ハナシ
小林章(書体デザイナー)× 小林豊(グラフィックデザイナー)

文字の人格

資生堂のクリエイターが、各業界で活躍されている方々をゲストにお迎えして「美」を語る対談。第6回は、資生堂社内で「資生堂書体」の担当であるグラフィックデザイナー小林豊が、世界で活躍する書体デザイナーの小林章氏をゲストにお迎えしました。100年近く継承されてきた「資生堂書体」を現代に活かすグラフィックデザイナーと、ドイツを拠点に国際舞台で活躍する書体デザイナーが対面。言葉の顔つきを決める文字のデザイン。その可能性について語っていただきました。

小林章
小林章(こばやし あきら)
武蔵野美術大学卒業後、写植機メーカーで日本語書体デザインに携わった後、1989年から約一年半、ロンドンで欧文書体デザインを学ぶ。日本帰国後にフォントメーカー勤務を経て独立。世界的な書体コンテストで二度のグランプリ受賞をきっかけに、2001年にライノタイプ(現モノタイプ)社のタイプディレクターに就任。現在、ドイツ在住。 著書に『フォントのふしぎ:ブランドのロゴはなぜ高そうに見えるのか?』『まちモジ:日本の看板はなぜ丸ゴシックが多いのか?』などがある。
小林豊
小林豊(こばやし ゆたか)
武蔵野美術大学卒業後、資生堂に入社。所属は宣伝・デザイン部。以後、様々な広告デザインに携わる。1988年から4年間、フランス・パリの資生堂オフィス勤務にて、数々の教訓を学ぶ。日本帰国後も、グラフィックデザイナーとして、資生堂の広告づくりを続ける。近年は、ロゴ・マーク・文字などの企業素材の制作・改刻・管理などの業務を担当。 趣味に、『スター・トレック』『グレイトフル・デッド』『時代劇』などがある。

「文字デザイン」の道を開いた身近な存在

文字が主役のレコードジャケット

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今回は文字にまつわる美や魅力について、このテーマに最適の「二人の小林さん」による対談が実現しました。まずはお二人が文字デザインにひかれたきっかけを教えてください。
僕の場合は、きっかけは小学生時代までさかのぼります。もともと絵を描くのが好きでしたが、授業で「交通安全週間」や「虫歯を予防しよう!」といった何かのメッセージを伝えるポスターを描いたときに、文字の果たす役割がいかに大切かを知りました。どんなに絵がうまくても、文字で手を抜くと台無しになるし、逆にそこを頑張るとすごくしっかりした印象になる。情報を効果的に伝える書体を工夫するのが面白くなってきて、高校時代は文字だけのポスターなども作っていました。
僕も章さんも同じ武蔵野美術大学出身です。僕は学生時代にバンドを組んでいて、学内ライブの宣伝用に立て看板をよく描いていました。それが文字デザインの面白さを意識したきっかけだと思う。ゴシック調で書くと力強いとか、今回は文字と文字の間隔がかなりイイ感じだなとか。当時、大学にあった「風月」という学生食堂でライブを企画したのだけど、「風月ライブ!」をだじゃれ的に「Who Gets LIVE!」にしたら(笑)、和英文字それぞれの見せ方の違いが実感できたりして。
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当時のお二人が、参考やヒントにしたものはあったのですか?
僕のお手本は、家でとっている新聞でした。例えばポスターに書く「安全」という言葉を新聞から探して、その活字を真似してみる。すると、ただ漫然と字を書き連ねたときとは全く違う、しっかりした「安全」イメージが出て面白かったですね。
その感覚はわかるなぁ。僕は好きなレコードのジャケットがお手本でした。今日は自宅から数枚持ってきたんです。The Bandの『Music From Big Pink』や、Bad Companyのデビュー作の文字使いはとても刺激的でした。彼らの音とは別に、デザインのチカラを感じました。バンドやミュージシャンが、自分たちの名前を個性的なロゴにして長年使い続ける例もありますよね。(レコードを手に取りつつ)YesやChicago、Santanaもそうかな。
LPジャケットはサイズ的にもインパクトがCDよりずっと強いから、そこでいろんな試みが生まれたのかもしれませんね。

