ハナシ
桑名隆滋(公益事業家/つなぐ人)× 鐘ヶ江哲郎(クリエイティブ・ディレクター、コピーライター/つくる人)

「個」の時代の新しいクリエイティブ

資生堂のクリエイターが各業界で活躍されている方々をゲストにお迎えして「美」を語る対談。第5回は、資生堂の宣伝・デザイン部クリエイティブ・ディレクター、コピーライターの鐘ヶ江哲郎が、公益社団法人日本フィランソロピー協会の桑名隆滋氏をゲストにお迎えしました。東日本大震災から3年。震災支援をきっかけに変化した企業の広告に対する考え方や、個人がもつ「美」をもとに、これから社会とどのように向き合っていくべきかについて語っていただきました。

桑名隆滋
桑名隆滋(くわな りゅうじ)
1983年神戸大学法学部卒。
国産コンピューターメーカーで提案型営業を12年間経験後、1995年にコーポレート・ベンチャー企業に転身、2002年よりバイオ系ベンチャー企業の投資育成、経営に従事。2011年に東日本大震災被災地支援事業に関与。「当たり前のことを当たり前に、厭わずにやることが仕事だと思っています。」
鐘ヶ江哲郎
鐘ヶ江哲郎(かねがえ てつろう)
資生堂宣伝・デザイン部クリエイティブ・ディレクター。 1985年、コピーライターとして資生堂入社。 以来、さまざまな化粧品ブランドを手がけるが、近年ではコーポレートコミュニケーションを中心に、 ウーノなど型にはまらないコミュニケーションを意欲的に構築する。「PICK UP TECHNOLOGY」 サイトではWEBムービーを続々配信中。

モノを買わなくてもいい、と伝える広告

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お二人は、被災地の臨時災害放送を中心としたプロジェクトをご一緒に立ち上げたんですよね。
鐘ヶ江
震災が起きてすぐに、資生堂も化粧品メーカーとして水のいらないシャンプーやハンドソープなどの支援物資、義援金を送ることを決めていました。ですが、それ以外に何かできないかと考えたとき、被災地の方々が主にラジオ放送から災害情報を得ていたこと、情報の少なさから必要な物資が欲しい人に届いていないということを知りました。そこで、宣伝・デザイン部の持つコミュニケーションコンテンツのノウハウを活かして、被災地向けのラジオコンテンツ提供をスタートしたんです。
スタートしてからも、「音楽を流したいが著作権がどうなっているのかわからない」「子どもが寝られない」といった現地の声を聞き、演歌とその歌手によるメッセージや朗読コンテンツをはじめたりと、求められている形に変化していきました。そんなことをしているうちに、この活動を一社だけで行うのではなく、他の企業にも協力してもらうべきだと思い、さまざまな企業に声を掛けて複数社で番組提供を行うことにしました。その取りまとめ役として、桑名さんのお力が必要だったんです。
桑名
私が参加している公益社団法人日本フィランソロピー協会は、これまでに企業とNPOやNGOの橋渡し役として、教育や人権、社会環境、自然環境の問題などに取り組んできました。そういった経験があって、このプロジェクトでも資生堂さんと被災地をつなぐ、事務局的な機能を担うことができたんだと思います。
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ラジオ番組だけでなく、被災地向けの新聞広告も発行されていたんですよね。
鐘ヶ江
震災から2ヶ月が過ぎた頃、被災地の女性から「化粧品が欲しい」という声が出てきて驚きました。私たちは化粧品会社の人間なのに、被災後の生活では化粧品よりも食料や衣料のほうがずっと大事だと思っていた。でも、外見をきれいにすることで気持ちが晴れやかになるし、あれた手にはハンドクリームも必要です。化粧品は、私たちが思っている以上にずっと生活に重要なものだったんです。しかし、まだ十分な物資が行き届かず、流通経路も整っていない被災地の方々が化粧品を手に入れることは難しかった。そこで「シャンプーが使えないときは、濡れタオルで地肌をていねいに拭いてください」とか、「乾燥から肌を防ぐためには、マスクや手袋が有効です」といった、化粧品の代替となる「情報」を新聞広告枠に掲載させていただくことにしました。「化粧品を買わなくても大丈夫です」といった広告は、普段の広告制作とは全く逆の発想ですが、資生堂のコピーライターとして出来ることはこれだと考えたんです。
桑名
あの広告を見たときは驚きました。化粧品を買わなくてもいいと呼びかける広告。資生堂さんの中で、どのような経緯で出広が決まったのか興味があります。
鐘ヶ江
モノを買わなくていい、と謳ったものを会社として出すのはどうなのか、という議論はもちろんありました。でも、「これが現地にとって本当に必要なものなんです!」と説得し、実現に至りました。自動車メーカーのホンダさんが、Googleさんと連携してカーナビ情報をもとに被災地周辺の道路情報を発信する取り組みを知っていたこともあり、企業が持っている情報を、もっと社会に開放していくことに意義があるのでは、と思っていたんです。

