ハナシ
花原正基(資生堂 クリエイティブ本部 / アソシエイト・クリエイティブディレクター)×アントニー・ベイカー(R/GA エグゼクティブテクノロジーディレクター)

デザインは視覚から五感へ。テクノロジーが可能にする「体験」づくりとは?

どの時代でも最先端の「美」を発信し続けてきた資生堂。2018年3月より、テクノロジーを得意とするニューヨーク発のクリエイティブエージェンシーR/GAと提携し、さらなるイノベーションを目指していきます。

今回ホストを務めるのは、資生堂クリエイティブ本部のアソシエイト・クリエイティブディレクターとして、デジタルテクノロジーを駆使したさまざまなサービスやプロダクトの開発に携わる花原正基。対談のお相手は、R/GAでエグゼクティブテクノロジーディレクターを務めるアントニー・ベイカーさんです。

デザイナーだからこそ活かせるテクノロジー、そしてテクノロジーが可能にさせる新しいデザイン。私たちの暮らしをもっと豊かに、もっと楽しくしてくれる未来のプロダクトへの期待が高まる対談となりました。

花原正基
花原正基
2005年入社。主な仕事にマキアージュ、SHISEIDOのアートディレション。近年はアプリケーションやIOTプロダクトをSXSWに出展するなどテクノロジーを使ったクリエーションが多い。主な受賞歴はNEW YORK ADC金賞、ONE SHOW金賞、GOOD DESIGN賞、JAGDA新人賞など。
アントニー・ベイカー
アントニー・ベイカー
コスタリカ出身。銀行のシステム開発者として3年間務めたあと、アメリカのクリエイティブエージェンシーSchematic(現Possible)へ。その後渡英し、テクノロジーとクリエイションの掛け合わせを得意とするエージェンシーR/GAロンドンオフィスでテクノロジーアーキテクト、後にヨーロッパ、中東、アフリカ担当のテクニカルディレクターを務める。2018年3月のR/GA東京オフィス設立時に、日本のテクノロジー部門を束ねる長として赴任。

テクノロジーは、それ自体美しく、人の役に立つものでなければならない(ベイカー)

--
ベイカーさんは、2018年3月のR/GA東京オフィスの設立とともに日本にいらしたそうですね。
ベイカー
はい。初めて日本に来たのは3年前でした。5週間滞在したのですが、そのときに国内をあちこち旅行して、日本という国が大好きになりました。その数か月後に、R/GAの仕事でまた日本に来る機会がありまして。そのときに東京オフィスの立ち上げについていろいろ話し始め、日本のパートナーとのつながりもいくつかできました。だからいざ、それが現実になるという話が持ち上がったとき、真っ先に赴任を立候補したんです。
--
それ以前はR/GAのロンドンオフィスにいらっしゃったそうですが、どんな業務を担当されていたのでしょうか?
ベイカー
アプリやウェブサイト、新しいデジタルサービスやインタラクティブな展示の企画、開発など、さまざまな仕事をしていました。それまでのキャリアでコンピューターサイエンスを専門にしていたので、NokiaやMicrosoft、Google、Beats、BBC、ユニリーバといったそうそうたる企業のデジタルソリューションの構築に携わらせてもらっていました。

最初の勤務先は、中央アメリカの大手私立銀行でした。そこでの仕事が、私が本格的にテクノロジーにかかわった最初の仕事でしたね。
--
いまの仕事とは少し違いますね。
ベイカー
じつは、そうでもないんです。銀行での業務は、古いシステムを新しい技術に対応させることでした。それは新しいものを生み出すこととは違いますが、問題を解決するためのクリエイティブな策を考えるという意味で、創造性を必要とする仕事だったんです。

そのあとアメリカに本社のあるクリエイティブエージェンシーSchematicを経てR/GAに入社したのですが、銀行での仕事の前は演劇やアートを学んでいたこともあり、テクノロジー分野においてもクリエイティビティーが大切だと考えるようになりました。テクノロジーのためのテクノロジーには意味がない――技術はそれ自体美しく刺激的で、人々の役に立つ、そしてビジネスとしても成り立つものでなければならないと。
--
花原さんも、資生堂にはグラフィックデザイナーとして入社しましたが、近年はテクノロジーを活かしたプロダクト開発にも多く携わっていますね。
花原
そうですね。異なるバックグラウンドからいまの領域にチャレンジしているという意味で、共通点があるなと思います。僕はもともと大学の学部では土木学科にいて、物理や数学を勉強していました。大学院から建築学科に移りましたが、グラフィックデザインを始めたのは資生堂に入社してからでしたね。新しいことにチャレンジしたいという思いが、自分のなかに常にある気がします。
--
テクノロジーを活かしたものづくりに興味を持つようになったきっかけはなんだったのでしょうか?
花原
2013年に、インタラクティブなショーウィンドウをSHISEIDO THE GINZA(現SHISEIDO THE STORE)につくったんです。よくインテリアなどに使われるガラスで、透明になったり曇ったり、スイッチで切り替えられる素材があるのですが、それを使ってあえて「曇っていて何も見えない」ショーウィンドウをつくりました。人が通ると赤外線センサーが反応して、その瞬間だけなかが見えるようになる。これがきっかけで、インタラクティブなものづくりに興味が湧きました。