手作業が、デザインにもたらすもの

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現在、章さんは世界的に著名な書体デザイナーとして活躍中です。書体への関心の芽生えが、天職へつながっていった経緯とは?
大学へ進んだ当初は、グラフィックデザイン全般に関心がありました。でも、いろいろ見ていくと、やはり興味をかきたてられるのは文字だった。それでその方面を勉強して、卒業後の就職先は写植機メーカーの文字デザイン部しか考えていませんでした。そこでは様々な書体ごとに、大量の漢字をグループ作業で作ります。その書体が持つイメージを一貫させながら、一文字ずつデザインしていくわけです。当時は完全な手作業の世界で、練習して極細の面相筆で1mmの間に10本の線を引けるくらいになりました。いかに美しく、かつ統一感のある字を作るか、ということをしていました。
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現在はドイツのフォントメーカーに所属して、欧文書体を中心に国際的に活躍されていますね。
和文の原字制作をコツコツ続けた後、より広い世界が見たくなってイギリスに渡りました。向こうではカリグラフィー(西洋や中東における書道のようなもの)の専門家や石碑に文字を彫る職人さんなどと交流する機会を得て、ずいぶん視野が広がりましたね。帰国後に欧文書体のデザインにも携わるようになり、フリーランスになって国際コンテストに出した書体がグランプリをいただくなどするうちに、ドイツから声がかかって現在に至ります。
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一方、もう一人の「小林さん」は、社内グラフィックデザイナーとして、社名ロゴをはじめとして100年近く受け継がれてきた「資生堂書体」を継承・発展させる役割も担っていますね。「資生堂書体」について伺わせてください。
このオリジナルの書体は、資生堂のポスターやパッケージを長年にわたり彩り続けていて、入社した新人デザイナーは、まず手描きでこの書体を体得する練習は必ず体験するんです。僕は文字の専門家ではありません。グラフィックデザイナーとしての仕事の中で、文字も扱うという立場ですが、資生堂書体の練習の手引きとなる社内向け教本の監修もしています。また、新人デザイナーへの資生堂書体の指導もおこなっています。
今のような時代に、あえて手描きで受け継いでいくというのがいいですね。僕も先ほど話したような、自ら手を動かして作る経験が今に活かされていると感じます。例えば、現在ではパソコン上で自由に拡大して書体の細部を作り込めますが、実際に使われる数ミリの大きさになったときそれがどう見えるか? これが体感的にすぐわかるのは、かつてのそうした経験があるからだとも思う。

小林章氏のオリジナル書体 「Clifford」

「Clifford」は世界中で幅広く使われている

時代を超えて息づく、企業の「人格」

「資生堂書体」

「資生堂書体の教本」

小林豊が、「資生堂書体」で描いた名前

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資生堂書体が誕生した経緯をご説明いただけますか?
株式会社資生堂の初代社長である福原信三が、現在の宣伝・デザイン部にあたる意匠部を設立したのが1916年です。さらに、店頭で商品を目立たせるために、独自の「店文字を作ろう」という彼のかけ声から、意匠部の矢部季(やべ・すえ)や画家の小村雪岱(こむら・せったい)を中心に発案された社名の和文ロゴタイプが、資生堂書体の原点で、今では各種の広告やパッケージの文言にも活かされています。この対談シリーズが載るサイト「こちら、銀座 資生堂 センデン部」のタイトルロゴもそうですね。この文字も、もちろん社内デザイナーが手書きしています。資生堂書体はえがたい財産だと思っていて、ある意味、使うだけで「資生堂っぽさ」が伝わる。実は今日の対談が決まったのを受けて、僕と章さんの名前を資生堂書体で書いてきました。記事のタイトル部分に使えるかなと思って、ホラ。
本当だ!(笑) ありがとうございます。学生時代、資生堂の企業文化誌『花椿』をもらいに銀座に出かけていた身としては、嬉しいサプライズです。
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章さんは、企業が自分たちの書体を作ることの意義をどう考えますか?
「企業と書体」というと、大抵の人はまず社名ロゴを思い浮かべるでしょう。わたしは、書体にはもうひとつ重要な役割があると考えています。それは、社会に届ける「企業の声」としての役割。社名ロゴは初見で印象に残れば、以降は「あ、あの会社だ」と思えるようになる。他方でその企業が「私たちはこういうことをやっています」とメッセージを言葉にして届けるとき、どんな書体を使うかでメッセージのトーンも左右されてくる。ヨーロッパでは「企業の声をどんな響きで伝えるべきか?」ということを大事にして、各場面で書体を統一したり、工夫する考え方が、ごく当たり前になっていると感じます。
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「この会社は、いつもこういう声で語りかけてくれるよね」ということですか?
専門的な書体名まで知らなくても、「あの航空会社は、あの銀行はこういう感じ」というのは何となく頭に残る。だからたとえ企業ロゴがそこになくても、その文字使いが自然と「企業の声」として親しまれ、イメージも伝わっていく。企業側もそこを大切にして、同じトーンの声=書体で語りかけることを重視してきたのが、ここ20年ほどの流れです。ただその際、既成の書体をベースにすることが多い中で、資生堂のように独自書体を作り、それを長年継承するこだわりぶりは珍しいことだとも感じます。
資生堂の場合は、福原信三が「店文字」を作ろうとした想いの源がそうだったのでしょう。彼の言葉で「ものごとはすべてリッチでなければならない」というのがあって、僕はそれを単に物質的な豊かさではなく、エレガンスみたいな精神性を含めた話だと受け取っています。そのこだわりは、香水の香りから、そのボトルデザイン、さらに店頭に立つ美容部員の仕草から、こうした文字にまで一貫している。それは時代を超えて息づいていく企業の「人格」と言ってもいいかもしれません。
まさにそういう部分でも、独自の書体を手描きで人から人へ継承していくことの意義があるのでしょうね。目に見える「かたち」を超えたものも含めて、という意味において。

