ハナシ
星野高士(俳人)×小助川雅人(資生堂 宣伝・デザイン部 クリエーティブ・ディレクター)

俳句と広告は似ている?
「美」を伝える言葉とクリエーティブ

資生堂のクリエーターが、各界で活躍する方々と「美」を語る対談シリーズ。今回のゲストは、高浜虚子(1874~1959年に活躍した俳人)の曾孫にあたり、俳誌『玉藻』主宰で鎌倉虚子立子記念館の館長を務める俳人の星野高士さん。対談をするのは、星野さん主催の句会に通い、「小助川駒介」の名義で俳人としても活動しているクリエーティブ・ディレクターの小助川雅人。

「俳句と広告」は一見距離が遠いようにも思えるが、文字数や季語(基本的には一句なかに必ず1つ入れる、季節を示す言葉)といった要素の制約、伝える「相手」ありきの表現であることなど、実は俳句には広告クリエーティブとリンクする点が多い。そういった共通点を紐解くことによって、美を伝えるコミュニケーションの本質が浮かび上がる対談となった。

星野 高士(ほしの たかし)
星野 高士(ほしの たかし)
1952年、神奈川県生まれ。星野椿の長男、星野立子の孫で高濱虚子の曾孫にあたる。星野立子に師事し10代より句作を開始する。俳誌『玉藻』主宰、鎌倉虚子立子記念館館長、日本伝統俳句協会会員、日本文芸家協会会員、朝日カルチャー講師、ホトトギスの同人を務める。句集に『残響』ほか多数。
小助川 雅人(こすけがわ まさと)
小助川 雅人(こすけがわ まさと)
1991年資生堂入社。3年間の営業経験を経て、CMプランナーから、現在はクリエーティブディレクターに。2015年に手がけたWebムービー『High School Girl? メーク女子高生のヒミツ』で、『カンヌ国際クリエイティビティ・フェスティバル(カンヌライオンズ)』『THE ONE SHOW』『クリオ アワード』などの国際的な広告賞を多数受賞した。

日常の生活が豊かになる俳句

対談が行われた、鎌倉虚子立子記念館

記念館入り口

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星野さんは、小助川さんの俳句の師匠だとお伺いしました。
小助川
そうなんです。じつは、昨日も星野先生とは句会でご一緒しました。
星野
結構たくさん人が来てたね。ぼくの句会には、俳句を専門とする人だけでなく、いろんな企業にお勤めの方はもちろん、ミュージシャンや漫画家などのクリエーター、声優、デザイナー、俳優や映像監督などの表現者、外国人の方まで、あらゆる人が参加しているんです。
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資生堂でクリエーティブ・ディレクターを務めつつも、小助川さんが俳句に取り組むモチベーションはなんでしょう。
小助川
季節の変化を感じて俳句を作ると、日々の生活が豊かになると思うんです。資生堂のミッションは、「新しく深みのある価値を発見し、美しい生活文化を創造する」ということ。だから、資生堂は化粧品だけじゃなくて、パーラーやギャラリーもやっています。そんな企業としてのミッションを、ぼくは「嬉しいことを暮らしのなかに取り入れていく」と解釈していて、俳句はまさにそういう行為なんです。季節の変化を暮らしに取り入れるのは、素晴らしいことだなって。
星野
俳句をやっているからこそ知ることのできる言葉っていっぱいあるんですよね。たとえば、「囀(さえずり)」が春の季語だと知ることで、鳥の鳴き声を聴くことに深みが出てくるし、ある食べ物が季語だと知れば、いまはこれが旬で美味しいということがパッとわかるから、味わい深く感じられます。
小助川
ぼくが俳句をやっていて驚いたのは、「昼寝」が夏の季語だということ。それまでは昼寝をするたびに、時間を無駄にしてしまった、と後悔していたんですけど、「昼寝」も季語だと思うと味わい深さが出てくる。そういう一見マイナスな部分を楽しむというのも、俳句の奥深さだと思うんです。

ほかにも、「無月(むげつ)」という秋の季語があります。これは、「名月の夜に、空が曇って月が隠れている様子」を表していますが、それをがっかりするんじゃなくて、ネタにしてしまう俳句には、正と負の両側面をどちらも文化に昇華させていく役割があるのかなって。
星野
月の名前が、その満ち欠けによって日毎変わる言語は、日本語だけですからね。満月、十六夜、十三夜、立待月(たちまちづき)......パッと見ただけでは大きく変わりませんが、よく観察するとちょっとした満ち欠けとか、明るさの違いがある。それを楽しむのも、まさに「美」ですよね。

