ハナシ
藤森照信(歴史家・建築家)× 信藤洋二(チーフ・クリエイティブ・ディレクター)× 濱野裕司(設計者)

都市と女
〜美の変遷〜

資生堂のクリエイターが、各業界で活躍されている方々をゲストにお迎えして「美」を語る対談。第3回は、2013年10月に完成した資生堂の本社新社屋、「資生堂銀座ビル」のクリエイティブ・ディレクターを務めた信藤洋二(資生堂宣伝・デザイン部)が、古今東西のあらゆる建築を研究してきた建築家の藤森照信氏と、銀座ビルの設計者で統括ディレクターである濱野裕司氏(竹中工務店)をゲストに迎え、鼎談をお送りします。都市と建築と女性の「美」の変遷について語っていただきます。

藤森 照信
藤森 照信(ふじもり てるのぶ)
建築史家・建築家。1946年、長野県生まれ。東京大学大学院博士課程修了。専攻は近代建築、都市計画史。近代建築・都市史研究の第一人者として活躍。工学院大学教授。東京大学名誉教授。86年、赤瀬川原平、南伸坊らと路上観察学会を結成。91年、神長官守矢資料館で建築家としてデビュー。自邸「タンポポハウス」や赤瀬川原平邸「ニラハウス」、茶室「高過庵」など、独創的な建築も手がける。著書に『人類と建築の歴史』『建築史的モンダイ』(ともに筑摩書房)、『建築とは何か』(エクスナレッジ)、『藤森照信の茶室学』(六耀社)ほか多数。
信藤 洋二
信藤 洋二(のぶとう ようじ)
1966 年東京生まれ。東京藝術大学テザイン科大学院修了、同年資生堂入社。宣伝・デザイン部 クリエーション2室 室長、チーフ・クリエイティブ・ディレクター。多摩美術大学 非常勤講師、東京藝術大学 非常勤講師。(社)日本パッケーシデザイン協会理事、東京アートディレクターズクラブ会員 (社)日本グラフィックデザイナー協会会員、(社)日本ディスプレイデザイン協会会員。
濱野 裕司
濱野 裕司(はまの ゆうじ)
1962年東京生まれ。東京藝術大学美術学部建築課卒業、同大学院修士課程修了。
1989年竹中工務店設計部入社。現在は同社設計部設計ISD部長。
JCDデザインアワード2013大賞受賞など受賞暦多数。今までに東京ドーム ラクーア、横浜ベイクォーター・横浜ダイヤビル、GYRE、クロス銀座、東急プラザ表参道原宿など、多くの大型複合施設や業務ビル・商業施設を手掛ける。

建築の始まりと女性

資生堂銀座ビル 1F 受付ロビー資生堂銀座ビル 1F 受付ロビー

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本日は、2013年10月にリニューアルオープンした資生堂銀座ビル1階のロビーで鼎談していただくことになりました。藤森先生は、今回ビルを初めてご覧になったそうですがいかがでしたか?
藤森
驚きがあっていいですね。とても女性的な建築だと思いました。関東大震災の後に資生堂パーラーを復興するにあたって、たしか洋画家の川島理一郎さんの描いたスケッチでバラックを建てたと記憶していますけれど、そのセンスを思い出しましたよ。
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藤森先生は、ご著書「人類と建築の歴史」などでも、建築の起源と女性について詳しく言及されています。まずは、そのあたりの部分からお聞かせいただきたいと思います。例えば、旧石器時代はどんな生活をしていたんでしょうか?
藤森
旧石器時代の人類が何を考え、どのような生活を送っていたのかを知るには、壁画として描かれた絵や建築を頼りにするのが一番やりやすい方法なんです。音楽や踊りといった無形文化は、後世に残りにくいけど、絵や建築は後世に残りますからね。
濱野
形として残っている表現から、当時の考えを解き明かしていくんですね。
藤森
そうです。表現の中で、古いものだとアルタミラやラスコーなどの洞窟に描かれた壁画があります。そこには主に、野牛や馬やマンモスなどの獲物となる動物が描かれていました。いわゆる原始的な自然信仰の現れだと思っています。その他の表現では、牙や石などに「女性」が刻まれていたことなんです。
信藤
どのような女性が描かれていたのですか?
藤森
ほとんどの場合は、妊娠した女性ですね。女性の手形を吹き付けたものや、マンモスの牙に刻まれたビーナス像なども残っています。動物の多産や、人間の安産を祈った「地母信仰」の考え方です。
信藤
それでは、建築の起源は、女性的な表現から始まったということでしょうか?
藤森
厳密にいうと、建築というよりインテリアですね。というのも、洞窟もそうですが、旧石器時代には建築の「外部」に対する関心が見られないんです。外部がつくられた痕跡がほとんど残っていない。ただ、インテリアは外部から内の世界を分けて確立するものなので、「内部」を発生させたという意味では、インテリアの発達が建築の起源といえるかもしれません。