時代の空気を呼吸して変化する書体

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現在、資生堂書体には和文・欧文の両方があります。書体デザイナーの章さんから見て、そのデザインにどんなものを感じますか?
やや専門的な話をすると、文字の重心がやや高めで、アールデコ的な雰囲気がある素敵な書体という印象です。先日、香港を訪れた際にやはりアールデコ調の書体を用いた看板やサインがあり、それは1920年代の建物にとてもマッチしていました。資生堂書体も、和欧の書体それぞれが誕生当時の時代の空気をたたえつつ、よい形で現代に受け継がれている印象です。
さすが、鋭いですね。先ほど話した矢部と雪岱による書体考案はちょうど1920年代。和文書体に関しては、二人がそれぞれ中国の宗、明時代の字体をふまえて取り組んだとも聞いています。僕は特に、画家の雪岱が果たした役割がとても大きかったのではと感じます。欧文についてはフォント化もしており、これにあたっては書体デザインの巨匠、アドリアン・フルティガーさんに依頼して全文字を描き起こしていただきました。今日は保管庫から、彼が描いてくれた現物も持ってきたんです。
実物はやはり美しいですね。「SHISEIDO」の欧文ロゴを特徴づける独特な「S」も、とてもきれいなカーブです。
ドイツに来たあと数年間、フルティガーさんと一緒に仕事をしたこともあるんですよ。
依頼の際に、当時フランスのパリに住んでいたフルティガーさんを訪ねて見本をお渡しすると、「うん、素敵な書体だね」と笑顔で一言おっしゃり、あとは何の説明もいらなかった。できあがったものは、僕らにとって見慣れた資生堂書体でありながら、彼の手で美しさが吹き込まれたものになっていました。
なるほど、見ていると彼の考え方がわかります。
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お話をうかがっていると、資生堂書体を受け継いでいく営みは、「お手本」を寸分違えず守り続けるのとは少し違うところも感じます。時代を超えて存在すると同時に、時代と共に変化もしているようです。
たしかに。伝統を大切にしつつ、変化はあっていいと僕も思います。新人デザイナーの訓練も見本をなぞるのではなく、それを傍らにまっさらな紙に新たに書き起こします。人によって個性も出るし、特定の単語をお題にしたとき、字の連なりのバランスを見て個々の文字に変化をつけたりもする。つまり、隣にどんな文字が並ぶかによって、その文字が変化する、ということです。『花椿』でも、資生堂書体をもとに新たに工夫した毎号のキーワードが、裏表紙を飾ります。そうしたニュータイプも生み出しながら継承しているわけです。
書体というのは、それこそ古代ローマの碑文に刻まれた文字から、街の看板、新聞や書物の活字、さらにブランドのロゴやデジタルデバイスに表示されるものまで、本当にあらゆる場で使われています。そしてそれぞれの書体に、重厚さ、軽快さ、王道感、新鮮さなどの性格がある。そんな中で資生堂書体が印象的なのは、資生堂らしさの伝統を大切にしつつ、それに縛られず、時代ごとの空気や創造力も許容しながら受け継がれていることですね。いわゆる○×式で継承されるのでもなく、ときには大胆に崩したり、遊び心を発揮したりする懐の深さもある。その意味でも、一度完成させたものを利用していく「フォント」の範疇には収まらない「書体」なのですね。