俳句と広告に通じる、「お題」から生まれるものづくり

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先ほど、さまざまな業界の人が句会に参加されているとお話されていましたが、小助川さんのように広告クリエーティブに関わる仕事をしている人も多いのでしょうか?
小助川
多いですね。それは広告の「お題があってものを作る」という性質が俳句と共通しているからでしょう。制約のなかでものを生み出すことがきっと好きなんです。「五・七・五」という17音節のなかで俳句を作ることと、15秒のCMのなかでなにかを表現することって、ものすごく似ています。あと、俳句には手法が色々あるので、広告の企画にも役立つんですよね。
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たとえば、どんな俳句の手法が広告の役に立つのでしょう。
小助川
俳句には「二物衝撃」(一句のなかに季語とそれに関係のない事物を登場させること)や「一物仕立て」(ある季語の様子のみを表現すること)という手法があります。違う世界のもの同士をぶつけると、見る側の世界が広がる。あるいは、あるものだけに集中してシンプルに表現することで、より深く伝わる、という俳句の手法は参考になります。あと、俳句は決まった文字数のなかで表現するので「省略の文学」とも言われますが、この「省略」の考え方こそ、どんな仕事にも通じる手法だと思います。「省略」というのはつまりあるものにフォーカスするということなんです。
星野
たとえば、烏が電線にとまっているのを表すときに、本当は「電線にとまっている烏」と言いたいんだけど、「五・七・五」では字が足りなくなってしまう。じゃあ、「電線」という言葉を使わずに、烏が電線にとまっている姿が相手の目にも浮かんでくるようにするにはどう表現すればいいのか? そこを突き詰めて考えると、洗練された言葉が出てくることがあるんです。
小助川
星野先生の句で、「籐椅子に深く座れば見ゆるもの」というのがありますよね。この句では、「籐椅子」という夏の季語にフォーカスをしつつ、なにが見えたかは説明していない。でも、おそらくその周りには自然があって、ある人には山が見えるかもしれないし、ある人には海が見えるかもしれない。そうやって相手の想像力を広げる表現を考えることは、広告にも共通して大切なことだと思うんです。あと、俳句をやっていると、企画書の精度も上がるんですよ。
星野
そうなの?(笑)
小助川
俳句ではなるべく1つの主題にフォーカスすることが大事。季語が複数ある「季重なり」という作りもNGではないけど、なんでもかんでも詰め込めばいいわけじゃなくて、優先順位をつけて入れる要素を考えなくては伝わらないんです。企画書も一緒で、どこにフォーカスするかが重要。こう挙げてみると、俳句と広告で通じる点がこんなにも多いのかと驚きますね。

伝える相手がいるからこそ、成立する表現

記念館には俳人・高浜虚子の写真や資料も

記念館に並ぶ、名句が刻印された「句碑」

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一見、かけ離れたように思える俳句と広告ですが、数多くの共通点を見出すことができるんですね。
小助川
広告はお客さまとのコミュニケーションなので、「相手がいる」ということが前提にあるんですよね。俳句は「座の文学」ともいわれます。相手にどのように受けとめられるのか、ということも考えながら作るので、広告と俳句は「発想のしかた」で通じるものがあるのかもしれません。
星野
私もそう思います。俳句とは「美」を言葉で人に伝える行為のこと。ただ人に情報を伝えるだけじゃなくて、句に触れた相手の心を救ったり、勇気づけたり、相手を喜ばせる役割を持っていることが大事なんです。しかし、俳句のなかには伝える相手のことを考えていない俳句も少なくありません。
小助川
独りよがりの句を作らないためにぼくが気をつけているのは、主観と客観を行ったり来たりすることです。俳句は作者の思い入れが強すぎてもダメで、伝える相手の立場から俯瞰してチューニングをすることで、伝える精度が上がっていくんです。
星野
たとえば、「春風」という季語の俳句を作るとして、「この風は二度と来ない、いま吹いている風が大事だな」ということを伝えたいとする。でも、なかなかこれが難しい。「いい風が吹いていました」では、誰でも言えてしまうわけで、「どんな風がどんな様子で吹いていたのか?」「形は?」「色は?」といったことを深く考えて、それを表す言葉がうまく見つかると、いい伝え方になる。そこが俳句の面白いところですね。
小助川
伝える対象となるものを注意深く観察すると、いままで見えなかった新たな一面を発見できることがあります。その発見が短い句のなかにあると、人は感動するんじゃないかと思うんです。広告もなんらかの「発見」が込められていると、新鮮な印象でものごとを伝えられるんですよね。
星野
世のなかには多くの広告がありますから、新しい発見のような特色がないと人々は見てくれないでしょうね。それは俳句もまったく同じで、「春風が心地よい」みたいな句だと誰も見てくれない。とくに、広告はいろんな人が見るわけだから、ある意味ではわかりやすさも必要なんじゃないですか?
小助川
そうですね。ぼくが広告でも俳句でも意識しているのは、高浜虚子が良い俳句を作るためのコツとして挙げた「平明」という言葉です。「平明」とは、簡単な言葉で、深いことをわかりやすく見せること。コミュニケーションが上手な人は、相手に難しく考えさせずに、シンプルにものごとを伝えることができると思うんです。
星野
「平明」であることが一番難しいですよね。俳句はただ難解な言葉を使えば良くなるものではないので、普段の会話のなかで使われているような言葉で作られた俳句のほうがすっと理解してもらえるんです。そのためには、受け手に解釈を委ねようとするんじゃなくて、「相手のことを考えて作る」のが大切。読んだ人がなんだか嬉しくなるような俳句を作りたいですね。

