ハナシ
野田秀樹(劇作家・演出家・役者)×成田久(資生堂 宣伝・デザイン部 アートディレクター)

劇場的世界へようこそ

資生堂のクリエイターが、各界で活躍する方々と「美」を語る対談シリーズ。第9回は、舞台芸術を愛する二人の対話となります。ゲストの野田秀樹さんは、主宰する「野田地図(NODA・MAP)」をはじめとして、国内外で活躍する演劇人。そんな野田演劇の大ファンで、自らの広告・CMづくりにおいても舞台芸術が刺激になっているという、資生堂 宣伝・デザイン部アートディレクターの成田久。二人の話題は、「劇場的世界」の魅力から、そこで人々が発する輝きの秘密にまで広がります。

野田秀樹
野田秀樹(のだ ひでき)
1955年、長崎県生まれ。劇作家・演出家・役者。東京芸術劇場芸術監督、多摩美術大学教授。東京大学在学中に「劇団 夢の遊眠社」を結成し、数々の名作を生み出す。92年、劇団解散後、ロンドンに留学。帰国後の93年に演劇企画製作会社「NODA・MAP」を設立。『キル』『パンドラの鐘』『オイル』『THE BEE』『ザ・キャラクター』『南へ』『MIWA』『エッグ』など次々と話題作を発表。2016年1月〜4月、東京、大阪、北九州にて、NODA・MAP最新作『逆鱗』を上演予定。
成田久
成田久(なりた ひさし)
1970年生まれ。1999年資生堂入社。TSUBAKI、マキアージュ、アネッサ、uno、Za、SHISEIDO THE GINZAなどのアートディレクションを担当。またNHK大河ドラマ「八重の桜」のポスタービジュアルや「ただいま、東北❤」キャンペーン企画を手がける。雑誌『装苑』では舞台について連載中。アーティストとしても作品を発表し続け、展覧会も多数開催。2014年は台湾のMe:Liu galleryにて「衣殖」展を開催。現在、作品の販売所★兼★仕事場「キュキュキュカンパニー」も開店。

野田演劇を観て、初めて「悔しい」と思った

「から騒ぎ」(1990年)写真提供=東宝演劇部「から騒ぎ」(1990年)写真提供=東宝演劇部

野田
はじめまして。成田さんのシャツ、素敵ですね。プリントされているのは、全部ご自分のお顔?
成田
ありがとうございます! 今日は世界でいちばん会いたかった野田さんにお目にかかれるので気持ちが高揚して、何を着るか迷ったあげく「ありのままの自分で!」とこの「Qシャツ」にしました(笑)。資生堂での仕事はアートディレクターですが、個人でコスチューム制作もしています。
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成田さんは25年来の野田演劇ファンで、『から騒ぎ』(1990年)が最初の出会いだそうですね。シェイクスピアの恋愛喜劇を、相撲協会理事の娘たちと力士たちの恋模様に置き換えた斬新な設定の作品です。
成田
これがもう、全身鳥肌ものの衝撃で!!! 当時20歳だった僕の人生を変えるような体験でした。テンポよく飛び出す台詞のパワーと、目が追いつかないけど「ぜんぶ目に焼き付けたい」と思わせるような身体の躍動感★ こんなことを言うのはおそれ多いのですが、そのとき初めて、誰かの表現を前に「悔しい!!!」と思ったんです。
野田
あれは、僕もいい舞台だったと思います。アクション俳優専門の人たちにも出てもらって......すり鉢状のセットを彼らが駈けていくのですが、最後傾斜が急でずるずると蟻地獄のように落ちていく(笑)。そこから始まる芝居でしたね。
成田
ひびのこづえさんの衣装も鮮烈でした♥ あの舞台がきっかけで、後にお仕事でご一緒させてもらうようになりましたし、今でも仲良くさせていただいています。野田演劇がきっかけで......というのが自分の中にすごくたくさんあるんです。資生堂でCM作りやブランディングに関わる中でも、舞台表現からいつも刺激をもらっています!!!
野田
そうでしたか。こづえさんとはあの『から騒ぎ』が初仕事で、最初はシェイクスピアっぽい英国風衣装を提案してきたので、猫をかぶらず、こづえ色を出してほしいとお願いしました。そうしたら今度は、こづえ色を発揮するにしてもほどがあるって感じの、すごいものが出てきた(笑)。でもそれが面白くて、衣装から刺激を受けた演出も取り入れてみたり。
成田
作品の最後で、巨大なウェディングドレスに包まれた斉藤由貴さんが舞台からワーッとせり上がっていったのは今も記憶に強く残っています。野田さんの舞台は、いつも最後に「こうきたか!!!」という驚きがあって素敵です。歴史の新たな解釈が言葉遊びを通じて浮かび上がってきたり、古代と現代のような異世界がつながったり。そういうものが、終盤にドドドーッてやってくる。何か、見えないパズルがぴちっと収まるような瞬間が最後にあって。
野田
パズルが収まる感じ、というのはそうですね。または、ちりばめた花をまとめて、ひとつの花束にするというか。作品を観た人たちそれぞれの中にそれぞれの花束が作られている、とも言えるかもしれないですね。

