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Graphic Design 文字の「美」を発見する。若手デザイナーが描く『小村雪岱と資生堂書体』展

「小村雪岱と資生堂書体」展 「小村雪岱と資生堂書体」展
「小村雪岱と資生堂書体」展
「小村雪岱と資生堂書体」展

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「資生堂書体」を生み出したデザイナー、小村雪岱

--資生堂意匠部の設立100年を記念して、『小村雪岱と資生堂書体』展が資生堂アートハウスにて開催されています。小村雪岱(こむら せったい / 1887~1940年)は、数々の名作を生んだ日本画家ですが、「資生堂書体」とはどんな関係があるのでしょうか?

小林:日本画家として、装幀や舞台美術まで幅広く手がけた雪岱は、創設されたばかりの資生堂意匠部(現 宣伝・デザイン部)に在籍した部員でもありました。資生堂の美意識の基礎をつくった一人で、「資生堂書体」も、彼を中心に設計されたんです。いまも新人デザイナーは、入社1年目にこの書体の手描きレッスンを受けます。そこで資生堂の美意識を身体化し、各々の仕事に活かすのですが、今回は部の100周年にちなんで、初期デザイナーである雪岱と現役デザイナーによる作品のコラボレーション展示を行うことになりました。

--展示では、雪岱の代表的な挿絵や版画と、3人の若手デザイナーが今回のために描き下ろした資生堂書体のパネルが並んでいますが、パネルの文字や言葉はどのように選んだのですか?

小林:雪岱の挿絵が載った小説の一説から抜きとったリ、版画に触発されてできた言葉や詩文までさまざまです。雪岱が絵で描こうとしたものを、現代のデザイナーである私たちが文字でも表現しようと吟味しました。制作プロセスとしては、まず言葉の構成案を試し、最終的な案が決まったら、下描きをデッサンし、文字の大きさやバランスを考えながらレイアウトします。そして、雪岱が実際に使用していた「雁皮紙(がんぴし)」に、ロットリング(製図用ペン)などで墨入れしています。

--文字の構成といっても、とても絵画的なイメージですね。

片山:もともと資生堂書体は、普通の書体に比べて細長い、縦横10:8という比率で設計されています。この、やや縦長でしなやかな線の文字は、腰高の人物像を描いた雪岱の絵の特徴が活かされたものでしょう。今回のパネル作りでも、画家の雪岱だからこそ生まれたそのしなやかな線の性質を生かしながら、自分たちの解釈を入れた文字を描きました。

小林:資生堂書体の特徴に、あえてフォントとしてデータ化せず、手描きで継承してきたことがあります。これは、「より美しくする可能性」を捨てないためで、押さえるべき特徴はありつつも、解釈は個々の描き手に任されているんです。そうして雪岱に始まり、歴代のデザイナーが積み重ねてきたのがいまの書体ですが、近年では以前に比べ、広告やパッケージに使用される機会も減っています。この展示には、資生堂が受け継いできたその資産を、あらためて多くのお客様に知ってもらおうという意図もあります。

雪岱の作品のとなりに現役デザイナーの書体が並ぶ 雪岱の作品のとなりに現役デザイナーの書体が並ぶ

上が下描き、下が「雁皮紙」に描かれた本番。 上が下描き、下が「雁皮紙」に描かれた本番。

「怪しいもんぢゃねえよ。」 「怪しいもんぢゃねえよ。」

「チントンシャン テンテケテン」 「チントンシャン テンテケテン」

「無理から先へ先へ」 「無理から先へ先へ」

「傘」 「傘」

「雪の朝」 「雪の朝」

雪岱の作品と対話しながら、「美」が詰まった手描き文字で挑む

--雪岱の絵と対峙する中で、具体的にどんな点を意識しましたか?

小林:たとえば『おせん』という新聞小説の原画と並べて展示した、「怪しいもんぢゃねえよ。」。これは主人公である妹のおせんのもとに、兄がお金を無心に来たシーンの原画(1933年、第43回新聞挿絵)なのですが、いかにも怪しい雰囲気があります。彼が妹の警戒を解くため、「怪しいもんぢゃねえよ。」とつぶやく台詞があるのですが、兄としての後ろめたさや焦りなど、そこにはさまざまな感情があるはずです。絵から読みとれる、画家が人物に託した感情を想像して、兄の不安定な心情を象徴するような暴れた文字の並びや、間を持たせて配置した句点(。)でその感情を表現しました。

黒谷:私は、雪岱の絵と資生堂書体の緊張感を意識しました。『青柳』(1941年頃)という木版画は、室内に三味線と小鼓が置かれ、人は見えないけれど気配は残る留守模様の風景を描いています。その版画からインスピレーションを受けて、実際には鳴っていない「チントンシャン テンテケテン」という楽器の音を言葉にしているのですが、絵と文字の美しい緊張感、表現に出会えた気がします。また、雪岱の作品と、自分の文字が並ぶことにプレッシャーもあり、いい緊張感のなかで描けたと思います。