着飾った女性のような外観

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それ以後、建築における女性的な表現は、どのように変化していったのでしょうか? 例えば19世紀末に始まったアール・ヌーボーの運動では、女性的な装飾を施した建築が多く見られました。
藤森
アール・ヌーボー以外で象徴的なのは、18世紀にフランスで始まったロココ建築でしょうね。それまで隆盛していた、男性的でいかにも権威を表現したバロック建築に嫌気がさした貴族の女性たちが、「私たちの空間を作りたい」と思ったことが発祥の一因だと思っています。その証拠に、ロココ建築は外部にほとんど関心がはらわれていないんですよ。現代の我々が好む建築学科で教えるような構成的な要素も一切取り入れられていません。「もっと真面目に作れ!」っていいたくなるくらいに(笑)。内部装飾にこだわっているという点では、ロココは、まるで女性の下着みたいです。
信藤
下着ですか(笑)?
藤森
ええ。軽くふわっとしていて、表面に装飾が施されているという。でもね、女性と建築という視点でいえば、今回の資生堂銀座ビルは、本来内部にあるはずの女性的な表現が、外部にむき出しになっているところが面白いなと思ったんですよ。ビル外観の唐草文様はレースみたいで、ビル全体が着飾った美しい女性にも見えてくる。
濱野
そういっていただけると嬉しいですね。唐草をモチーフにしたシェードは機械ではなく、一つ一つのパーツを手作業で仕上げているので、そういった肌から生まれた感触によって、藤森先生のおっしゃる「洋服で建物を包み込むような外観」を実現できたのかもしれません。
信藤
当初は、皮膚をイメージした案もありましたよね。
藤森
それにしなくてよかった(笑)。皮膚をそのまま建築に近づけようとしたら、絶対に失敗するんですよ。本当に皮膚みたいになったら気持ち悪いですし(笑)。