女性は「テクノロジーで私の生活がどう変わるのか」をシビアに見ている(花原)

--
花原さんは、2016年に発表されたオンライン会議システム用のアプリ「TeleBeauty」も手がけていますね。資生堂のメーキャップシミュレーションの技術を使い、メイクをしていない状態でも、画面の向こうの相手にはメイクしているように見えるという画期的なアプリですが、どのようなきっかけから開発が始まったのでしょうか?
花原
このインタビューが掲載されている「センデン部」ウェブサイトのなかに「フロク」というコーナーがありますよね。そこではテクノロジーを活かした、話題性のある新しいコンテンツを、1年に1度発表していて。最初の年につくったのは、FacebookやInstagramに投稿した写真から「色」を抽出して、自分だけの「色時計」をつくれるコンテンツ。その翌年は、資生堂銀座ビル1階のウィンドウディスプレイを使って、通行人に反応する「動くステンドグラス」をつくりました。

そして3年目に、「TeleBeauty」が生まれたんです。それまでの2年間はテクノロジーをからめつつ、まずはビジュアルデザインが美しいものをつくることで、資生堂クリエイティブ本部のプレゼンスを高めようと意識していました。ですがそのうちに、デザインが提供できる価値はビジュアルの美しさだけじゃない、もっと人の役に立つデザインを生み出したいと考え始めました。そこから、働く女性がより効率的に業務に参加できて、そのことによって少しでも世の中を良くすることに貢献できるようなコンテンツ、「TeleBeauty」につながっていったんです。
--
「TeleBeauty」をつくるなかで、どんな気づきがありましたか。
花原
たくさんありましたが、なかでも日本と海外の美意識の違いは大きかったです。「TeleBeauty」は『SXSW(サウスバイサウスウェスト)』というアメリカの展示会にも出展したので、そこで海外の人の反応を間近で見ることができました。

できれば化粧をして外出したいって、日本人特有の感覚かと思っていたのですが、じつは一概にそうとも言い切れず、海外でも場所や人によって感覚が違うことがわかりました。来場者にはそういった、文化による感覚の違いも含めて、日本のプロダクトである「TeleBeauty」を面白がってもらうことができたみたいです。
--
ベイカーさんは「TeleBeauty」にどんな印象を持ちましたか?
ベイカー
これまでのテクノロジーは、人間のほうがテクノロジーに合わせるのが当たり前だったと思います。文化やバックグラウンドの違いにかかわらず、たとえばコンピューターのキーボードやマウス、スマートフォンなど、すべて決まったやり方で操作しなければならない。

そんななかで「TeleBeauty」は、文化の違いを考慮することの大切さに気づかせてくれたと思います。テクノロジーを使う人には、それぞれ異なったバックグラウンドやニーズがある。時代は、テクノロジーのほうから人間に順応するべき段階に来ていると思うんです。
花原
たしかに、テクノロジーが人間に寄り添うというのはすごく意識していたポイントですね。「TeleBeauty」の翌年の「フロク」では、心拍の状態をアプリで測定し、ストレス状態に応じて香りを調合するアロマディフューザー「BliScent」を開発し、紹介したのですが、そのときも生活に馴染むデザインを第一に考えていました。

これは個人的な意見なのですが、女性は男性ほどシンプルではない(笑)。自分の考えをしっかり持っているので、テクノロジーに安易に飛びつかないんです。面白い、すごいテクノロジーをただ見せるだけではダメで、「それで私の生活の何が変わるのか」というところをシビアに見ている。そうした女性の心の琴線にちゃんと触れるものをつくることを意識していたので、アントニーさんにわかってもらえて嬉しいです(笑)。

メイクをしていない状態でも、画面の向こうの相手にはメイクしているように見えるオンライン会議システム用アプリ「TeleBeauty」

FacebookやInstagramに投稿した写真から「色」を抽出し、自分だけの「色時計」をつくるデジタルコンテンツ「LIFE COLOR CLOCK」

通行人に反応して「動くステンドグラス」をウィンドウディスプレイにした「LIFE COLOR WINDOW」

テクノロジーは、目に見えないほうがかっこいい(花原)

花原氏が手がけたビューラーの雑誌広告

同じく企画展『LINK OF LIFE展』のポスター

--
さまざまなプロダクト開発に携わる花原さんですが、グラフィックデザインの領域でも、『JAGDA新人賞2018』を受賞されるなど活躍していらっしゃいますね。花原さんのなかで、その2つはどのように結びついているのですか?
花原
どの仕事をするときにも、グラフィックデザインが非常に重要な役割を果たすと思っています。当たり前かもしれませんが、クリエイティブはアイデアとクラフトだと思うんです。その2つの掛け合わせでクオリティーが決まる。