--資生堂書体の伝統を守りながら、どこまで遊ぶのかという判断が面白そうですね。

片山:僕は資生堂に入社して4年になるのですが、書体を書き続けるうちに文字の持つ美意識が身体化されていくので、普段のグラフィックの仕事でも、「こうレイアウトすると気持ちがいい」といった判断の基準になるんです。資生堂の美が詰まった書体に、自分たちの時代の要素も加えていきたいと思いますし、今回の展示は、雪岱の作品と対話をしながら、そんな挑戦的な姿勢を学ぶ機会にもなりました。

小林:『おせん』に出てくる別の挿絵(1933年、第58回新聞挿絵)では、愛する人を失った女性が、息も絶え絶えに前へと進もうとする心情を描いているのですが、その姿から、「無理から先へ先へ」という言葉を選びました。前半の抑えた「無理から」と、後半の「先へ先へ」は枠から文字をはみ出させることで前のめりな心情を表しました。また、人ごみからおせんが逃げ去って行く場面の挿絵(『おせん』1937年、第一回国画院同人作品展出品)は、「傘」という文字で表現したのですが、文字を解体したレイアウトです。僕はまだまだ実践が足りないので、慣れない雁皮紙に描いたことも含め、どこまでなら崩しても表現として成り立つのかを、実際に手を動かしながら試せたのは刺激になりました。

文字のカタチや美しさに、あらためて向き合うことができた

--挿絵、版画のほかにも、雪岱の作品が多く展示されているそうですね。

小林:はい。会場には、彼が装幀を手がけた書籍も並べ、そのデザインを多方面から味わえるようになっています。

--制作をするなかで、雪岱に対する感じ方に変化はありましたか?

黒谷:私は雪岱を画家だと考えていましたが、作品と向かいあうほど、彼のデザイナー的な気質を強く感じました。たとえば『春雨』(1942年)という木版画では、直線で描いた春雨のなか、2人の女性が傘を持っている情景になっています。傘の曲線が、春雨の直線を美しく引き立てていますよね。伝えたいことを一番美しいかたちで見せる感覚を持っていた人なのだと感じました。

片山:雪岱の活動範囲の広さも、再認識しました。日本画から装幀、そして文字や香水のデザインまで手がけています。僕らもこれからクリエイターとして資生堂の新しい美意識をつくっていくうえで、視野を広げて冒険しないといけないと痛感しました。

--文字そのものを楽しむという視点は、一般的にはあまりないと思います。資生堂書体のルーツと可能性を見せたこの展示は、観客にとっても大きな発見になりそうです。

黒谷:たしかに世の中は文字情報で溢れていますが、言葉の意味に注目が集まることはあっても、あらためて文字のかたちを眺める機会は少ないと思います。私たちが時間をかけて丁寧に手描きしてきた文字を通して、見た人たちの、なにか感覚に響く体験になったらうれしいです。

小林:僕自身も、学生時代は文字のおもしろさに気づいていませんでした。絵と文字を分けて考えて、前者を重視していたんです。でも今回、資生堂書体と真剣に向き合って、文字への見方が変わったし、その美しさに出会えた気がします。僕は普段、グラフィックのデザインをしているのですが、雪岱の絵や資生堂書体と対峙しながら吸収した「間(ま)」の取り方や文字の表現力、制約のなかでの遊び心を、今後の仕事にも生かしていきたいです。

雪岱が手がけた29点の装幀本(1914年~)も展示されている 雪岱が手がけた29点の装幀本(1914年~)も展示されている

『春雨』の余白には雪母摺り(きらずり)が用いられ、華やかさを添えている 『春雨』の余白には雪母摺り(きらずり)が用いられ、華やかさを添えている

Profile
小林 一毅(こばやし いっき) Designer
1992年滋賀県彦根市生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン学科を卒業後、2015年資生堂入社。現在マキアージュのグラフィックデザインを担当。2016年東京TDC賞受賞。
Profile
黒谷 優美(くろたに ゆみ) Designer
1992年生まれ、神奈川県鎌倉市出身。2015年多摩美術大学環境デザイン学科卒業。同年資生堂入社。主な仕事にグローバルSHISEIDO、ウィンドウディスプレイなど。2016年DSA日本空間デザイン賞金賞受賞。
Profile
片山 翔平(かたやま しょうへい) Designer
1989年大阪府大阪市生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業後、2013年資生堂入社。現在グローバルSHISEIDO、エリクシール、資生堂ギャラリーなどのグラフィックデザインを担当。
Credit
D
小林一毅
D
黒谷優美
D
片山翔平
監修
小林 豊

クレジット表記について
  • CD: クリエイティブディレクター
  • AD: アートディレクター
  • D: デザイナー
  • Copy D: コピーディレクター
  • C: コピーライター
  • P: プロデューサー
  • PH: フォトグラファー
  • PL: プランナー
  • ST: ストラテジスト

クレジットは資生堂 宣伝・デザイン部のスタッフのみの掲載としております。

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