ハナシ
坂東玉三郎(歌舞伎俳優)×高橋歩(資生堂 宣伝制作部 クリエーティブディレクター / アートディレクター)

移ろう時代のなかで、純度の高い「美」を残すには

資生堂のクリエーターが、各界で活躍する方々と「美」を語る対談シリーズ。今回のゲストは、歌舞伎界を背負って立つ女形として、日本独自の美を体現する坂東玉三郎さん。対談をするのは、そんな玉三郎さんの美しさに魅せられ、歌舞伎座へと足繁く通っているクリエーティブディレクターの高橋歩。歌舞伎界と資生堂という長年の歴史のもとに活動を続ける二人の話題は、伝統と継承から始まり、表現者にとっての「自分らしさ」、そして画家ゴッホへと、さまざまに広がっていきました。

坂東玉三郎(ばんどう たまさぶろう)
坂東玉三郎 (ばんどう たまさぶろう)
1950年生まれ。歌舞伎俳優。料亭の家に生まれ、幼少の頃から好きだった踊りの稽古に通った縁から、1956年に十四世守田勘弥の部屋子となる。翌年、坂東喜の字を名乗り『寺子屋』の小太郎で初舞台。1964年に芸養子となり、五代目坂東玉三郎を襲名。以後、三島由紀夫による『椿説弓張月』の白縫姫、『桜姫東文章』の桜姫など、大役を次々に演じ注目を集め、立女形として当代屈指の人気と実力を誇る。2012年に重要無形文化財保持者に各個認定(人間国宝)。2013年に「フランス芸術文化勲章コマンドゥール」、2014年に「紫綬褒章」、2016年「日本芸術院賞・恩賜賞」など受賞・授章は多数に渡る。
坂東玉三郎 公式サイト
高橋歩(たかはし あゆむ)
高橋歩 (たかはし あゆむ)
1967年生まれ。資生堂 宣伝・デザイン部 クリエーティブディレクター / アートディレクター。東京藝術大学大学院修了後、資生堂入社。2005年~2009年フランス・パリ駐在。主な仕事にSHISEIDO MEN、ZEN、マキアージュ、スノービューティーなどがある。

歴史がある故の「継承」

高橋:
資生堂は創業以来「美」をテーマに文化創造の活動をしてきました。僕は宣伝部に入社して以来、化粧品を中心に、広告のグラフィック、映像などをつくっています。今日は玉三郎さんと「美」について、お話をさせていただければと思います。そもそもは僕が玉三郎さんの大ファンであるということがきっかけでもあるのですが(笑)。
坂東:
ありがとうございます。
高橋:
資生堂の宣伝部には100年の歴史があります。小村雪岱(1887~1940年、大正から昭和初期にかけて活躍した日本画家・デザイナー)も、我々の大先輩にあたります。雪岱は、玉三郎さんが何度も上演されている泉鏡花『日本橋』の本の装幀や、『桐一葉』の歌舞伎の舞台美術なども手がけていますので、玉三郎さんもよくご存知ですね。
板東:
小村雪岱さんて資生堂だったの!?
高橋:
そうなんです。大正7年(1918年)から約5年間、当時の意匠部(現・宣伝・デザイン部)に在籍していました。今日ここにお持ちしたこのボトルは、彼が大正10年(1921年)にデザインした「菊」という香水瓶のレプリカです。
坂東:
古きよき時代のパリの味って感じね。
高橋:
彼は海外のお客様のためのデザインを手がけているのですが、この菊も、そのうちの一つではないかと思われます。菊のほかに、藤、梅をモチーフにしたものもあります。
坂東:
やっぱり! よき時代のヨーロッパって感じだもの。
高橋:
初代社長の福原信三が、西欧の模倣ではなく日本独自の美しさを表現したいという思いで小村雪岱を資生堂に招聘したんです。「資生堂書体」の原案をつくったのも彼で、中国の書体「宋朝体」からヒントを得て開発されました。ひとつの企業が独自の書体を持っているというのはとても珍しいんです。
坂東:
アール・デコの味ですね。
高橋:
資生堂宣伝部に入社すると、いまでもまず1年間この書体を勉強します。それぐらい大切にされている書体です。今日は資生堂書体で玉三郎さんのお名前を書いたものをお持ちしました。
坂東:
素敵! 大正ロマンっていう感じがします。資生堂さんはいつ創業されたんですか?
高橋:
明治5年(1872年)です。宣伝部は「意匠部」という名称で、大正5年(1916年)に開設されました。
坂東:
大正5年ということは、本当に大正ロマン。
高橋:
その時代に生まれたこの書体が持っている哲学をデザイナーが継承して、デザインをしていこうという考えが資生堂宣伝部にはあります。歌舞伎の世界ほどの歴史はありませんが、資生堂も思想やイメージを伝承、継承していかなくてはいけない、そんな気負いもあるんです。玉三郎さんは、長く続く歌舞伎の世界での「継承」をどのように考えていらっしゃいますか。
坂東:
歌舞伎の世界は、継承が難しい時代になりましたね。例えば、『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』の政岡という大役は、私が若い頃には2、3人の先輩が演じていましたから、誰かに教わることができました。けれども、いまでは私以外に教えられる人が少なくなってしまった。もしもいま、私が突然死んでしまったらなかなか継承することができない時代になったのです。例えば後輩の役者さん達が役を教えてほしいということがあっても、時間の問題などでなかなかその機会をつくることができなかったり。だから、3年前から言葉と映像で残していくようにしています。
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なぜ、継承は難しくなってしまったのでしょうか?
坂東:
資生堂なら、高橋さんのように学校でデザインを勉強したあとに資生堂に魅力を感じて入る、そういう流れみたいなものがありますよね。けれども、歌舞伎の世界は門が狭く、歌舞伎が好きだから入ろうとしてもなかなか主役を演じるのは難しい。そして、その道はどんどんと狭くなっているんです。これをどう変えていけるか......と考えているのが、実情です。

