ハナシ
マイケル・レドモンド(囲碁棋士)×アラン・ウェスト(日本画家)

囲碁・日本画の外国人スペシャリストに学ぶ
「日本の美意識」とは?

資生堂では昨年、クリエイティブ本部の部員たちが日本の伝統文化に刻まれた美意識を学ぶために、1年がかりの連続ワークショップ「日本の美の創りかた」を開催しました。講師はすべて外国人で、その道の第一線で活躍する方ばかり。異なる文化で育った講師たちは、日本の伝統文化のどのような部分に魅せられ、「美」を感じているのでしょうか。そして資生堂のクリエイターたちは、その姿勢から何を学んだのでしょうか。前回レポートした「茶の湯」と「狂言」に続いて、今回は「囲碁」と「日本画」のワークショップの様子をお届けします。

マイケル・レドモンド
マイケル・レドモンド
アメリカ合衆国カリフォルニア州出身の囲碁棋士。日本棋院、アメリカ囲碁協会所属、大枝雄介九段門下、九段。数少ないアメリカ出身のプロ棋士で、欧米人として初めて九段に昇段した。新人王戦準優勝など棋戦でも活躍。
アラン・ウェスト
アラン・ウェスト
アメリカ合衆国ワシントンD.C.出身の日本画家。8歳で油絵を描き始める。カーネギーメロン大学芸術学部在学中に所属していたボランティア団体で、たまたま日本に派遣されたことをきっかけに日本画の技法と出会い、画家として活動。スミソニアン美術館をはじめ、世界各地で個展を開く。1999年、谷中に画廊兼アトリエ「繪処アランウエスト」を構え、日本画・屏風絵・掛軸などを手がける。

紀元前に発祥した「囲碁」。
舶来ものも上手に取り入れるのが日本式

講師のマイケル・レドモンド氏

対局に使われる碁盤と碁石

上質な白石は蛤から、黒石は三重県産の那智黒石からつくられる

10月に行われた「囲碁」のワークショップでは、アメリカ・カリフォルニア州出身のマイケル・レドモンド氏が講師を務めました。10歳で囲碁を始め、初めて日本に来てからすでに40年以上。欧米人として初めて九段に昇段した実力者であり、その流暢な日本語で解説者としても活躍されています。

そもそもの囲碁の発祥は、なんと紀元前、場所は中国といわれています。茶の湯や水墨画と同じく、中国からの伝来を経て、日本でも文化としての発展を遂げたものです。源氏物語の作中にも登場するなど、日本では少なくとも9世紀から親しまれていましたが、レドモンド氏によると、庶民にも定着したのは江戸時代。囲碁好きだった徳川家康が家元制度をつくり、御城碁と呼ばれる御前試合を開催したことで、文化として大きく発展したそうです。

紀元前からインターネット時代の現代まで、資料を見せながら歴史を解説したレドモンド氏。まず参加者の目を引いたのは、囲碁の道具でした。道具といっても使われるのは碁盤、碁石、その碁石を入れる碁笥(ごけ)の3つのみ。なかでも碁石はプラスチックやガラスなど素材がさまざまで、最高級とされる蛤でできた白石は、ものによっては1セットで車が買えるほどの値段になるとか。この日は実物の蛤石や型抜き前の蛤も展示され、参加者たちは美しい年輪(成長線)が刻まれた縞模様に目を奪われていました。

シンプルだからこそ奥深い。
打ち手の美意識や価値観すら映し出す盤面

歴史についてひととおり講義を受けると、続いては実践です。囲碁のルールは、交互に1つずつ石を置いていき、自分の石が相手の石に囲まれると取られるというシンプルなもの。簡単にいえば陣取りゲームで、最終的により広い陣地を獲得した側が勝者となります。レドモンド氏から最低限の説明を受けると、参加者同士での対局が早速スタートしました。

しかし、シンプルなルールだからこそ奥が深い。この日は通常の対局で使う19路盤(19×19の碁盤)より小さい9路盤が使われましたが、参加者たちは次の一手をどこに打つべきか悩みに悩み、なかなか対局が進みません。プロの世界では持ち時間が8時間、2日かけて対局を行う大会もあるそうですが、実際に体験して、その理由も身にしみてわかったのではないでしょうか。

会場内では、いつの間にか石を取られ、「あー、そっかー!」と思わず声を漏らす人が続出。巡回するレドモンド氏から「いまチャンスですよ」と言われても、「え、そうなんですか?」と気づかない人や、「勝てる気がする」と言っていたのに、終わってみれば大敗している人も。プロの4分の1に満たない大きさといえども、盤面全体を把握することは容易ではありません。