すごくいいアイデアからスタートしても、最後にたどり着いたデザインが良くなければ全体のクオリティーとしてはイマイチなものになってしまうし、逆もまたしかりです。なのでどんな仕事でも、最後に定着させるグラフィックデザインのクオリティーは常に意識しています。それがうまくいくと、見た人に伝わる、心が動いて感動するものができると信じています。
ベイカー
コンビネーションとバランスは大事ですよね。そしてテクノロジーは、「目に見えない」ことが重要だと思います。SF作家のアーサー・C・クラークの言葉に、「十分に発達したテクノロジーは、魔法と見分けがつかない」という言葉があるんです。テクノロジーのタネが見えなければ、魔法みたいに見えるでしょう。
花原
わかります。テクノロジーは見えないほうがかっこいいですよね。僕は世の中のグラフィックデザイナーが、もっとテクノロジーに関わっていくとすごく興味深いなと思っていて。

すでにグラフィックデザイナーがウェブデザインを当たり前にこなす時代ではありますが、IOTプロダクトまでつくるような人はまだなかなか多くはないかもしれません。でも僕にとって、デザイナーだからこそ気づけるアイデアや視点をテクノロジーによってブーストさせるのって、すごくエキサイティングな体験だったんです。だからそういうことを他のデザイナーもやり始めたら、ますます楽しいプロダクトがたくさん生まれるのではないかなと思っています。
ベイカー
グラフィックデザイナーの持つセンスや視点は、必要不可欠だと私も思います。実際「TeleBeauty」や「BliScent」のように、グラフィックデザイナーが平面だけでなく三次元、さらには視覚以外も含めた五感に訴える「体験」をデザインすることが、テクノロジーのおかげで少しずつ可能になってきていると思います。これがさらに進んでいけば、もっとすばらしいものがどんどん生まれるはずです。

デザイナーがさまざまな可能性を自由に模索できるようなシステムをつくりたい(ベイカー)

ベイカー
テクノロジーは、私たちの生活をより良くし、私たちがより良く生きるための助けになるものでなければならないと思っています。そのために、人々の生活に根ざしたアイデアをたくさん持っているデザイナーやクリエイターなどの人々の存在は、とても大切。

そして、デザイナーにとってのシステムツールやプラットフォームも、アイデアをより良く実現する手助けになるものでありたいと思っています。デザイナーのアイデアにできる限り制限を与えず、さまざまな可能性を自由に模索できるようなシステムが理想です。
花原
デザイナーにとっては非常にありがたいテクノロジストですね(笑)。たしかに最先端技術を活かしたプロダクトづくりにおいては、「そのときに実現できるいちばん新しいことを見極めて発表する」ということが極めて大事です。「いま」何かをつくってほしいというオーダーがあるときに、5年後実現できるアイデアではかたちにできないし、かといって数年前のテクノロジーを焼き直すのでは新規性に欠ける。

例えば、「TeleBeauty」の翌年の「フロク」のアイデアとして、最初はiPhoneXの3Dカメラの技術を使ったアプリを考えていました。でも結局、プロダクト制作の期限にiPhoneXのローンチが間に合わず、実現しなかったんです。アイデアが実現できるかどうかは、技術に左右される部分が非常に大きいですね。

暮らしに根づいた商材だからこそ、テクノロジーによる「体験」づくりがますます重要(ベイカー)

--
これから始まる資生堂とのコラボレーションに、どういったことを期待していますか?
ベイカー
資生堂が扱う「美」は、化粧だけでなくスキンケアやヘアケアなど多岐に渡り、性別にかかわらず、人々の暮らしに深く根づいたものです。その意味で、製品をつくるサイエンスだけでなく、製品をとりまく「体験」をつくるテクノロジーの存在は、非常に重要になってくると思います。資生堂はすぐれたクリエイティブ組織を社内に持ち、テクノロジーへのリテラシーも非常に高いので、とても楽しみですね。
--
今後、資生堂とR/GAとのコラボレーションで、どんなプロジェクトが進んでいくのでしょうか。
花原
いま資生堂は、お客さまとの関係性を変えていく必要性を感じています。お客さまのほうから資生堂の店舗やオンラインストアに来てくださるのを待つだけでなく、もっと資生堂からお客さまに近づいて、寄り添っていきたい。AI(人工知能)を活用して、そういったことを可能にするプロジェクトを進行中です。今日アントニーさんとお話しできて、今後がより楽しみになりました。
ベイカー
私もです。こうやってじっくりお話しするのは初めてだったので、より理解が深まって、良い刺激になりました。
掲載日 2018年6月

INFORMATION

ページの先頭