小村雪岱がデザインした香水ボトル「菊」大正10年(1921年)

資生堂書体で書かれた坂東玉三郎さんの名前

坂東玉三郎による『伽羅先代萩』政岡

移りゆく時代のなかでの葛藤

坂東玉三郎による『藤娘』

奥から、小村雪岱が装幀を行った「銀座」 大正10年(1921年)、小村雪岱がデザインした香水ボトル「菊(レプリカ)」 大正10年(1921年)、小村雪岱が装幀を行った泉鏡花「日本橋」 大正3年(1914年)

高橋:
歌舞伎の世界において、伝承していくことが難しくなってきたということですが、むしろ「伝承したくない」「新しく変わろう」という機運もあるのでしょうか。
坂東:
ありますね。新しい出しものもたくさんありますし、お客様もいらしています。ただ、最近思うのですが、こういう文字(資生堂書体)のように、ブランドはブランドなりの形を持っている。時代が変わっていくなかでも、その「らしさ」を残しながら、新しいものを取り入れたり、削っていったりする。そのほうが幅がありますね。でも、歌舞伎の世界は門が狭くて、出入りが少ないんです。例えば、衣装のデザインをする人をとっても数が少なく、幅が出てこないのです。
小村雪岱なんかは特別な例で、彼は歌舞伎好きでよく歌舞伎座に出入りしていたんですって。それで「あの人に舞台装置をやらせよう」となったのが始まりで、それから大正・昭和初期に六代目菊五郎さんのものをどんどんデザインしていきました。それがいまに残っているのです。
少し話がずれますが、小村雪岱さんが舞台デザインをした『藤娘』を次の人が引き継ぐたび、デザインがちょっとずつ変わってしまっているんです。変えないとその人に収入も落ちないわけですが、それでどんどん雪岱さんが意図していたことが変わっていってしまう。私は、雪岱さんのものは雪岱さんのオリジナルに戻そうと言っているんですが。そういう意味でも伝承の難しさがあります。
高橋:
玉三郎さんの目から見ると、いまの観客は、江戸時代から継承されてきた歌舞伎の美学を見たいのか、それとも、もっと新しい変化を求めているのか、どちらだと思いますか?
坂東:
究極的には、新しくありながら、歌舞伎の芯が継承されている姿を見たいのではないでしょうか。例えば、江戸時代といまの歌舞伎はかなり違っていて、当時からすれば、現在の歌舞伎は想像もつかないような内容になっているんです。
けれども、傾(かぶ)くこと、お客様に楽しんでもらうこと、お客様を引きつけること、そんな歌舞伎の芯はずっと変わらない。お客様は単純に変わらないものを見たいわけではありません。「変わらないけど、ここが新しい!」というものを見たいのではないでしょうか。