「あれこれ悩みながらベストを探す判断力、自分と相手の立場の両方を考える視野の広さ、先の先まで流れを読む力など、広告制作にも通じる要素がたくさん詰まっている気がした」とは、参加したコピーライター宮澤ゆきのの感想。レドモンド氏も講義のなかで、囲碁の効用として同様のことを挙げており、韓国や台湾では囲碁を学ぶと学校の成績もよくなるとして、囲碁の塾に通わせる親も少なくないそうです。

その後は参加者がグループに分かれ、チームでレドモンド氏と対局。ハンデとして、黒石の資生堂チームが先に4手打ってから、白石のレドモンド氏が1手目を打ちましたが、結果はレドモンド氏の圧勝。みるみるうちに白の陣地が拡大していく様子は、芸術的ですらありました。

「碁盤に石を置き、陣地をつくっていくのは絵を描いているような感覚でした。対局とはただの勝ち負けではなく、そこに至る壮大なストーリー。打ち手の美意識や価値観すら盤面に表れる」と感想を綴ったのはアートディレクターの竹田美織。中央を攻める人、隅を守る人など、打ち手によって碁盤に描かれる模様は十人十色。そこには必ずストーリーがあり、対局相手とのコミュニケーションによって結果が変化するという点は、クリエイティブ本部の部員たちの日々の仕事とも共通するものがあったのではないでしょうか。

チームでの対局では、知恵を絞って次の一手を考える

文殊の知恵でレドモンド氏をうならせたシーンも

「間」に意識を向ける。
囲碁の考え方と日本人の美意識の共通点

なかなか見る機会のない立派な碁盤にも興味津々

棋士に贈られる段位の免状

対局を終えたあとには、トークセッションが行われました。囲碁を通して感じる日本人の特徴について、レドモンド氏は次のように語ります。
レドモンド
「こういう場合はここに打つのがいい手ですよ」と型を教えると、日本人は「はい、わかりました」と覚えるんです。ところが、西洋の人に教えると「なんで?」と聞いてくる。人によっては「そうじゃないだろ」と言ってくることもあります。碁の実力が弱くても、その人なりの理屈があって、納得できないと反論するんです。
そのためレドモンド氏は、西洋人に囲碁を教えるときは、理論的に説明できるように準備していくそう。ただし上達という点では、型を覚えたほうが早くきれいな碁が打てるようになるため、どちらがいいかは一概にはいえないとのこと。また、国によって打ち方にも違いがあるといいます。
レドモンド
これはぼくの持論なんですけど、国ごとに、その国でいちばん強い人の手を真似する傾向があるんです。いまはインターネットが普及して、国ごとの違いは少なくなりましたが、西洋では日本や中国ほど碁が普及していないこともあり、囲碁好きには理系の人が多いんです。理系の人は計算は得意だけど、空間を掴むのが苦手な傾向があって、それは碁の打ち方にも現れますね。
囲碁の勝敗の決め方についても、興味深い話が聞けました。最終的により広い陣地を得たほうが勝者となるため、駆け引きも重要になってくるといいます。
レドモンド
囲碁は碁盤のあちこちで局地戦が起きて、それが最終的にひとつにつながっていく。だからときには相手に譲って、代わりに別の場所で広い陣地を取るとか、全体を俯瞰して見ることが大切です。
これに対してデザイナー久我遼祐は、「局地戦と局地戦のあいだに意識を向けることが勝敗を分けるという特徴は、『間』への意識が高いという日本人の特徴に通じるものを感じました」と、日本人の美意識との近似性を感じた様子。そして「『駄目』『一目置く』『封じ手』など、囲碁を起源に生まれた言葉があることも、日本人の生活に深く関わっていることを映し出し、興味深い」と感想を述べたのはアートディレクターの永田香。

「一目置く」は、碁盤に引かれた線の交点を目と呼び、弱いほうが先に石をひとつ置いて対局を始めることが起源とされる。「駄目」も、もとは「陣地の広さに影響ない目」を意味する言葉。「封じ手」は対局が翌日に持ち越しになる際、次の一手を封筒に入れて、再開時に開封することを意味します。囲碁の用語の意味が転じて日常でも使われるようになっている事実は、いかに日本で文化として親しまれてきたかの証といえるでしょう。

