ハナシ
アストリッド・クライン(建築家)×岸野桃子(資生堂 宣伝・デザイン部 スペースデザイナー)

サプライズというおもてなし

資生堂のクリエイターが、各界で活躍する方々と「美」を語る対談シリーズ。第8回は、空間づくりに携わる二人の対話となります。代官山や湘南のT-SITEなど、建築からインテリアまで多様なデザインを手がけるクライン ダイサム アーキテクツ(KDa)のアストリッド・クラインさんと、資生堂 宣伝・デザイン部スペースデザイナーの岸野桃子。二人は、2011年に誕生した総合美容施設「SHISEIDO THE GINZA」の内装をKDaが担当した縁で知り合いました。常に人々にサプライズをもたらす場をつくるクラインさんと、そんな彼女を尊敬する岸野が、互いのデザイン思想について意見を交わします。

アストリッド・クライン
アストリッド・クライン(あすとりっど くらいん)
イタリア・バレーゼ生まれ。伊東豊雄建築設計事務所で働いた後、1991年にマーク ダイサムと共に現事務所クライン ダイサム アーキテクツ(KDa)を設立。KDaの作品やその活動は、国際的評価を得ており、注目を集めるクライアントと様々なプロジェクトを進めている。代表作に代官山T-SITEや、SHISEIDO THE GINZA(内装デザイン)など。American Retail Environment Awards やD&AD Awards、World Architecture Festival Awards他受賞多数。
岸野桃子
岸野桃子(きしの ももこ)
1979年生まれ、兵庫県出身。 2002年金沢美術工芸大学環境デザイン科卒業。 同年資生堂入社。 「クレ・ド・ポー ボーテ」「ザ・ギンザ コスメティックス」コーナーや、SHISEIDO THE GINZA、ウィンドーディスプレー、『中村誠の資生堂 美人を創る』展などの空間デザインを担当。

内装デザインの依頼先として、
ぜひKDaと仕事がしたいと思ったんです(岸野)

リーフ・チャペルで行ったクレ・ド・ポー ボーテ プレス発表会リーフ・チャペルで行ったクレ・ド・ポー ボーテ プレス発表会

SHISEIDO THE GINZA © Nacása & Partners

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二人の出会いは、やはりSHISEIDO THE GINZA(以下STG)の内装デザインプロジェクトでしょうか?
岸野
実はその仕事よりも前に、KDaの作品とコラボレーションさせてもらうような体験があったんです。クラインさんにもお話ししていないし、私が勝手にそう思っているだけなんですけれど(笑)。
クライン
本当? KDaのどの仕事でしょうか?
岸野
山梨のリゾナーレ八ヶ岳にある「リーフ・チャペル」です。あるアイシャドーのプレス発表会であそこを使わせてもらうことになり、空間の中にたくさんのキャンドルを並べて商品の「深み」を伝える演出をしたんです。今日はその写真も持ってきました。
クライン
うーん、素敵! もっと早く教えてくれたら良かったのに。この写真、あとで私にもくださいね(笑)。岸野さんの第一印象は......そうですね、まずこのSTGの仕事は、やはり大企業の重要なプロジェクトですし、単に新施設というのを超えて、新たなビジネスモデルへの挑戦でもあったと理解しています。やりがいと同時に責任も大きいので、私にとっては緊張感もありました。でも岸野さんはその中で、いつもバブリーな笑顔で打ち合わせを楽しませてくれる人でしたね。
岸野
バブリーですか!?(笑)
クライン
あ、シャンパンの泡のように陽気な、という意味ね。加えて、彼女も空間づくりに携わる人なので、こういう方がクライアント側にいてくれて心強かったのを覚えています。資生堂側のさまざまな意向を伺った上で、自分のアイデアをいかに形にできるか、それをどう伝えられるかが課題でしたから。大勢の方々が参加する打ち合わせでも、二人の間は見えない親密な会話でつながっているような気もして(笑)。
岸野
内装デザインを誰に依頼するか社内で意見を求められたとき、ぜひKDaと一緒に仕事がしたいと伝えました。それが実現できたことは、とても光栄に思っています。訪れた人をワクワクさせてくれそうなアイデアの数々には、とても刺激を受けました。
クライン
今も覚えているのは、STGのデザインの方向性を話し合うなかで、岸野さんが「これからも進化できる可能性」について提案してくれたこと。そのイメージとして、パリのとある小さなお店の写真も見せてくれましたね。そこから私が、Unfinished=未完成という言葉を提案しました。この言葉のポジティブな面、つまりこれからも変化できることの良さ、未来への可能性を実際のデザインに活かすことができました。そんなチャレンジングな考え方のきっかけを、すでにパーフェクトなイメージのある資生堂にいる岸野さんのほうから示してくれたのは、うれしい驚きでしたね。

代官山と湘南。T-SITEに込められた想いとは?