海外から見た日本の文化

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小助川さんは、俳句の発想を仕事でどのように生かされているのでしょうか?
小助川
『High School Girl? メーク女子高生のヒミツ』(2015年)という、化粧の力を伝えるために作った、男子高校生にメーキャップをしてもらうWeb動画があります。それを制作したとき「なににフォーカスするかを考える」「相手の気持ちを想像しながら作る」ということを意識しました。それは、俳句を作るときにも心がけていることです。まず、フォーカスする対象は「メークの力」でした。かつ、Web動画としてはどうやって相手の興味を引くかが重要で、最初に答えを提示してしまうと誰も最後まで見てくれない。なので、文字や台詞で説明せずに、いかに見る人の妄想をマックスまで膨らませられるかを考えましたね。
星野
私は俳人だから、なにを見ても「これ俳句になるかな?」って考えちゃう習性があるんです。動画に登場する男子生徒たちの衣装や全体の色合いを見ていると、ちょっと爽やかな感じの季節感が背景にあるのを感じました。
小助川
自然光を活かして撮影しているので、映像に湿度がある。このCMは国際的な広告賞でも数多く賞をいただいたんですけど、世界で受け入れられた要因としては、季節感のある絵作りも一役買ったのかなと、いまになっては思います。
星野
海外で俳句を作っている人たちと交流することもありますが、四季を感じる文化がない地域も多いので、季語が少ないんです。だから、季語のことを「season's words」って説明しても、理解してもらえないこともありました。でも、俳句は徐々に世界中に浸透しつつある文化だと感じています。
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2017年4月に、日本国内の主要俳句団体によって、俳句をユネスコの無形文化遺産に登録するための協議会が設立されたそうですね。
星野
そうなんです。たとえば、いまスペインでも俳句がブームになっているそうで、俳句人口はなんと1万人もいるんです。俳句雑誌も何冊か出ていましたね。あと、ブラジルは日系人の影響なのか俳句文化が盛んで、ブラジルならではの花や果実を季語として一覧にした『ブラジル歳時記』という本も発行されています。

『High School Girl? メーク女子高生のヒミツ』(2015)

脳を活性化させる俳句は、アイデア出しにも効果的?

「句会」で選ばれた名句たちが並ぶ屏風

句は無記名なので、俳人たちはフラットな立場で句を選び合うしくみになっている

小助川
ぼくは俳句そのものも好きなんですが、それ以上に句会が好きなんです。句会には最終的に点数をつけるというゲームの側面もあって、そこには「ルール」があるんです。俳句作りでは「五・七・五」という型におさめる左脳的な面と、季節を感じる右脳的な面が必要なので、脳が活性化する。さらに、句会では人に会ったり、季節を感じるために外に出たりするので、社会とのつながりを持てますよね。俳人は、年をとっても元気な人が多いと思うんですけど、それはこういう理由なのかなって。
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具体的に、句会ではどんなことをしているのでしょうか。
星野
あらゆる人たちが作った句を全部無記名で並べて、そのなかから良い作品がどれかを決める、「選句」をするんです。
小助川
初めて参加したときは、先生の句すらも無記名で並べられるという、すごく民主的な勝負に感銘を受けました。属人性がなくなるから、純粋にいいアイデアを選ぶシステムとして有効ですよね。ぼくも仕事の打ち合わせに句会のシステムを生かして、フラットにアイデア出しをすることがあります。誰のアイデアかわからないようにして、一人ひとりがいいと思うものにシールを貼っていくんです。
星野
選句と一緒じゃない(笑)。
小助川
アイデア出しの効率を上げる意味でも、句会のシステムは素晴らしいんです。
星野
松尾芭蕉や与謝蕪村の名句も、このシステムがあったからこそ生まれているんですよね。彼らも自分たちで「これがいい句だ」と言ったんじゃなくて、誰かが認めて、多くの人に伝わったから現代まで残っている。だから、「古池や 蛙飛び込む 水の音」という有名な句も、芭蕉本人からすれば一番のお気に入りじゃないかもしれない(笑)。でも、それを悔しいと思うんじゃなくて、楽しむのが風流なんですよ。