美や感動は、生まれた瞬間に消えていくもの

高橋:
じつは、僕自身も継承していくことの難しさを感じているんです。デザインの世界では、時代に合わせて変化をすることが求められます。資生堂の遺伝子を保ち、資生堂らしさを次の時代につなげていきたいという気持ちを持つと同時に、いつまでも同じところにいてはいけないというプレッシャーも抱えています。
坂東:
わかります。
高橋:
もしも資生堂らしさを手放してしまったら、これまで紡いできたものが何もなくなってしまう。
坂東:
そうですね。
高橋:
らしさを保ちながら、新しい表現に立ち向かわなくてはいけない。
坂東:
そうね、私はそれを「振り幅」と表現しているんです。離れては元に戻る......つまり川があったとします。ある振り幅の川、たとえば資生堂という川があるとしましょう。あるときは、この川から離れて別の川に行く、あるときは遠い山の方へ行くこともある。だけれども、必ずこの川に戻ってくる。ただ、川の真中に戻ってくるのか、端に戻ってくるのか、それは時代によって違うのかもしれない。川のなかで徐々に動いてはいるけど、必ずお客様が「良い」と言ってくれる。それが「遺伝子が変わらない」ということだと思うんです。
品質だって、香りだって、変わっているだろうし、どんどん開発されていると思いますが、資生堂のなかで研究し尽したものがありますよね。どんな品格を持ち、どういうお客様に喜んでもらえるか、迎合するのではなく切り込めたら、それが資生堂なのではないかと思うのです。歌舞伎に対してもそうだと思います。新たな挑戦をする幅を持ちながらも、結局は脚本の感動を忠実にお客様に伝えることが歌舞伎でもあり、お客様が「素敵!」と思った瞬間の心の動きこそが本質なんだと思います。
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感動の瞬間にこそ、「歌舞伎らしさ」がある、と。
坂東:
けれども難しいのは、感動した瞬間は不動ではないから、次の瞬間には移ろってしまう。「よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて」(鴨長明『方丈記』)なんです。いつも同じであるわけではありません。「これ」と決めた瞬間に、もう、美は変わってしまうんです。
高橋:
デザインも、世の中に合わせて移ろっていく宿命にあるものです。ただ、情報であふれているこの時代、「あれが流行している」「これがいいと言われている」というなかに身を置けば、自分自身を見失いがちです。自分が本当に感じていることを意識し、世の中に流されないようにしなければならないと気をつけています。
坂東:
たぶんこうじゃない? 世の中の流れに対して、デザインというのは「入り口」。自分というものをしっかり持ちながら、その「入り口」をちゃんと遊べたらいいんじゃないかしら。遊べなくなってしまったら、迎合して時代に流れてしまったということ。遊びながらも、デザインした人の美意識がどこかに流れている。「遊ぶ」っていうことは「自在」だってことですよね。