岸野
私がクラインさんのデザインに惹かれる一番の理由は、常に素敵なサプライズがあるからです。最初はアーティストを目指して勉強していたというお話も聞いたことがあり、そのあたりも関係しているのでしょうか?
クライン
そうですね。当時からの考え方や感覚が活かされているところはあると思います。それから「サプライズ」ということで言えば、やはり私自身が日々の暮らしにドキドキ、ワクワクが欲しいから、仕事にもそれが表れて欲しいのだと思いますね。「今日はこんないい出会いや、楽しいことがあった」、その一つひとつはささやかでも、そうした記憶が人生を豊かなものにしてくれると考えています。それは仕事の打ち合わせでも同じことで、たとえば岸野さんはいつもユニークな服を着て現れるので楽しい気分にさせてくれました。
岸野
ありがとうございます(笑)。ところで、空間を手がける場合、そこを訪れる人々のことも考えますよね。商業施設などがそのよい例でしょう。KDaは、代官山 T-SITEに続いて湘南 T-SITEを手がけたことも最近話題になりました。あのお仕事では、訪問者のことをどのようにとらえたのでしょう?
クライン
T-SITEはご存知の通り、本も音楽も映画も...さまざまなジャンルが楽しめる場所で、そこを思い思いに歩き回り、ひと息つきたくなったら美味しいコーヒーも飲める。天気が良ければさらにリラックスできて、高価な本も「今日はいい日だから自分へのご褒美だ」と買ってくれるかも(笑)。そういう体験を自然に楽しめるような空間づくりを心がけました。オンラインショッピングの時代に実際の「お店」を訪れる意味は、心を動かす出会いだと思うんです。突き詰めると、単純なことに行き着くのかもしれません。
岸野
そこで何を体験してもらうか。つまり、人あってこその空間ということですね。

代官山 T-SITE © Nacása & Partners

湘南 T-SITE © Nacása & Partners

街を歩く人に、「Hello!」と顔を出して
楽しませるようなことがしたいんです(クライン)

岸野
私は資生堂の入社試験で店舗デザインに関心があるかと聞かれ、「好きなのはイベントづくりです」と答えてしまい、これは落ちたなと思ったのですが(苦笑)、その頃から、「体験」を重視した場のデザインに関心があったのだと思います。2013年のクリスマスに資生堂本社ビルで行ったイベント「Merry Merry Makeup!」でのファッションショーもそうでした。オフィスの各所にモデルが登場し、エスカレーターをランウェイ代わりに降りてくるなど、1日限りのサプライズをたくさん仕掛けたんです。
クライン
いいですね。ふだん使わない場所や、使わない用途を取り入れると、そこで想定外の使い方が生まれる。これは、あらかじめ多目的性を期待して空間をフラットにデザインしておくとよい、という話ではないんです。むしろ逆で、思い切って個性的にしたほうがいい。その方が、使い方の工夫にも個性が出ると思います。
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KDaは、誰も驚きを期待しないような場所にも関心を持つ姿勢が印象的です。工事現場の仮囲いにユーモラスなバルーン彫刻を乗せたお仕事は、その代表例かと思います。
岸野
今の世の中、人々が驚くチャンスは減っています。でもそんな中でもあのような「まさか」の出現が、うれしい感動につながることがありますよね。
クライン
現代では、情報のオーバーロードのような状況も確かにあって、街を歩いていても周りの風景を意識せず通り過ぎていることが多いですよね。でも、それが進行して、人々が街をゾンビのように歩いてしまう日常ではもったいないと思うんです。だからそこに「Hello!」と顔を出して楽しませるようなチャンスをつくりたい。そうしたものがあれば、街自体ももっと楽しくなると思うから。
岸野
クラインさんご自身は、街に出かけるとき、どのように過ごすのですか?
クライン
私は、お店に並ぶ商品のディスプレーなども、常にアートギャラリーのように楽しめたらいいと思うし、実際にそんな気持ちで出かけることが多いですね。たとえば今ここに、私たちの作品集がありますが(本を手に取る)、これがただポンと置いてあるだけならただの本。でもこれが何冊もあって、あり得ない形に積み上げられていたら、それはVMD(Visual Merchandising Display)であると同時に、インスタレーション作品としても楽しめるかもしれません。百貨店のショーウィンドーなどはそのわかりやすい例ですよね。