「つくる」から「伝える」へ

桑名
最近痛感するのは、情報を、適切なタイミングで適切な人に届けるということが普段からいかに出来ていないかということです。100人いれば、それぞれの生活があって、必要な情報はみな異なるはずなのに、どうしても情報がマス的なものになってしまう。それで生活の場面に届かない。
鐘ヶ江
被災地支援も、何をしたらいいかわからないから、寄付金という最も汎用性のある方法を選びがちですが、そうではなくて自分のスキルをどう活かすかということを考えたほうが効果的だったりします。
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今回のラジオ番組や新聞広告は、通常のお仕事ではなかなか発想しえないものですよね。ある意味で、危機的な状況から生まれたクリエイティブかもしれませんが、今回の活動を通じて普段のお仕事にも何か影響はありましたか?
鐘ヶ江
コンテンツや情報を「どう届けるか」ということの重要さに改めて気づかされました。今はSNSで個人が積極的に情報を発信しています。そういった時代において、私たちメーカーも「つくる」だけではお客さんとのコミュニケーションが成立しなくなっている。そこに、もっと危機感をもたないといけないと思います。これから必要なのは、モノを買ってもらうための情報発信とともに、コーポレートコミュニケーションを通じて、企業の顔や思いを見せることなのではないでしょうか。
桑名
企業は、本来は「個人」が集まったものです。企業の言動の根底には個人の良心があるべきなのに、どこか企業が個人とは異なる規範を持ち、そしてそれは個人の良心とは異なって、個人との距離が離れていた時代がありました。でも、その距離に今、変化が起きているようです。「組織人」という人種は幻影で、これからは、一人ひとりが自分の足で立つ時代。そして自分は何をしなければいけないのか、自分の役割は何かを考える時代なんだと感じています。その中で、企業もそのような「個人」に対して何ができるのかを考えなければいけませんね。
鐘ヶ江
コミュニケーションのあり方は、本当に難しくなってきています。CMをただ流すだけではなく、年齢、性別、いつ、どこで、といったことを意識して、きちんと向き合っていくことが大切です。ひと昔前のように1000万人に届けるものではなく、地域やコミュニティーに合わせたミドルメディアのような存在が必要で、企業は個人やコミュニティーのニーズに合わせて行動していくものだと考えています。

「美」の多様性

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企業のアイデンティティーが問われている中で、「資生堂らしさ」とはどのようなものだとお考えですか。
鐘ヶ江
資生堂は、「美」をとことん追求している企業です。そこは妥協してはいけません。美しくない広告は、資生堂という名前でつくってはいけないと考えているほどです。
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その「美」の核にあるものとはなんでしょうか。
鐘ヶ江
「美」という考え方一つとっても、国や地域によって多様性があります。欧米の化粧品会社の提唱する「美」は、洗練された、理想的な美しさを表現したものがほとんどですが、初音ミクやゴスロリファッションが日本から生まれていることに対しても、欧米から「カッコイイ」という評価を受けている。「美」にもさまざまな形があっていいと私は考えています。
桑名
被災地でひたむきに働く人を目にしたとき、その瞬間そこに、荘厳ともいえる美しさを感じました。外見に、ではなく仕事を懸命にやり続けることの中に「美」があることを教えてもらいました。
鐘ヶ江
妥協せずに全力でつくり上げることで本当に美しいものが生まれる。同時に、その思いをしっかりと伝えることも忘れてはいけません。コミュニケーションの方法が今はたくさんありますが、この状況を焦るのではなく、「チャンスだ!」と思わないと(笑)。

新しい「個」の時代に向けた「発明」

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新しいコミュニケーションの方法が日々生まれている中で、個々人のコミュニケーションはどのように変化していくのでしょう。
桑名
これからは、一人ひとりに目を向けていくこと、つまり個人の多様性を認めた上での個人主義が広がっていくと思います。個人主義といっても自己中心的なものではありません。相手も個人であり、尊重されなければならない。個人の集合が社会。そうしたことをきちんとわきまえた個人主義です。
ところで、相手を尊重するためには、想像力が必要です。相手の立場にどれだけ近づけるか。そして相手が発する言葉をどれだけくみとることができるか。言葉の意味は、コンテクストによって変わってきます。言葉の一つひとつを大切にして、どれだけ相手の言葉を受け止めようと意識しているか。できるだけ、そうした気持ちを忘れずにいたいものです。
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「社会性のある個人主義の時代」において、企業はどう変わっていくべきだとお考えでしょうか。
鐘ヶ江
企業は、さまざまなスキルやインフラを持っています。そうした資源を、これからはもっと公共的なものとして、社会に開放することができるのではないでしょうか。利益追求だけではない新しい企業のあり方を通じて、企業価値と社会的な価値を同時に実現するような仕組みを考えていかないといけません。
桑名
過去の歴史を踏まえると、人間は、民主主義や社会主義といった考え方や、貨幣や株式会社、テレビの広告モデルといった、様々な経済的な基盤を「発明」してきました。ですが、そこで新たな問題が出てきたり、解決できていない問題が残っています。これらの難題を解決する、次なる時代の「新しい発明」が求められているのではないでしょうか。
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「新しい発明」ですか。
桑名
自動車やロケットのようなその時代の人々がワクワクしたような大発明も、最初は個人の気持ちの熱量から生まれてきました。個人が懸命に仕事に取り組み、大きな熱量を持って企業を動かす。そして企業も、そんな個人を受け入れるー。ここらあたりから、次の大発明が出てくるのかもしれませんね。
撮影日 2014年2月
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