資生堂欧文書体

フルティガー氏が手がけた資生堂欧文書体の原本

4人の新人デザイナーによる文字の違い

「花椿」の裏表紙の文字

広告用にアレンジされた資生堂書体

守るものと、変えるもの

フルティガー氏と小林章氏による書体「ノイエフルティガー」

小林章氏のオリジナル書体 「Akko」

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変化していく書体といえば、章さんは前述のフルティガーさんら書体デザイナーの巨匠と共に、彼らが生んだ名作書体を新たに「改刻」するお仕事でも知られていますね。
こうした作業の理由は、まず時代の変化への現実的な対応ということがあります。例えば、フルティガーさんの名を冠した書体「Frutiger」は1980年前後にデジタルフォント化されました。しかしその後に平均的なコンピューターの性能は向上し、「今ならより美しくデジタル化できる」という部分も出てきます。他にもユーロ(€)など当時なかった記号を新たに加えるとか、アクセント符号に対応すれば東ヨーロッパでも使えるようになるとか、時代の要請に応える側面もあります。
デザイン面では、どんなところを変えていくんですか?
やはり僕は、文字が描く弧、カーブにこだわりがあります。何千というデジタルフォントが一気に生まれた時代には、原型を完璧に再現できないまま世に出たものもある。だから「今ならできること」として作り直すことにも意義を感じます。そういえば、思い出した。小学校のとき書道も習ったことがあって。「雪あかり」と書いた一枚にどうしても納得いかないカーブが一か所あり、つい書き足して直しちゃったんです。それがコンクールで入賞して、書を趣味にしている親戚の伯父に見せたら「ここ、後から直したね」と見破られ、たしなめられました(苦笑)。
(笑)。でも我々デザイナーの立場からしたら、そこで手を加えてよりいいかたちにするのは、ごく真っ当な感覚とも言える。どこに美の重心を置くかの違いで、章さんはやっぱり、生粋の書体デザイナー気質だったわけですね。
他に、同じ書体でも太さにバリエーションを与えることで使い方の可能性が広がることがあります。昔はとにかく目立つ太い書体が重宝されがちだったのが、現在では洗練された印象のより細い書体も人気がありますね。
資生堂書体も臨機応変に対応していくことが新たな可能性につながるとも思っています。もちろん、グローバルな展開においては、統一性や読みやすさがより求められるシーンもある。でも、統一したり、読みやすければいい、ということではないと思っています。もっと大切なものがある。「魅力」です。平均化すればするほど「人格」は無くなっていく。「ここではこう伝えたい」との想いさえしっかりあれば、多少遊びがあってもいいんじゃないかな。特に最近の広告・宣伝表現にはそういう気概に欠けた味気ないものも多く、もっとこだわっていいと感じます。そして、その土台として伝統がまた意味を持ってくると思う。

見れば見るほど広がる、書体デザインの世界

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最後に、書体デザインはとても専門的な世界ですが、ふつうの人が文字を楽しむコツがあれば教えてください。また若手デザイナーへのアドバイスもお聞かせいただけますか?
これは文字に限らないことでもあるけど、何事ももっと「よく見てほしい」と思う。最近は情報も表現も、右から左へサッと流し見られるだけで終わっている傾向を感じます。もちろん大づかみな魅力はそれでも感じるだろうし、よく見ないと面白さがわからない表現は本質的に魅力がないもの、との意見もあるかもしれない。でも、ディテールに分け入ることで見えてくる魅力も確実にあります。
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それは例えばどんなものでしょう?
僕は時代小説も好きで、池波正太郎さんの作品などは本筋の物語のうまさはもちろん、よく見ていくと随所に別の魅力もあります。悪女の描き方や、うまそうな料理の描写が秀逸だったりね。それはパッと表面をなぞっただけではわからない。言い換えれば、「美」の一文字を渡されて、あなたはこれを何と読みますか? みたいな、仕掛けられた楽しい罠みたいな魅力ですね。余談ですが、最近わかったのですが、池波さんと小村雪岱は、あることでつながっていたんです。この話は、また別の機会にでも...。
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章さんはいかがでしょうか?
豊さんがおっしゃるように「よく見ること」が、「感じて楽しむこと」、さらに「作ること」にもつながっているのかなと思います。
僕は外を歩いても、街角の文字にどんな曲線が表現されているか、背景との白黒のバランスにどんな美しさがあるか、といったことをずっと気にして見ています。文字以外に対しても一緒で、道ばたで見た草花も、マンホールのふたに鋳込まれた文字もそう。それは仕事上の心がけとかではなくて、僕にとっては楽しい日常です。直に書体作りのインスピレーションを受けるわけではないけれど、それらは自分の仕事のどこかに影響しているんじゃないかなと思っています。
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今回は、日常に溢れる様々な文字から、企業のオリジナル書体のもつ役割や重要性まで、書体について広く語っていただきました。ありがとうございました。
掲載日 2014年7月
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