短い時間ながらも囲碁の奥深さに触れ、多くのヒントを得た様子の参加者たち。はじめは小難しそうなイメージを抱えていたのに、レドモンド氏の軽妙な講義や実際の対局を通じて、デザインや広告との共通点を見つけ、あっという間にのめりこんでいった姿が印象的でした。

「床の間がほしいと思えるような掛軸を描きたい」。
アメリカ人日本画家の想い

11月に行われた「日本画」のワークショップでは、アメリカ・ワシントンD.C.出身のアラン・ウェスト氏が講師を務めました。1982年に初来日したウェスト氏は、カーネギーメロン大学芸術学部を経て、東京藝術大学で日本画科の修士課程を卒業。数多くの屏風絵や掛軸を手掛け、スミソニアン美術館でも個展を開くなど、日本を拠点に世界各地で活躍されています。

会場となったのは、東京・谷中にあるウェスト氏のギャラリー兼アトリエ「繪処アランウエスト」。自然光が差し込む畳敷きの空間には、屏風や掛軸などの作品が展示され、未完成の作品や画材も置かれるなか、実際の制作環境を目の当たりにしてのワークショップとなりました。

講義が始まると、開口一番「申し訳ないのですが、日本画については話しません」と、参加者たちを驚かせたウェスト氏。なぜなら「日本画」とは、西洋画と対立するものとして明治時代から使われだした言葉のため、伝統的な日本の絵画を理解するために本質的な概念ではないからだそうです。

これを発端に、日本画と呼ばれるもののルーツとなっている、唐の時代の中国から舶来した「唐絵」や、それに対して平安時代から発展した日本の「大和絵」、室町から江戸時代にかけて日本美術の発展に大きな影響を与えた雪舟や狩野派について、それぞれの歴史や特徴を解説すると、話は昔の絵から感じる現代との美的感覚の違いに広がります。

現在は目が大きく見えるメイクや着痩せして見える服など、メディアで理想とされる姿に近づけることがよしとされていますが、ウェスト氏はこの風潮を「残念なこと」と言います。室町時代から江戸時代にかけて数多く制作された、京都の街周辺を描く図屏風『洛中洛外図』などに描かれる人々は、太っている人が細い帯をつけたり、細い顔の人が「まげ」も細くしたり、自身の特徴を隠すのではなくむしろ強調して活かす身だしなみをしていたそう。この話には多くの参加者がハッとさせられていたようでした。

もうひとつ、参加者たちの興味を引いたのは「月次(つきなみ)」の話。「月次」とはもともとは「毎月決まって行われること」を意味する言葉でした。そのため各家庭に床の間があった時代に、どんな家庭でも慣習として毎月飾り替えていた床の間の掛軸を、「月次掛軸」と呼んでいたのです。一説によればここから、「月次」が「ありふれた」という意味で使われるようになったとのこと。

これらの話からもわかるように、日常に何気なくアートがあふれ、身だしなみでも自己表現を楽しんでいた昔に比べて、昨今はそうした気持ちが忘れられがちなのではないかと、ウェスト氏は残念そうな表情を浮かべます。しかし、続けて口にした「掛軸を毎月飾り替えることが再び月次になってほしい」「床の間がほしいと思えるような掛軸を描きたい」という真っ直ぐな想いには、参加者たちも感化されるものがあったのではないでしょうか。

講師のアラン・ウェスト氏

真剣な顔で講師の話に耳を傾ける参加者たち

じっくりと観察し、ものの本質を見極めて描く

軽やかなタッチで美しい竹の葉を描き出す

参加者も見よう見まねで挑戦。ウェスト氏曰く「みなさん筋がとてもよい」

日本画に使う絵の具の原料となる、色鮮やかな天然素材

講義が終わると、続いては実践です。筆で竹の葉を描く練習ですが、まずはお手本。ウェスト氏が筆をすっと動かすと、美術の教科書で見たようなきれいな葉のかたちが現れます。コツは「葉脈を意識すること」。竹の枝、竹の幹も、描き方の核心は変わりません。幹は下から上へ、枝は幹側から葉側へ、根本は太く、先は細く。自然の摂理に従って筆を動かします。
ウェスト
よく観察すると、どうやって描けばいいかわかってくるんです。幹を描けば、枝の出るところが決まる。枝を描けば、葉の出るところが決まる。順番さえ守れば簡単に描けるんです。
そうはいっても、当然一朝一夕で描けるわけではありません。「色を重ねていく油絵や鉛筆のデッサンなどと違い、一発で描かなければいけないプレッシャーを感じた。精神の鍛錬が必要そう」(デザイナー長竹美咲)、「ただ本物そっくりに描写するのではなく、ものの本質を見極めて描く作業が新鮮だった」(コピーライター宮澤ゆきの)と、参加者たちは絵を描く行為そのものだけでなく、その前提にある精神にも感銘を受けた様子。