言葉遊びで、観る人の想像力を超えていく

成田
野田さんの演劇は、観る人の想像力を縛らない自由さがありますよね。「さあ、開演ですよ!」というより、ふいに始まることも多いですし。物語が進む上での台詞や動きから、舞台の配置の工夫に至るまで、「あれはここにつながるのかも?」といろいろ想像をかき立てられます。役者さんが一人で複数の役を演じたりするのもそうですし、きっと、映像ではない生の舞台だからこその魅力ですね。
野田
そういった演劇ならではの多様な感じ方がある一方で、たとえば批評の世界では、観た人が「これはこういう世界です」と言葉で何かを定義しなくてはいけない。僕の舞台のことを「時空を超える」とか書かれると、内心がっかりしちゃうんです(苦笑)。「そう言ってしまった時点で、時空は超えてないじゃないか」と思うから。
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野田さんは、演劇を始めた頃から「言葉遊び」を自らの手法として取り入れるなど、言葉に対して人一倍関心をお持ちですよね。
野田
最近思いついたのは、「おもてなし」という言葉。「表(おもて)がない」すなわち「うらがある」ってことですよね。「おもてなし」に「うらがある」なんて、つい考えてしまいますね(笑)。言葉で遊んでみると、意外としっくりくることもあって。
成田
僕はふだんから、舞台などで気になった印象的な言葉をメモしているんですが、野田さんの作品は「誰もがよく知る言葉でも、こんなにリズムや豊かな意味合いが生まれ得るのか」と気付かせてくれます。
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以前、公演で披露なさったという「あいうえお」で読み解く人間についてのお話も素敵でしたね。
野田
あれは全部話すと長いんだけど(笑)、人間のはじまりは、「愛(あい)」に「飢え(うえ)」ることだ。その架け橋になるのは「言う(いう)」である。その横にはかきくけこの「聞く(きく)」があって、さらに隣には、さしすせその「死す(しす)」があり......といった感じの物語を五十音から作ったんですね。そこには自分なりに「表面にこそ本質がある」という想いがありました。もっともらしく話しましたが、たしか女装しながら公演してたな。20代の頃。
成田
(笑)。そうした言葉を使った表現は、どのような動機で始めたんですか?
野田
今もそうですが、「この作品で何を訴えたいのか?」というテーマ主義的な傾向は、あらゆる場面で強いですよね。「今回の舞台のテーマを一言で表すと?」とか聞かれると、一言で済むならこんな大変な思いして作らないよ、と言いたくなる。僕も歳をとったので、優しく答えられるようになりましたけど(笑)。僕のような、戦争などの苛烈な体験をくぐってきたわけでもない人間に、大それたテーマがあるはずがない。だったら自分は「方法」で見せるしかない。つまり身体、言葉など、道具になるものを考え抜けばいいと思ったんです。20代はそこに腐心していました。でも、そうすると今度は「言葉の魔術師」とか書かれて......。
成田
(苦笑)。
野田
駄洒落やこじつけを考えているだけなんですけどね。でも、言葉から何ができるかにこだわっていたのは事実です。それが30代の頭くらいまでかな。

