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現代詩花椿賞について

資生堂では資生堂ギャラリーをはじめとした芸術文化支援活動を長年にわたり行っていますが、現代詩花椿賞は「美を伝えることばの力を高めたい」という思いから、1983(昭和58)年に創設した賞です。
活字離れや日本語の乱れが指摘される昨今において、現代詩と詩作に携わる方々への支援を通じて、ことばが本来持つ力を再発見し、表現力、想像力に満ちた、豊かな社会づくりに貢献したいと願い、これまで活動を継続してきました。

選考年度は前年の9月1日からその年の8月31日で、年度内に発行された詩集のなかから、もっともすぐれた1冊に贈るもので、毎年4人の選考委員が選考を行います。委員の任期は4年で、毎年1人ずつ交代します。

受賞者には、資生堂が制作した特製香水入れと、副賞として賞金100万円が贈られます。

特製香水入れ

特製香水入れ

賞の創設にあたり尽力いただいた故・宗左近氏(詩人・評論家・仏文学者・翻訳家)は「お化粧も詩である、ファッションも詩であるという立場に僕は立ちたいんです。資生堂の仕事というのは、日常にあって日常を超えること。現実を童話の世界に変えること。一種の魔法。だから、詩と同じなんです」と、現代詩花椿賞によせる思いを語ってくださいました。

第34回現代詩花椿賞

伊藤悠子『まだ空はじゅうぶん明るいのに』(思潮社)

受賞作品

受賞作品 『まだ空はじゅうぶん明るいのに』

受賞のことば 伊藤悠子

「私は虚無の川のほとりに生まれた」(正確な引用ではないかもしれない)という言葉をある作家の書物に見たとき、私もそうだとさびしく思った。若い頃のことである。「虚無の川」からはあまり気持ちのよくない風が吹いてくる。静かにいつしかなぎ倒していくような風であった。生活していくうちに川は遠ざかっていくかに思えたこともある。特に幼子の言葉や表情は、虚無からの風を忘れさせてくれた。「虚無の川のほとりに生まれた」はひとつの感覚かもしれない。しかし東日本大震災がもたらしたものは、そしてそれ以後の、後へと引かない大きな流れは、ひとつの感覚とは言えないものであった。「救いはない」としばしば思う。しかし、それでいいのか。私は巡り合いたい。この人の世の荒野にあって、人からふと発せられる、光に。私は手を合わせたい。人のつつましく切実な祈りに。
『まだ空はじゅうぶん明るいのに』は震災以後に書いた詩を収めた。

受賞者略歴

伊藤悠子(いとう・ゆうこ)

1947年東京生まれ。津田塾大学卒業。2005年頃から詩作をはじめる。第一詩集『道を 小道を』(ふらんす堂)で注目を集め、第二詩集『ろうそく町』(思潮社)は2012年第44回横浜詩人会賞を受賞。第三詩集となる『まだ空はじゅうぶん明るいのに』(思潮社)は、エッセイ集『風もかなひぬ』(思潮社)と同時刊行。

選評

「選評」 佐々木幹郎

 松岡政則『艸の、息』と、伊藤悠子『まだ空はじゅうぶん明るいのに』が、最後まで討議の対象となった。『艸の、息』は作者のこれまでの詩の世界の総集編とも言うべき力作。自らを「艸」と呼び、出身地もまた「艸」。日本だけではなく台湾にも言葉を届かせる。方言が多用され、詩の言葉や詩人への批判を含めて、自在な感性が詩集を生き生きとさせている。
  『まだ空はじゅうぶん明るいのに』は実に静かだ。小さなものへの親近感があり、それへの問いがある。繰り返される日常への秘められた絶望がある。この詩集の骨格は「ボーク・エリカがそうしたように』という、ハンガリー映画『ニーチェの馬』に登場する女優に寄せた一篇が示しているだろう。映画の中では、世界の終末が近づいたとき、一人の女性が黙ったまま貧しい家の窓から外を見続ける。その背中に作者は自分自身を見る。そしてまた、表題作の詩篇では庭にある子ども用の遊具たちの静けさに目を止め、「小さいひとを驚かさないようにいつも先にぼんやり驚いている」と言う。この外部のモノとのスタンスの取り方は、わたしを底無しの問いに導いてくれた。

