しぶや かつひこ)
1957年東京生まれ。1981年東京藝術大学デザイン科卒業。同年、資生堂宣伝部入社。「アユーラ」「インウイ ID」「クレ・ド・ポー ボーテ」、2007年より「SHISEIDO」といったグローバルブランドのデザインを、パッケージ+スペース+グラフィックとトータルにディレクションし、現在に至る。並行して2012年4月より『花椿』誌のアートディレクターを務める。JAGDA新人賞、JAGDA賞、東京ADC賞、東京ADC会員賞、東京TDC金賞、NY ADC特別賞、亀倉雄策賞など受賞。
傳田光洋(でんだ みつひろ)
傳田光洋(でんだ みつひろ)
1960年兵庫県生まれ。資生堂グローバルイノベーションセンター主幹研究員。国立研究開発法人科学技術振興機構CREST研究者。京都大学工学部工業化学科卒業。同大学院工学研究科分子工学専攻修士課程修了。1994年、同大学工学博士号授与。カリフォルニア大学サンフランシスコ校研究員を経て、2009年より現職。著書に『皮膚は考える』『皮膚感覚と人間のこころ』『驚きの皮膚』などがある。

『花椿』を通して、読者に「触れる」を体験してほしい

裏表紙にはザラつきのある加工を施している/『花椿』より

詩「ふれた永遠」最果タヒ/『花椿』より

付録「花椿文庫」/『花椿』より

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2016年10月に発行された『花椿』の新装刊0号では、「TOUCH」、つまり「触覚」がテーマになっています。誌面には傳田さんも登場して、皮膚についての知見や研究結果を語られていますね。
澁谷
デジタル化が進む現代では、モノの多様な質感に触れる機会が減ってきたと思うんです。昔は情報を得るにも、新聞紙に触ったり、テレビのつまみをいじったりしていたけど、いまではタブレットやスマホに集約されている。だからこそ新装刊号は、ウェブ版『花椿』では出せない、紙ならではの感覚を全面に押し出すことにしました。そこで着目したのが、傳田さんが取り組む最先端の皮膚研究。肌と触覚の不思議な関係に迫った「肌思う、ゆえに我あり?」特集をはじめ、実際にザラザラした紙を使って肌触りを感じてもらったり、付録に生の写真をつけたりと、いろんな「触覚の体験」を詰め込みました。
傳田
テーマが「TOUCH」と聞いて、すごく嬉しかったです。というのも、僕は詩や絵画などの芸術も好きで、資生堂に入社したのも文化の香りがしたからなんです。だから、『花椿』を通して、自分の皮膚研究に若い人が目を向けてくれるのが嬉しくて。表紙裏のザラついた紙も、読者に「触覚」というものを意識させるうまい仕掛けですね。
澁谷
ほかにも、雑誌サイズを以前より大判にして、単なる情報ではなく、ひとつの体験として感じてもらえるつくりにしています。詩人・最果タヒさんの詩が載っているのですが、A4版サイズで文字を大きく見せることで感じ方も変わってくると思うんです。
傳田
最果さんの詩、すごく良かった。多くの詩集が文庫になっているけど、詩にはそれぞれ適した文字の大きさがあるんですよね。そしていろんな質感に触れることは重要で、言語を学ぶときも、手書きとタイプライターでは、手書き学習のほうが効率が良いと言われます。「触覚」とともに学ぶと、より幅広く脳を使うので、物覚えが良くなるんです。
澁谷
僕は昔から、『花椿』でサイエンスをやろうと提案していたんです。これまでは、主にサブカルチャーを紹介してきたけど、映画やアートと同じように、最先端のサイエンス自体が、エンターテインメントになるんじゃないかと思っていて。
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澁谷さんが、傳田さんの研究を知ったのはいつごろだったのでしょうか?
澁谷
2011年の「クレ・ド・ポー ボーテ」のブランドリニューアルのときでした。一段上のラグジュアリーブランドを目指すため、アイデアを考えていたところ、傳田さんの「ブレインスキン理論」を知り、「これだ!」と直感的に思ったんです。肌にはさまざまな情報を処理する力があるという理論なのですが、ここに私たちクリエーターが考えるべき何か大事なことがあると、喉奥に小骨が刺さったように、ずっと気になっていたんです。

私たちは「皮膚」からも世界を感じとっている

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あらためて傳田さんに、皮膚のおもしろさを聞ければと思います。
傳田
皮膚の働きで有名なのは、バリア機能です。体内の水分を逃さないようにするため角層を自己修復したり、紫外線による炎症を防ぐためメラニン色素を生成したりと、皮膚はさまざまな方法で身体を守っています。でも、それだけではなく、表皮をつくる「ケラチノサイト」という細胞が優秀なセンサーになっていて、じつはいろんな外部からの情報を感じとっていることがわかってきました。たとえば、音や色、光の強弱なども皮膚は感じているんです。
澁谷
音や色も、ですか。
傳田
リラックス効果のある「オキシトシン」というホルモンは、ハグやキスなど触れることで分泌されます。これも脳から分泌されていると思われがちですが、皮膚でもつくられています。