あいうえお図版あいうえお図版

広告の仕事に活かされている、舞台からの刺激

成田
実は僕、東京藝術大学の院生時代に、学内で野田さんのワークショップがあると聞いて駆けつけたことがあるんです。残念ながら、野田さんは滞在先の海外から帰国の都合がつかなかったそうで、お会いできませんでしたが......。僕は舞台というものから、音楽や衣装も関わる総合芸術としての刺激をもらい、今アートディレクターとして働く上でも活かされています。日本では映画などに比べると、人々が舞台を観にいくことは少ない気もして、もっとみんなが楽しんだらいいのにとも思います。
野田
舞台は生身のものだけに、内容がひどかったら観た人間からすれば映画よりもダメージが大きいでしょう(笑)。そのかわり、いい舞台を観ると、生(なま)の力はやっぱりすごい。
成田
生だからこそ、役者さんの本気度がダイレクトに感じられます。僕の仕事は広告を作ることですが、たとえポスター1枚でも、思わずほしい! と思ってもらえるもの、記憶に残るものにしたい。その想いは、良い舞台を観たときの感動と根っこでつながっています。キャスティングを考えるところから、衣装、音楽、その他のディテールに至るまでこだわり、俳優さんの持つ魅力がより伝わる方法を試行錯誤する。「この人の新しい一面を伝えたい♥」「この人が今までで一番輝くものにしたい♥♥」と勝手に熱くなって(笑)、一生懸命にがんばっています♥♥♥

キャスティングで「シンデレラ♥」を作りたい

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野田さんは劇団の枠を超えて役者さんを抜擢し、才能を開花させるようなお仕事も多いですね。成田さんはその点も尊敬していると伺いました。
成田
野田さんの舞台を通じて大好きになった俳優さんは多いですね。たとえば、かつて男性向けブランド「UNO」で一緒にお仕事をした妻夫木聡くんは、もともと大好き♥でしたが、野田さんの舞台を観てもっと好きになりました。そうしたお仕事ぶりに憧れて、自分も「シンデレラを作りたい」という夢を持つようになったんです。女性・男性を問わず、仕事ではいつも心がけています。日やけ止めブランド「アネッサ」の広告に蛯原友里ちゃんが出てくれたときも、それまでピンク系のかわいい衣装が多かった彼女の新しい一面を引き出せたらと、ブルーを基調に凛々しいイメージを提案しました。野田さんは、演出家として役者さんにどのような思いを持って接していらっしゃるのですか?
野田
僕は、こちらから働きかけて輝かせようというよりは、その人が悪く見られるのだけは絶対したくないという思いがあって、そこは正直に助言しますね。たとえば「声が小さい」とか、単純なことで損をするのはもったいない。舞台経験が浅い役者さんに、あえて「演劇好きのお客は意地悪な目で観る人も多いんだよ」とか言うこともあります。でも僕は味方だからね、的な卑怯な手も使いつつ(笑)、信頼関係を少しずつ築くことも。役者さんとの付き合い方は、そのときどきで異なりますね。
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広告やCMは、舞台のような生公演ではないものの、社会への露出量がとても多い点では、やはり出演する人の印象を強く印象づけ、後の活動にも少なからず影響を与える表現ですね。
成田
だからこそ、キャスティングした方々の未来をHAPPYに変えるような表現が作れたらと考えています。単に有名だから、人気だからご一緒したいというのではなく、俳優さんたちと一緒に、新しいものを真剣につくっていきたいです。野田さんは、新しいものづくりをするにあたって、その人の意外な一面に期待するようなこともありますか?
野田
ふだん面白くない人は、舞台でも面白くはなれないと思っています。いい意味で裏がありそうな人は、芝居にもそれが出る。たとえば「外では品行方正だけど家に帰ると荒れる人」という役があるとする。演じる役者のなかにそういう部分がかけらもなかったら、やっぱり演じられないですよ。いい芝居だと「その仕草はふだんやってないと出ないよなあ」と驚かされることもあります。