自分らしいものづくりと、依頼されたものづくり

高橋:
僕自身、美術学校時代には絵を学び、自分を表現するための作品をつくっていました。絵を描くことは好きでしたが、自分を突き詰めながら作品を制作していくことに、あるとき息が詰まってしまった。そんなとき、依頼を受けて誰かが喜んでくれるものをつくるというのは、役割を果たすという充実感があるのではないかという想いもあって、デザインの道に進んだんです。
ここ数年、僕はフィンセント・ファン・ゴッホという画家に急速に惹かれていて、彼の絵を見たり、手紙を読んだりしています。ゴッホは常にゴッホで、徹底的に自分らしくあろうとする。そんな姿に、最近ひどく強い憧れを感じるようになってきました。依頼を受けて取り組むデザインをしながらも、自分はどう自分らしい仕事をしたらいいのか、あらためて模索している毎日です。
坂東:
自分らしさだけを追求したら、生計は成り立たないですよね。モーツァルトは依頼された作品をつくれずに、苦労し続けた。一方ミケランジェロやダ・ヴィンチはパトロンからの依頼を受けて制作している。私は「どちらも真なり」だと思う。ゴッホは依頼されたとしてもそのようにはつくれない資質だった。でも時を経て、「みんなを喜ばせるものを残した」という意味では、結果的に同じだと思います。成り行きで描くことになったものや、依頼があって描いたもの、自主的に描いたもの、どれにしても芯があるかどうかでしょうね。
高橋:
玉三郎さん自身は、やりたくない仕事や役柄も引き受けることはあったのでしょうか?
坂東:
そういう仕事はやらなかったんです。私自身、すごくわがままで、不親切だったと思います......(笑)。けれども、やりたくないものをやりたそうな顔をしてお客様に見せるということはできなかった。脚本を読んで「あっ!」と思わないものはできなかったし、舞踊でも曲がここ(胸)に来ないと踊れなかった。自分のエネルギーを使い果たしてもやる価値のあるものじゃないとお客様の前に出せなかったんです。
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やる価値を感じる作品は、時代によって変化しているのでしょうか?
坂東:
歳を重ねるにつれて、演じられない、パッションを持てないという作品も出てきました。例えば、この年齢になると、テネシー・ウィリアムズ(20世紀に活躍したアメリカの劇作家)が『欲望という名の電車』で描いたような欲望にもこだわることができなくなってきます(注:主人公のブランチは、美や性愛、プライドを追い求め、現実と妄想の区別がつかなくなっていく)。「そんなことに、こだわらなくていいんじゃない?」と正面から向き合えなくなっているんです。高橋さんは、まだ若いからおわかりにならないと思うけど......(笑)。
高橋:
それは「自然体になっていく」ということなのかもしれませんね。明治から昭和にかけての画家で熊谷守一という人がいるのですが、97歳で亡くなる直前まで絵を描いていました。描く気持ちになれずに筆を取らなかった時期もあるのですが、亡くなるまで自分のペースで絵を描いた。それはどれも素晴らしい絵なんです。自然体で表現と向き合っていたんだと思います。そうした自然体、自分らしさみたいなものは大事にしたいと思います。

魂の輝き――純度の高い美を残すには

高橋:
画家やデザイナーであれば、つくり出したものを客観的に見ることができます。しかし、玉三郎さんの場合はご自身の演技をその場で見ることはできませんね。そのもどかしさはあるのでしょうか?
坂東:
決定できない苦しさがありますね。舞台を観た人から「今日はよかった」と言われたときには、すでに演技は終わっています。舞台って、とても儚いものなんです。
高橋:
ほかの表現にはないその儚さが、より一層美しさを引き立てていますね。
坂東:
でもね、すごく考えていたことがあるんですが、中世の芸術家の絵画が何百年という時を超えて現代まで残っていたとしても、何万年もの時間はおそらく超えられないと思うんです。宇宙レベルの時空から見たら、アートも一瞬なんじゃないかしら。儚いですね。だから残したいと思うのかもしれないですし。
高橋:
僕は日本の仏像が好きなんですが、仏像はつくられた当時の姿といま我々が見ている姿では、変化しています。金箔がはがれ落ち、時間とともに風化していく。けれども、そんな仏像に向き合っていると、その儚さというか、朽ちた美しさに深く惹かれてしまう。
坂東:
それは魂が宿っているんだと思うの。その魂が一つの遺伝子と言ってもいいと思う。ちょっと抽象的だけど、魂があるものしか存在しないというか。仏像が朽ちても魂が残っているように、絵画にも、音楽にも、本にも、デザインにも、それぞれ魂が刻み込まれています。ただし、つくり手にとって、自分の魂は客観的に見ることができないもの。それが点なのか立方体なのか形すらもわからないんです。それを探っていくことが表現をする人間の一生なんじゃないかな。それに一生かけて取り組んで、結局わからないまま死んでいくんです。
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これまでの活動のなかで、魂を吹き込むことができたという瞬間はありますか?
高橋:
僕は、ないですね。それができたと思ったら、ある意味「終焉」だと思っています。
坂東:
他人がどのように言っても、本人はそう思えないものなんです。自分で自分を評価することはできないもの。