窓越しに見える銀座の街並み窓越しに見える銀座の街並み資生堂銀座ビル 外観資生堂銀座ビル 外観

伝統と未来のデザイン、「未来唐草」

ビルを覆う唐草のデザインについてお聞かせください。唐草文様は、資生堂の伝統的なブランドアイコンでもあります。
濱野
資生堂さんの伝統的なモチーフである唐草を現代的に解釈したオリジナルデザイン「未来唐草」です。当初の企画段階では、「ルーバー調*で奇麗な文様を作れるのか?」と心配する声もあったのですが、信藤さんと相談しながら、デザインコンセプトを作り上げていきました。
*ルーバー:羽板という細長い板を枠組みに隙間を空け、平行に組んだもの。
藤森
ルーバー調の建築は単調なものも多いけど、綺麗に表現できていますね。
濱野
ありがとうございます。まず信藤さんから「SHISEIDO」ロゴのS字の流線をいただいて、そこから、どんどん唐草の文様に近づけていったのですが、何度も描き直して、試行錯誤したんです。でもその分、銀座の街にふさわしい美しい建築物を建てることができたと思っています。
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古今東西、唐草は建築の意匠としても使われてきました。
藤森
そうですね。唐草は、もともと生命の豊穣を表す文様でした。起源は青銅器時代のエジプト文明といわれています。こんなに長く続いた文様は珍しいと思いますよ。でも、起源について僕は別の考えを持っているんです。
信藤
というと?
藤森
アイルランドの新石器時代の遺跡にある墓、「ニューグレンジ」あたりが起源ではないかと思っているんです。「ニューグレンジ」が作られた時代は基本的に太陽信仰なので、石に丸い形で太陽が描かれているんですね。注目すべきは、その太陽が何個も連なり、絡み合って唐草のような文様になっていることです。人類がどこで「繰り返す」ということを学んだかは分かりませんが、繰り返すという表現は、明らかに豊穣や多産を願う地母信仰に関係していると思われます。おそらく、そこが唐草の起源なのではないかと。
濱野
おもしろい仮説ですね! 太陽信仰の表現が、地母信仰と交差していると。
藤森
一枚の絵とは違って、繰り返す表現は建築の外部に使いやすくなったことも大きい進歩だと思います。
信藤
そうすると、「ニューグレンジ」で表現されている「繰り返す豊穣の表現」が資生堂銀座ビルの中でよみがえったといえるかもしれませんね。資生堂のデザイナーには、昔から唐草を描くという伝統がありまして、今でも担当デザイナーがいるんです。一本の流線をどれだけ美しく描けるかが、デザイナーの力に関わってきますから。
濱野
そうなんですね。
信藤
唐草といえば、資生堂には「ドルックス」というパッケージに唐草模様が施された化粧品があります。以前、藤森先生は昭和初期の「ドルックス」のパッケージデザインに施された唐草文様が、朝香宮邸の唐草文様に似ているとおっしゃっていましたよね。
藤森
はい。ガラスを使ったドアの唐草に似ているんです。
信藤
その時代において、唐草は富の象徴だったと思うんです。当時の銀座で、「資生堂の唐草」といえば、アール・ヌーボーの旗手の一人、オーブリー・ビアズリーの作品から着想を得て、矢部季によって描かれた赤い唐草の包装紙が有名です。「未来唐草」は伝統的なコンセプトを復活させつつ、現代的な富の表現を目指しました。

有機的に変わり続ける街、銀座

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銀座ビルの完成によって、汐留オフィスに移っていた資生堂の宣伝・デザイン部も創業の地である銀座に戻ってきますよね。銀座は明治時代からファッションの街というイメージがありますが、銀座という街と女性の美について、どのようにお考えですか?
藤森
銀座は商業地で、汐留は丸の内と同じようなオフィス街ですよね。つまり、商業地である銀座は消費を活性化させる場所であるのに対して、オフィス街は生産をコントロールする場所なんです。ものづくりをする人にとっては当たり前の考え方ですが、現代における生産の基本は均質と大量。その一方で、商品というものは、多様性ある魅力を提示して人の心を掴まなければ、売ることができません。だから、商業地である銀座は、多様で変化に富んだ有機的な街として発展し続けてきたんです。
信藤
商品を手にとってもらうために、いかに魅力的な伝え方をするか日々試行錯誤している宣伝・デザイン部としては、そういった刺激を受けることができる銀座で仕事ができることをとても楽しみにしているんです。2003年から汐留オフィスに移り、再び創業の地に戻ってきて思うことは、街の変化が昔より早まっていることです。かつての銀座は敷居が高いイメージでしたが、最近はファストファッション系のブランドも増えましたし、若い人が気軽に足を運べる場所に変化しつつある。そうした時代の流れを銀座の街を歩いて肌で感じながら、より質の高いクリエイティブを世界に発信していきたいです。
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日々、建築に携わっている濱野さんは、どのようにお考えですか?
濱野
銀座の魅力は、テナントではなくて、店舗自体が保有する単業ビルが多いことだと思います。路面を歩けば様々なブランドの顔を見ることができるし、海外の方が東京を面白いと感じるのは、そうしたビルが集積しているからだそうです。伝統ある通りに建つこのビルが、銀座の新しい顔になると嬉しいですね。
藤森
そういう意味でも、さまざまなエネルギーが集まっている街といえるかもしれない。銀座は、街を歩く女性の装いも美しいし、路面の店舗も美しい。それが、街全体の華やかな雰囲気をつくっているんでしょうね。