一方、アトピー性皮膚炎や乾癬(かんせん)のため肌状態が良くない人は、精神疾患になりやすいことも報告されている。つまり、皮膚に触れるものやその状態は、かなり大きな割合で、私たちの心の状態にも影響を与えているんです。でも、そこで影響を受けるのは、脳の無意識の部分。それは言語化できないから、ないがしろにされてしまい、皮膚の研究は遅れてきたんです。
澁谷
傳田さんが皮膚のおもしろさに気づいたきっかけとは、何だったのでしょうか?
傳田
資生堂に入社してはじめて、皮膚の研究に就いたのですが、最初は何をやるべきか途方に暮れていたんです。その際、海外のいろんな研究を調べるなかで、後に留学することになるカリフォルニア大学サンフランシスコ校の、ピーター・イライアス教授の研究に出会いました。

彼が提唱しているのは「皮膚のバリア機能自律性」。人の角層バリアを破壊したとき、自然状態だったら48時間ほどで回復しますが、破壊した皮膚の上を水蒸気を通さないラップで包むとバリアは回復しないんです。つまり、ラップで包むことで、肌が「もうバリアが治った」と勘違いして再生しなくなると。しかし、水蒸気を通すゴアテックス素材で包むと、バリアが治っていないと認識し、バリアをつくろうとするんですね。それ見て、僕は背筋に電撃が走った。そのときですね、「皮膚は考える」という現在につながるアイデアに出会ったのは。
澁谷
私たちは、皮膚によっても世界の多くを感じているんですね。
傳田
視覚・聴覚・触覚などの五感のなかでは、視聴覚の研究がとくに進んでいるんです。それは、「見える」「聞こえる」など、容易に言語化して伝えられるからです。でも、触覚はなかなか共有できない。たとえば、好意を持つ相手と、嫌悪感を持つ相手に触られたときの触覚や感じとるものは、異なりますよね。要は、触覚は個人の主観や環境とあまりに密接に絡み合っているので、純粋にそれだけを取り出して論じるのが難しいんです。触覚ほど孤独なものはない。
澁谷
「触覚は孤独」って、いいですね。化粧品にも活かされている傳田さんの皮膚研究のおもしろさを、お客さまにどう提示するのかは難しく、いつも頭を悩ませます。というのも、いまの話でもあったように、触覚は本人の脳や身体に、無意識に影響を与えるわけです。しかし、その影響を言葉やアートなどに落とし込もうとすると、それはもう相手へ伝えるために言語化された「情報」になってしまう。結局、自分が体験した「触感」ではなくて、言葉として与えられたものを脳で考えていることになってしまうんですよね。
傳田
難しい作業ですね。ただ、基本的なこととして、リピーターのお客さまを増やそうとしたら、相手の「無意識」に働きかけるのが重要だと言えます。言葉にならないけど、化粧品の使用感や、パッケージの触り心地、そして香りなどを、お客さまは感じている。そういうものが、いつのまにか「私はこれが好き」につながっていく。とくに資生堂は、皮膚感覚に直結する領域を扱っているのだから、その方向をもっと模索するとおもしろいと思うんです。

2011年のリニューアル時に掲げたコピー「あなたの肌は、もうひとつの脳である。」/「クレ・ド・ポー ボーテ」ウェブサイトより

体感の「気持ち良さ」をどのように表現し、発信するか

傳田
いま、広告は言語情報で溢れていますよね。たとえば、「○○成分が、○○細胞に働きかけて......」というように。ところが30年以上前、僕がスキンケアの部署にいたときは、みんな使用感で勝負していたんです。つまり、「使ったときの気持ち良さ」を広告でも押していた。これは単純に見えて、重要なことだったと思います。
澁谷
僕はまさにそこを今後、ビッグアイデアにしたいんです。「気持ち良い」と思うのは、基本的には脳ですよね。でも、傳田さんの研究によれば、脳の前に、肌がその気持ち良さを感じている。そこに、お客さまの意識を向けたい。実際、「クレ・ド・ポー ボーテ」のスキンケアは、「名前は知らなかったけれど、使ってみるとすごく良い」という意見が多いんです。