悲劇的な時代で願うこと

高橋:
デザインは他人からの評価が欠かせないものですが、玉三郎さんは、周囲の反応や評価は気にされますか?
坂東:
生意気なのかもしれないけど、特定の個人からの評価はあまり気にしないことにしています。最近はとくに気にならなくなりました。思い込みの強い個人の言うことにこだわってしまうと、自分を見失って自然体で出ていけなくなってしまうんです。
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個人ではない評価というのは?
坂東:
お客様に観に来ていただき、その収入で生きていけなかったら歌舞伎としての評価はないと思っているので、お客様の入りは気にします。そして、来てくれたお客様が作品を受け入れているか、高揚できているか、劇場を出たあとに少しでも人生を楽しんで生きてもらえているか、それはものすごく心がけていますね。そんな気持ちがなくなったら、もうできません。私の職業はそういうものなんです。ゴッホのような孤高の生き方はできないと思います......(笑)。
高橋:
ゴッホは生涯に一度だけ、好意的な批評を書かれたことがあったんです。
坂東:
それはいつ頃?
高橋:
亡くなる数か月前です。その少し前に、油絵が1点だけとはいえ売れて、仲間内でも少し評価もされるようになってきた。ですがその好意的な批評に対し、ゴッホは喜ぶどころか拒絶してしまいました。
坂東:
決めつけられたくなかったのでしょうね。数年前、フランスのオルセー美術館の休館日に一人で絵を見せていただく機会があって、そのときに初めて、ゴッホを理解したんです。亡くなる少し前に描いた教会や畑の絵を見たとき、それまでのゴッホに対しての観念が変わったのです。ものすごく無垢で、すーっと吸い込まれるような透明感を感じて。「あ! ゴッホが素晴らしいってこのことか!」って気がつきました。
高橋:
じつは僕もそうでした。少し前までゴッホというと、なんだかポピュラリティーが先行して、絵の金額などが大きく取り上げられ、その良さが見えてこなかった。
坂東:
そのとおりです! ところが、静かな展示室で1対1で対面したら「素晴らしい! この心境って何て言ったらいいだろう」という感じでした。
高橋:
ゴッホは不器用な人だったと思うんですけど、自分の心に素直だったのではないでしょうか。だからこそ、率直で、透明感にあふれた絵が描けたのだと思うんです。
情報やものがあふれかえる現代社会の中で、ゴッホのような純粋な想いを持ちながら仕事ができたら、と憧れます。いまのような時代に、玉三郎さんがゴッホに負けず劣らず純度の高い表現を発信されているのはとても驚くべきことです。
坂東:
でも、本当に苦しい時代です。悲劇的な時代だと思います。ほとんど毎日失望しているんです。多くの人は、スマートフォンやパソコンなどで世界が完結してしまい、現実にあるそのもの自体を見ないでいるでしょう? 私には、液晶画面ではなく実物を肉眼で見たものに価値があるという思いがあるんです。人間が生の目で見たときにこそ「あっ」と思うものがあるだろう......そう信じたいとは思います。
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そんな時代ではありますが、お二人が未来に希望を感じることはありますか?
坂東:
スマホが発達するいっぽう、若い世代のなかでは、落語を聞いたり芸能を見たり、人間が直接話したり動いていることに対して目を向ける人も少しずつ増えているようです。そんな状況はとても希望が持てると思います。
高橋:
ヴァーチャルな世界、実態のない世界に浸っているように見える若い世代も、手触りや触覚、その場にいる感覚などを完全に忘れているわけではないと思うんです。玉三郎さんの仕事は、まさにそんな感覚に訴えかけるものですし、そんな人間の素朴な感覚を、これからもまだ信じていくことができると思います。