創業の地、銀座から発信する「美」

ロビーの吹き抜けロビーの吹き抜け資生堂書体を用いたロゴ資生堂書体を用いたロゴ

資生堂銀座ビルを設計するにあたって、こだわったことはなんでしょう?
濱野
銀座ビルは「価値創造拠点」をメインコンセプトにしています。そのため、6階〜10階のワークスペースは、階段やエレベーターホールに面した吹き抜け空間を設置し、視線や導線を交差させることで、働く人々の新しい出会いや発見が生まれるように工夫しました。また、汐留オフィスではクリエイターの方の個人スペースを広く取っていたのですが、今回は共用スペースを拡大し、コミュニケーションを促すようにしています。
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社員からの評判はどうでしょうか?
信藤
好評ですよ。光がたくさん入って、やわらかいデザインの美しいビルだから、女性社員からも評判もよくて、ほっとしています。
濱野
そうそう、女性社員のみなさまからは、お手洗いの鏡の大きさやお化粧直しのスペースに関してご指摘をいただき、後から再検討しました。女性ならではのご意見で、個人的には大変勉強になりました。やはり、女性にとって、お化粧直しする場所は、とても大切なんですね。
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資生堂のチームと一緒に建設のプロジェクトを進める中で、資生堂のクリエイティブについてなにか新しい発見はありましたか?
濱野
日本有数のクリエ―ターを抱える資生堂さんとの仕事は、とても刺激的でした。我々設計者と、グラフィックやプロダクトのデザイナーの異なる立場で意見をぶつけ合ったことで、これまでにない先進的な建築物ができたと自負しています。あとは、細かい部分での「美」へのこだわりはさすがだと思いましたね。資生堂書体ってありますでしょう?
信藤
はい。資生堂には伝統的な書体があって、欧文はデータがあるのですが、和文は現在も全部手書きで描いているんです。社内に教則本まであって、新人デザイナーにはその書き方を徹底的に教え込みます。唐草文様と同じで、とにかく描くことで、身体的に「美」を覚えていくというのが昔からの取り組みなんです。
濱野
ビルに使われているサインなどの文字を資生堂書体にするために、すべて用意してもらいました。革新的でありながら伝統を守る姿勢には感服いたします。
信藤
こちらこそ......。僕はプロダクトデザイナーとして入社しているので、まさか自分が建築に携わることになるとは思いもよらず、今回はとても勉強になりました。でももちろん、建てたら終わりというわけではないので、銀座という創業の地からどのようなクリエイティブを発信していくのか? 銀座の空気を肌で感じながら、生まれ変わった資生堂の力を見せたいですね。
藤森
さきほどの話でいうと、儒教の影響なのか、日本では「消費=浪費」ととらえられて、あまりよくないものだと思われがちですけど、本来は消費がなければ生産は成り立たないんですよね。そのことに気がついて、いち早く商品に近代的な「デザイン」というコンセプトを取り入れたのは、日本の企業では資生堂が先駆けでしたね。最近では海外メーカーも目立ってきましたけれど、女性の美を担う、「銀座の地場産業ブランド」として、ぜひこれからも頑張っていただきたいです。
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興味深いお話をたくさん聞くことができました。この資生堂銀座ビルから発信したクリエイティブが、新しい銀座の街を形成していけたらと思います。ありがとうございました。
撮影協力 竹中工務店
掲載日 2013年10月

INFORMATION

「資生堂銀座ビル」

2013年10月2日に、資生堂の本社社屋「資生堂銀座ビル」がオープンしました。新しい社屋は、オフィス機能に加え、ショップ、レストラン、多目的ホールなどを備えた複合型ビルです。創業の地である銀座から、先進的な価値の提案や、心を豊かにする場の提供を通じ、魅力的な街づくりに貢献することを目指します。

<資生堂銀座ビル概要>
所在地
東京都中央区銀座7-5-5
敷地面積
約 1,116 ㎡ 
建築面積
約 939 ㎡
延床面積
約 9,957 ㎡
高さ
約 48m
階数
地上10階・地下2階
環境対応
外装アルミシェードによる断熱対策、LED照明による消費電力の削減、太陽光発電や自然換気による自然エネルギーの利用、最新の冷暖房システム「輻射空調」導入。「CASBEE」で、最高ランクのSランク取得。
設計施工
竹中工務店
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