「Merry Merry Makeup!」ファッションショー:FACETASM「Merry Merry Makeup!」ファッションショー:FACETASM

「Merry Merry Makeup!」ファッションショー:FACETASM「Merry Merry Makeup!」ファッションショー:FACETASM

『ピカピカプレッツェル』Katsuhisa Kida / FOTOTECA『ピカピカプレッツェル』Katsuhisa Kida / FOTOTECA

今日のサプライズが、未来の伝統になる

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岸野さんは資生堂という企業のなかで、そうしたサプライズの要素をどのように活かしたいと考えていますか?
岸野
もちろん伝統のある企業だという自覚は持っていますが、今、資生堂の活動として当たり前に受け入れられていることの中にも、当時の人々にとっては「サプライズ」だったのでは? と思うものがあります。事業で言えば、資生堂ギャラリーや資生堂パーラーなどです。そう考えると、新しいことへの挑戦を怖がらず、社内にいるからこそできる別次元の提案を、いつかできればと考えています。
クライン
化粧品の会社というイメージが強いかもしれませんが、暮らしを豊かにするための提案が、多領域に渡って行われていると感じますね。五感すべての面でそれにちゃんと応えている、という感じ。
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ただ、サプライズ=驚きというのは、必ずしも喜ばしいものとして受け入れられない、理解されないこともあると思います。そんなとき、状況にどう向き合いますか?
クライン
もちろん、万人に好かれるようなものをつくるのは難しいし、アイデアをクライアントに理解してもらうためには説明も大切になることがあります。でも、そこはあまり心配しても仕方ないし、健康によくない(笑)。私の場合、全力でやって、結果は受け入れながら次へ進むことにしています。
岸野
議論になったときは、違う意見の相手を否定しすぎないことが、結果的に自分のアイデアの実現につながることもありますね。
クライン
たしかに。相手のほうが、私のことをよく知っている場合もありますからね。大規模な仕事では、すべてひとりで考えるわけにもいきませんし、ある部分は仲間に任せてリラックスすることも大切かもしれません。もちろん、それが上手くいくときも、そうでもないときもあるでしょう。その波の中でも、何事もシリアスになりすぎず、笑顔で、ある意味で「軽く」考えられたらいいですね。「今回、壁の色は意見が通らなかったけど、半年後には変えちゃおうかな!」とかね(笑)。
岸野
「軽く」っていいですね! クラインさんのそのポジティブな強さも、尊敬しています。それはやっぱり、生まれつきの才能もあるのですか?
クライン
長く一緒に仕事をしているマーク(ともにKDaを立ち上げたマーク・ダイサム氏)の影響が強いかもしれません。もともと私は結構気性の激しいところもあったけれど、彼の楽天主義がいつの間にか私にも移ってしまったような、そんな感覚があります。

資生堂ギャラリーで実施した『中村誠の資生堂 美人を創る』展(岸野が空間デザインを担当)

平滑化する世界に、ひとさじのスパイスを

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KDaはクラインさんとダイサムさんが、東京でスタートされた設計事務所ですよね。それぞれイタリアとイギリスのご出身ですが、東京で仕事を始めた動機は何だったのでしょう?
クライン
東京ならではのカオス状態に魅力を感じたというのが、理由のひとつだと思います。当初はバブル経済の時期でもあり、そうした雰囲気のすべてが好きだったわけではありませんが、活き活きしている部分も感じました。
岸野
クラインさんは日本に長く住んでいらして、外側の視点も、内側の視点もお持ちだと思うんです。ご自身からご覧になって、日本や東京があれから変わってきた部分や、これから期待する部分などはありますか?
クライン
海外から見た日本の良さのひとつは、安心して過ごせるということ。でも、誤解を恐れずに言えば、その「安心」によって平滑化が進み、もともと持っていたおもしろさを失ってしまったようにも感じます。たとえば「ガングロ」の女の子たちがいたころの渋谷は、海外の人々にとっても不思議な魅力を放っていました。一方、最近はコンサバなファッションが増えて、バラエティがなくなってきた気がします。
岸野
多様性について言うと、湘南T-SITEではラウンジの椅子を一脚一脚すべて違うタイプにしたり、照明にもひとつひとつ個性があったり、クラインさんたちのお仕事にはそうした遊び心も多くみられますね。全体のバランスをとれる力があってこそだと思いますが、その多様性が結果として、空間の魅力になるように感じます。
クライン
椅子については、来てくれる人が100人いたら、その一人ひとりに、自分が特別な存在だと思ってほしいから。私たちなりの、訪れる人たちへの敬意でもあります。T-SITEにはジャンルごとに専門知識のあるスタッフ「コンシェルジュ」がいますよね。空間においてもそんな個人的なサービスに近いものを味わえたらいいなと思ったんです。「お久しぶりですね」と話しかけてくれるような......マニュアルではない、心のサービスとして。
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クラインさんは以前、画一化する公共空間に対し「おもしろくないと怒られる」運動があったらいいとの提言もなさっていました。そこにはクラインさん流のユーモアと信念を感じます。
クライン
ありがとう(笑)。文化にも、スポンテニアス(自然発生的、野生)な要素が必要なのかなと思うことがあります。今、世の中には何かと制限が多いですよね。ゴミが増えるからと歩行者天国が廃止されたり。でも、それできれいになったとして、ツーリストは増えるでしょうか? 彼らもやっぱり、旅先で意外なものと出会いたい気持ちが強いのではないかと思います。だから、万人に受け入れられるものばかりでなく、むしろ意見は分かれるくらいの強い表現もあっていいと思いますね。
岸野
そう考えると、やはり「今ここにいる自分自身が楽しむこと」が、良いサプライズを生むのでしょうね。そしてそれは、空間づくりにも言えることかもしれません。今日はお久しぶりにお会いできて、また新しい刺激をいただきました。KDaがこれからも、東京をより楽しい街にしてくれることを楽しみにしています。
クライン
(腕をまくる仕草で)お互い、どんどんやりましょう!
掲載日 2015年6月
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