ほかにも成分状態が変化することを「転相」といって、肌にのせたクリームの質感が、ふと液体になる瞬間がありますよね。僕はあの瞬間が好きなんです。肌が喜んでいる感じがするし、テクスチャーって、エンターテインメントだと思っています。
傳田
肌に心地良いことは、皮膚や精神にも良いんですよ。皮膚のバリア回復に「温度」が及ぼす影響について、研究したことがあったのですが、快適な人肌の温度である36~40度だとバリア回復が早くなった。しかし、やや冷たい34度以下、ちょっと熱い42度以上だと回復が遅れたのです。これは僕の仮説ですが、進化の過程で、人は「身体に良いこと」を「気持ち良さ」として認識するようになったのではないでしょうか。
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しかし、たしかにその肌感覚を、広告の世界で伝えるのは難しそうですね。
傳田
言葉をひたすら、皮膚に注意を向けるために使うというのも、一つの手なのかもしれません。先日、ある研究会で、仏教哲学の先生によるマインドフルネス指導に参加しました。瞑想の実体験をしたのですが、その先生が参加者を瞑想に誘うときに使う言葉が、すべて皮膚感覚に関わっていておもしろかったんです。たとえば、「それでは、足と床が触れるところに意識を集中しましょう」とか、「吐く息と吸う息の温度の違いを感じましょう」とか。いろんなことに煩わされず、自分をとり戻すための瞑想の場でも、言葉を使って皮膚に注意を向けていたんですね。
澁谷
なるほど。言葉を、完結するメッセージとしてではなく、一種のファシリテーションとして使うということですね。人は文字のようなわかりやすいものがあると、どうしてもそれに頼ってしまう。でも、文章に完結するものがなかったら、そこから何かを感じようとする意識が生まれるはず。それは、新しい広告のあり方かもしれないです。

資生堂はサイエンスそのものをアートとして捉えている

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あらためて、資生堂にとって、アートとサイエンスの関係とは?
傳田
そもそも、僕はアートとサイエンスに線を引く意味がないと思うんです。両方とも人間がつくったもので、かつては同じ人物が両方の分野をやっていたこともありました。
澁谷
そうですね。研究所も宣伝部も、どちらも人間の「見えないポテンシャル」に近づくことを仕事にしています。僕は、資生堂には二人の創設者がいると思っているんです。一人目は、1872年に日本で初の洋風調剤薬局を立ち上げた福原有信。二人目は、薬の研究をしながら写真家としても活躍した、2代目の福原信三です。その成り立ちゆえか、おもしろいことに資生堂のデザインは、いつもどこか人間の体内の循環など、サイエンスに引っ張られてきたところがあります。

資生堂を象徴する唐草模様のデザインにしても、もとは植物のイメージだったのが、いつの間にか気の流れを思わせるような線としてデザイン表現されていく。サイエンスそのものをアートとして捉える精神性が、資生堂にはずっとあったのだと思うんです。
傳田
アートは内なるものの表現、そしてサイエンスは自然からの発見、という印象がありますよね。しかし、量子力学の有名な物理学者ヴォルフガング・パウリは、「われわれが物理的発見と呼ぶものは、われわれの内にもともとあったものとの遭遇ではないか」と、驚くべきことを言っています。

つまり、物理法則は、ただ外から与えられるものではなく、自らの内にあるものと、外部にあるものが出会ったときに、見出されるのだと。それはもう、アート作品の生まれ方と一緒ですよね。物理法則が万人に共通なように、優れたアーティストは、時代を超えて人が共有する感性を捉えていると思うんです。
澁谷
資生堂のデザインは、いまおっしゃった万人にとって大事な感覚を、これまで暗黙知として引き継いできたと思います。より科学が進化した時代に生きるわれわれの世代のやるべきことは、その暗黙知をより意識化することなのかなと。たしかに、「○○成分が、○○細胞に働きかけて......」というコピーは、とてもわかりやすい。でも、資生堂という会社は、まさに傳田さんが探求されている皮膚のように、言語化は難しいけれど魅力的という領域を、すごく大事にしてくれる会社だと思っているんです。
傳田
こんなことを言うと怒られるかもしれないけど(笑)、僕は新しい研究テーマを考えるとき、「まず役に立つことを探す」といった考え方はしないんです。最初はただ、好奇心で皮膚と触れ合い、何かを発見したら、そこからお客さまに役立つ落としどころを考える。

実際、脳がクリエーティビティを発揮するのは、思考が不安定な状態にあるときだという説があります。既存の社会秩序のなかで、利益や人間関係だけを気にしながら考えたことからは、クリエーティビティは生まれないんです。脳が自由な状態でいることが、発見にはとても重要です。
澁谷
お話を聞いていても思いましたが、傳田さんは思いきり資生堂体質ですよね(笑)。資生堂は詩的な考えを持つ会社で、「オチがある会社」じゃないと思うんです。みんな、言語化できないものをずっと探し続けていて、それをデザインやサイエンスで表現しようとする。そしてその蓄積によって、お客さまの心のなかに大事なものを残そうとしている。それが、資生堂の「美」なのかもしれません。
傳田
オチがないほうが、惹かれますよね。そのほうが、答えの追求をやめないから、より長く続いていく。僕はフランツ・カフカという作家が好きなのですが、彼の作品もオチがないがゆえに、心の水面に波紋が広がって行くようなあり方をしている。

皮膚の研究も同じで、これまで言語化できずに遅れてきたぶん、そこには大きな可能性が広がっているんです。私たちは、じつは日々、目に見えない触覚から多くの豊かな影響を受け取っている。『花椿』で「TOUCH」の特集が組まれたように、「触れる」ことに、たくさんの人々の注目が集まる時代が、すぐそばまでやってきていると感じています。
掲載日 2017年2月
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