マジョリカ マジョルカの事例に見いだす、未来に残る「体験」という価値

小助川
高浜虚子は「花鳥諷詠」という造語を俳句のテーマとして掲げています。これは、季題と向き合いながら生きるという意味じゃないかと思うのですが、先生は少し前に「これからは、花鳥諷詠の『諷詠』の部分を大事にしたい」とおっしゃっていましたよね。あれって、どういう意図だったのでしょう?
星野
「花鳥諷詠」を噛み砕くと、「花鳥」は季題の花鳥風月のことで、「諷詠」は調子を整えて俳句を作るという意味があるんです。ぼくは、とりわけ「諷詠」という二文字に込められている「心おおらかに俳句を作る」ということを大切にしたいと思ったんです。
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それは、現代の生活のなかにおおらかさが足りないと感じているということでしょうか?
星野
いまは何でもリモコンなどのボタンひとつで操作できますが、ボタンの押し方も、ゆっくり押そうかとか、早く押そうかとか考えると楽しいじゃない? 俳句を作るということは、「ボタンをただ押すのではなく、どう押すか」を常に考える行為なんですよ。
小助川
ボタンの押し方を考えるということは、すなわち、「ボタンを押す体験」を作るということでもあるかと思います。そこも俳句と広告の通じるところで、新しい体験を提示することによって、その人の心の空間が広がるのが面白い。最近「マジョリカ マジョルカ」という化粧品のプロモーションで、デジタルサイネージ(平面にディスプレイやプロジェクターなどを使って映す電子広告)を作ったんです。駅構内の柱の4面にショーケースのような映像を映して、アイテムが宙に浮いているように見せたのですが、「体験を提示する」ということがすごく大事だと考えています。とくに、これからAI(人工知能)が発達してくるなかで、人間に残されたものはなんだろうって考えると......。
星野
俳句を作ることは、人間にしかできないんじゃないですか?(笑)
小助川
きっとAIでも俳句は作れると思うんです。でも、その俳句を作ることでなにかを感じる体験はAIにはできない。今後は「人間にとってなにが大切か」っていう、本質的なことをもっと考えていかないといけない時代になると思うんですよね。
星野
ぼくは「いま」が一番大事であると同時に、「未来」も大事だと思う。俳句は「いま」を表現するものなんだけど、そこをちょっとはみ出して、先のことを意識したいですね。

(マジョリカ マジョルカの映像を見ながら)いま、鳥が飛んでいましたけど、ただ飛んでいるだけではなく、鳥たちが去っていく様子までが描かれているので、このムービーが終わっても、この先にストーリーが続いていくことを想像しました。この「マジョリカ マジョルカ」の広告からは「未来」を感じましたね。

マジョリカ マジョルカの、商品が宙を浮いているように見えるデジタルサイネージ

世の中を大きな「座」と捉える

小助川
いま先生がおっしゃった「未来」を意識するということは、つまり「人を前に向かせる」「相手の気持ちをハッピーにさせる」ということでもありますよね。それは広告の表現においても、根底にあるべきものじゃないかなって。
星野
その気持ちを、クリエーターは常に持ってないといけないね。
小助川
ぼくは化粧品って究極の平和産業だと思っているんです。自分も幸せになるし、周りも幸せになって、誰かを傷つけることはない。そこには誇りを持つべきだと思っています。
星野
それはまさに俳句ですよ。いい俳句ができると自分も幸せになるし、周りの人も幸せになる。でも、いまの人たちはちょっとやそっとのことじゃ驚かないから、俳句ももっといろんな切り口でやっていかないといけない。俳句を世界遺産に登録して、裾野を広げるのはいいことだけど、わかりやすくなることと、いい作品が生まれることは別で、そこのバランスは常に意識する必要がある。広告もそうでしょ?
小助川
広告は、突飛なことをすればいいわけではありません。でも、いかにも広告然としたものはすでに世の中からは求められていない。広告は、エンターテインメント、もしくはアートに近いものに変化していくだろうと思っています。
星野
俳句もそうだと思う。
小助川
いまはSNSなどで、企業と消費者の情報の垣根もなくなってきているから、より相手の気持ちを考えられるかが大事になってくると思います。企業として「売りたい」を広告で押し出すだけでは、受け手となるお客さまにシャットアウトされてしまうんです。知り合いとか友達に接するような感覚を持っておかないと、広告そのものが拒絶されてしまう。
星野
世のなかは、もしかすると大きな「座」なのかもしれないですね。
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