それを決定づけたのは、細かく観察して描くことについて、「西洋の細密デッサンとの違いは何か」という質問が出たときでした。ウェスト氏は「この話だけで1日は必要なくらいですが」と前置きしたうえで、自身の考えを説明します。
ウェスト
私たちが表現したい美しいもの。その理想の根本は宗教観にあります。西洋の神様像が全知全能の絶対的なものであるのに対して、東洋の神は山や川など、自然に宿るんです。だから東洋画は観察して描くことができますが、西洋画は想像で描くしかない。同じ細密画でも根本が違うんです。
こうした考えは、画材にも共通しているかもしれません。化学系の絵の具や合成繊維の筆による美の追求を西洋的とするならば、できるだけ植物や鉱物を原料とした絵の具、羊と馬の毛を組み合わせた筆にこだわるウェスト氏は東洋的といえるでしょう。同様に化粧の世界でも、美の追求の仕方には東洋的な発想と西洋的な発想があるのではないでしょうか。

環境や時代とともに変わるもの、変わらないもの。
文化も芸術も、ブランドも同じ

最後にはトークセッションが行われましたが、特に話が深まったのは色の感じ方の違いについてでした。参加者から「海外の人は淡い色のパッケージを日本的に感じる傾向がある」という意見が出ると、ウェスト氏は自身の見解をこう説明しました。
ウェスト
私も原色を使った作品を西洋人に見せると、「これは日本の色ではないですよ」と言われることがあるのですが、振り袖やお祭りでは派手な色がたくさん使われていますよね。逆に私は淡い色を見ると、ヨーロッパのイメージが浮かびます。水色の花が咲く草原とか、パステルカラーの町並みとか。みなさんそれぞれの思いから想像するので、描き手側からある程度は限定できますが、あとは見た人に任せるしかないと思うんです。
日本にはモノクロの墨絵もあれば多色刷りの錦絵もあります。また、金屏風を見て日本らしさを感じる人も山ほどいるでしょう。こうした話を受け、グループマネージャーの山野内理は「日本画といっても、華美なものから質素なものまで多様に存在しますが、どれを見ても日本画とわかるのは、何かがその統一感をつくっているためでしょう。ブランドも同じかもしれません。まったく別のクリエイションでも、なぜか資生堂のものとわかるなど、守るべきもの、変えるものが見えてくると面白い」と、資生堂らしさを考えるきっかけになったようです。

さらに色の感じ方は、見る人だけでなく、環境によっても変わってきます。ウェスト氏も注文制作では絵が置かれる場所を事前に確認し、光の状態に適した顔料を使って描くなど、常に試行錯誤を続けているとのこと。もともと薄暗い空間だった床の間も、最近は蛍光灯を備えている場合が多いため、暗い場所でも照明のある場所でも楽しめる掛軸になるように考えているといいます。
ウェスト
いまの時代にふさわしい掛軸を描くには、いろいろな工夫が必要なんです。ただ、最近は調光可能なLEDもあり、ろうそくに近い明るさも実現できるようになってきたので、絵の楽しみ方も広がって面白くなると思います。
ワークショップを終えたあとも、ギャラリーに展示されたウェスト氏の作品を見つめる姿が目立った参加者たち。「日本の思想は、とても自由で、柔軟で豊かなのだということをあらためて感じた。外国からの影響や、住環境の変化や照明技術の発展といった時代の流れを受け入れながら発展してきたのは絵画だけではなく、文化、芸術、産業、あらゆるものにいえることだと思った」とアートディレクター上村玲奈が感想を綴ったように、伝統の本質的部分を理解しながら、うまく時代に適合させる大切さをあらためて感じたのではないでしょうか。

茶の湯、狂言、囲碁、日本画のテーマで4回に渡って行われたワークショップ。そのどれもが、相手があって初めて成立するコミュニケーションであったことは、広告やパッケージデザインに関わるクリエイティブ本部の部員たちにとって、自身の仕事と共通する点も多かったはずです。外国人の目から見た日本の美意識を学んだ部員たちが、この経験をどのように活かしていくのか。今後の成果に是非ご注目ください。

アトリエの天井も、ウェスト氏自ら手がけたもの

たくさんの学びを得て、厳かな空間をあとにした

掲載日 2018年4月
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