日本の美意識を絶やさぬように

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最後に、せっかくなので高橋さんの作品を玉三郎さんに見ていただきたいと思います。
高橋:
2004年に、SHISEIDO MENという男性用のスキンケア化粧品が出たんですが、そのときにつくったものです。普通、男性用化粧品の広告というと男性モデルが起用されることが多いのですが、これは「自然の中に宿る力」を通じて、風景をモチーフに抽象的に表現しています。
坂東:
これは本物の海なの?
高橋:
ヘリコプターを使って空撮したんです。
坂東:
素晴らしい。
高橋:
こちらは風神雷神図をインスピレーションのもとにして香水を表現したものです。
坂東:
素敵ね。これ。
高橋:
ZENという香水の広告です。
坂東:
私、見たことなかった。こんな素敵なデザイン。
高橋:
主に海外に向けた商品なので、外国における日本のイメージを意識してつくっています。
坂東:
日本にはこういうポスターないもの。日本人て、「これだ」っていうわかりやすさとか説明がないとわからないのね。私の作品でも、そういう意味で受け入れてもらえないものがたくさんありました。日本だと「このなかのどの部分がZEN=禅なんですか?」とか訊かれてしまう。
高橋:
そうですね、「禅=気持ちを落ち着ける精神」ということに特化せずに、黄金の茶室のようなきらびやかな世界をエモーショナルに表現するということを、このときはイメージしましたね。
坂東:
理屈でなくて、結果として「美しくて禅」なところがいいと思うな。
高橋:
パリで3年ほど仕事をしていたのですが、外国に暮らしていると、日本人として浮世絵や歌舞伎といった日本の美意識のことを語らなくてはいけないことが多く、あらためて「日本」というものを意識するようになりました。それ以前は、あまりこういう感覚というか、意識はなかったんです。
そういったこともあり、日本に帰国してからは前よりも頻繁に歌舞伎や玉三郎さんの舞台を観に行くようにもなりました。現代はやや悲観的な時代であるけれど、日本の美意識を持ち、日本人であることは変わらない。その上でどんなデザインをするかを探り続けなければと思っています。
坂東:
日本ならではの感覚というのは、繊細ですよね。
高橋:
風化して、なくなってほしくないと思いますね。
坂東:
またお目にかかりましょうよ。またこういうかたちで、もっとゆっくりお話できると良いですね。
高橋:
ぜひお願いします、今日はありがとうございました。

SHISEIDO MEN

ZEN for men

掲載日 2017年4月
写真:岡本隆史

INFORMATION

坂東玉三郎 公演予定(2017年4月14日現在)
  • 『坂東玉三郎×鼓童 特別公演「幽玄」』
    2017年5月16日(火)~5月20日(土)
    会場:東京都渋谷区 Bunkamuraオーチャードホール
  • 2017年5月26日(金)~5月28日(日)
    会場:新潟県新潟市 新潟県民会館
  • 2017年5月31日(水)~6月2日(金)
    会場:愛知県名古屋市 愛知県芸術劇場 大ホール
  • 2017年9月2日(土)~9月18日(月・祝)
    会場:福岡県福岡市 博多座
  • 2017年9月21日(木)~9月23日(土・祝)
    会場:京都府京都市 ロームシアター京都メインホール
    http://www.kodo.or.jp/news/20170500yugen_ja.html
  • 『坂東玉三郎京丹後特別舞踊公演』
    2017年6月24日(土)・25日(日)
    会場:京都府京丹後市 京都府丹後文化会館
    http://www.kabuki-bito.jp/news/3982
  • 『日田市民文化会館「パトリア日田」開館10周年記念「坂東玉三郎特別舞踊公演」』
    2017年7月1日(土)・2日(日)
    会場:大分県日田市 日田市民文化会館「パトリア日田」大ホール
    http://www.kabuki-bito.jp/news/3907
  • 『歌舞伎の世界を超えて世界的に活躍する日本芸術界の至宝"坂東玉三郎"のここでしか聞けない話!』
    2017年7月15日(土)
    会場:兵庫県神戸市 神戸文化ホール(中ホール)
  • 『坂東玉三郎 トークショー&染織家 土屋順紀との対談』
    2017年7月17日(月・祝)
    会場:岐阜県関市 関市文化会館(大ホール)
  • 『坂東玉三郎「夏の宴」~トークショーとディナーそして魅惑の歌声を~』
    2017年7月30日(日)
    会場:東京都千代田区 帝国ホテル東京(富士の間)
  • 坂東玉三郎 公式サイト
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