アネッサ 広告(2006年)アネッサ 広告(2006年)

美は予期せぬ瞬間に、その人の内側から現れる

成田
僕の仕事は「消費」に関わるものですが、出演してくれる方々の才能は悪い意味で「消費」してはならないという想いがあって。20代、30代、40代......とそのときならではの輝き★を伝えられたらと思うし、それが一人ひとりの次につながっていけばと願っています。資生堂の化粧品を使っている方々に対しても、同じ想いですね。野田さんは、舞台を作る過程でどのように役者陣の魅力を引き出しているんですか?
野田
僕の場合は、稽古の段階からすべての出演者を集め、一緒に長い時間を過ごして作りあげていくことがほとんどです。そこで役者さんに何が起きるかというと、他の役者の芝居をじっくり観ることになる。ストーリーのつながりのなかで感情の動きに気付いたり、またはベテランの芝居を前に「巧いジジィだなあ」と思ったり(笑)。自分の出演場面だけにヒントが転がっているわけではなく、他人の場面、芝居、話から盗めるものもあるわけです。演じる役同士のつながりも時間によって深まる。一緒に過ごした時間は嘘をつかない、という感じかな。
成田
時間という点では、僕の仕事は舞台と真逆とも言えそうです。短い時間で集中して作るので、フェイクといえばそうかもしれない。でも、15秒/30秒という短時間のCMの中でも凝縮した「熱♥」を伝えたいんですね。そこは舞台のみなさんと同じくらいの気持ちを込めたい。そのために、作業範囲にとらわれずに全体の世界観からディテールに至るまで、衣装や小物、音楽まで自分でこだわって選ぶことが多いですね。同時に振付けなど専門家とのチーム作業も大切で、「グラフィックはこうだけど、CMはこうしよう」などトータルに考え抜いていきます。
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成田さんにとっては、それが凝縮された「クリエーションの時間」なのでしょうね。
成田
いつも一期一会の気持ちです。おこがましいですけど、「全力で愛してやる♥♥♥」っていう想いで臨んでいます。
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最後に、お二人それぞれに、ご自分のお仕事における「美」についての考え方を伺えますか?
野田
演劇においては、作り手が一生懸命「仕掛ける」美しさもあります。ステージに一筋の照明を射し込ませる、とかね。でも僕が芝居をやる上で本当に美しいな、と思う瞬間はいつも、予期しないときに現れる。『透明人間の蒸気(ゆげ)』(2004年)という芝居を打ったときの宮沢りえちゃんもそうでした。ダンボールでつくった50mの砂丘を走り抜けるだけのシーンです。彼女はそのときがほぼ初の舞台で、そのうれしさの魂みたいなものが自然と溢れていたんでしょう。1,200人のお客さんの気持ちが、舞台上にヒューン! と入り込んできたのがわかりました。そういう美しさがいつ、どのように現れるのかは、未だに謎です。だから演出しようと思って生まれる美しさは、どんなにうまくいっても8割までですかね。後は偶然。
成田
いくら考えても、考えただけでは「そのとき」に敵わないことがありますよね。美しさはその人の内側から出すしかない。だからこそ、それが感動になったり、共感につながるのかな。僕もビジネスライクな演出を超えたものを作りたい! といつも思っています。
野田
今日はお話できて良かったです。ありがとう。
成田
こちらこそ、本当にありがとうございました!!! 何かお手伝いできることがあれば、いつでも呼んでください!!! 命がけでやらせていただきます♥♥♥
掲載日 2015年9月
撮影協力:東京芸術劇場
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