「底光り」 小池昌代

伊藤悠子さんの同時刊行となった「詩集」と「エッセイ集」を、私は併せて「詩」の仕事と考えていた。だが本賞は個人でなく詩集に与えられるものであるとの意見に、その判断を取り下げた。散文を貫く強い眼差しを、今も詩と呼びたい気持ちに変わりはないが、曖昧な選考基準は排除しなければならない。一つの懸念は切り離された詩集が散文に比べて弱いのではないかというものだったが、他の選考委員の読解に導かれ、改めてその詩が光りだした。「やってきたバスに私をしまう」という行がある。「私がバスに乗る」と伊藤さんは書かなかった。自分のいない死後の坂道の詩もある。凹型の受け身の感性である。主体が空白になった世界観を宗教性と言ってもいい。仰ぐ空は明るくてもこの人の根はうんと暗い。優しいが感傷とは無縁で、簡単には夢を見ないところもある。詩から遠くを歩いているときも、その実、詩に近づいていた人を見るような思いで、「詩集」を推した。

「第三十四回現代詩花椿賞選評」 池井昌樹

 「(ひつぎの重さはほとんど花の重さと白木の玩具)」(「秋へ」)
第一詩集『道を 小道を』で自らの心の白壁へそう刻してから九年。此の度の受賞詩集『まだ空はじゅうぶん明るいのに』の掉尾を飾る表題作を、作者は次のように締め括った。
 「ライオン、パンダ、ウサギ、カメ、イルカ/いちども命がなかったもののおだやかさで/この星にいて」
 「遊具の動物たち」を、作者はそのような思いで見つづけてきたのだった。あれからずっと。
 「洗濯物を干しにベランダに行く。部屋の白い壁に、家の前の公園の樹の影が映っている。干し終わると、壁に樹は、もう、ない。…私の詩もそのようなものであったのかもしれない」。同時刊行のエッセイ集『風もかなひぬ』にはそうあるが、作者の心の白壁へ、詩の陽光は絶えまない恩寵のように降り注がれていたのである。あれからずっと。燦燦と。

「現代詩花椿賞選評」 杉本真維子

伊藤悠子『まだ空はじゅうぶん明るいのに』は、モノを主役に置いて、心を余剰のように捉えるという野心のなさが、この世に在るものの背丈を平等に揃える。不法投棄の冷蔵庫、ペデストリアンデッキ、という動かないモノ。「わたし」もまた、まだ共振しない、波立たぬ湖面のような心で、絶望と希望を「胸底ふかく」受けていく。表題作では公園の遊具の動物たちを「いちども命がなかったもののおだやかさで」と書いていて驚嘆した。モノが命あるものと同じ接続の仕方で世界に留まる。これまでにない視界だと思う。一方、松岡政則『艸の、息』では動的な力に注目が集まり、両者の比較検討は困難という自覚にくるしんだ。動詞が艸の息に消え、炙りだされる詩の不潔さの陰に、清潔の極みがある。「ことばでいえることはたいてい大したことではない」という詩行にも打たれた。斎藤恵子『夜を叩く人』は、生きていることへのかがやくような恐怖が生死の根源を這い、不可視を掴んでいた。

選考経過

第34回「現代詩花椿賞」の選考会を、2016年9月8日午後2時より、東京銀座資生堂ビル8階サロンにて行いました。選考対象は2015年9月1日から2016年8月31日までに発行(奥付に記載)された詩集。佐々木幹郎氏、小池昌代氏、池井昌樹氏、杉本真維子氏の選考委員四氏から、計9冊の詩集が推薦されました。小池氏を座長とする審議により、午後3時39分、松岡政則『艸の、息』、伊藤悠子『まだ空はじゅうぶん明るいのに』、斎藤恵子『夜を叩く人』の3冊を最終候補作に決定。さらに討議を重ねた結果、午後5時27分、受賞作を伊藤悠子『まだ空はじゅうぶん明るいのに』に決定しました。受賞者には特製香水入れと賞金100万円が贈られます。

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