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資生堂トークセッション「美しき挑戦者たち」vol.2
女子スキージャンプ選手 髙梨沙羅 × 全日本女子スキージャンプコーチ 山田いずみ
ソチ・オリンピックの経験
髙梨 2014年はソチ・オリンピックという特別な試合もあって、その中でとてもいい経験をできたので、収穫は大きかったと思っています。オリンピックの独特の雰囲気の中で、なかなか思うように飛べず、悔しい部分はありました。自分のイメージと体をうまく合わせられなかった。いまは頭の中でいろいろと反省点を考えています。思えば、五輪自体に魔物が棲んでるわけじゃなくて、棲んでいるのは自分の中だったなと。自分のジャンプに対して「本当にこれでいいのかな」という疑問があって、自信を持って完璧だと思うことができなかったんです。いかにいいイメージを持っていけるかが大事だと痛感しました。
山田 客観的に言って、条件がよかったかと言われれば、あのときの条件はあまりよくなかったと思います。でも、風ありきのスポーツですし、ウインドファクターというルールもあります。風のせいにするのはカッコ悪いことだと思うんですよ。
髙梨 ジャンプ台が変わると、いきなり今までできたことができなくなるということもあります。ソチのジャンプ台にしっかり自分のテクニック、自分のジャンプを合わせることができなかった感じです。確かに悔しい思いをした試合もあったんですけど、それと同じぐらい風のおかげで勝たせてもらった試合もありました。悪い条件の中でも、自分のジャンプができるところまで持っていく力が必要だと思います。
出会い、才能の開花
山田 最初に会ったのは私がまだ現役で、沙羅は小さいときだったよね。
髙梨 小学校2年生のとき、少年団の先輩といっしょに、いずみさんに挨拶しに行ったのが最初でした。
山田 小学生の中では元気に飛んでるほうだったし、男の子に混じって勝ったりもしてたので、上手な選手だなと思っていましたね。ただ、本当に「この子は来るだろうな」と思ったのは、小学校6年生ぐらい。ノーマルヒルを初めて飛んだときですね。
髙梨 名寄のジャンプ台でした。
山田 そうそう。そのときちょうど全日本合宿があって、ジュニアもいっしょに参加していたんです。あの頃から急にうまく風に乗るようになって、私としては正直「ヤバいな」と思いました(笑)。
髙梨 いえいえ、そういう場に交じって練習させていただけたので、もうこれは絶好のチャンスだと思って、先輩たちの背中をひたすら必死に追っていた記憶があります。
山田 小さくて軽かったから、いい風が来ると、飛ぶというよりも、飛ばされるみたいな感じで、降りてこられないんじゃないかというぐらい飛んでました。たしか練習では、飛距離だけでいうと、負けたこともあったと思います。
髙梨 でも、風がないときや追い風のときはまったく伸びなかったです。当時はただ飛ぶのが楽しくて、早く憧れの先輩みたいにカッコよく飛べるようになりたいという気持ちが大きかったと思います。
山田 またまた(笑)。
髙梨 いずみさんは、ジャンプの飛ぶ姿勢がカッコよかったし、リーダーとしてチームをまとめて引っぱっていく力があって……私が言うのもおかしいですけど。みんないずみさんのことは言うこと聞いてました。いずみさんが右って言ったら右を向くような。
山田 それはいい意味なのかな?(笑)
髙梨 はい、みんなの憧れの先輩でした(笑)。
パイオニアとして
山田 現役時代は所属先が見つからなかったり、いろいろありました。でも、まわりの人たちが一生懸命支えてくれましたし、そもそも試合も何もない、本当にゼロのところからスタートだったから、あとは上がるだけなんですよね。大変なことは大変だったんですけど、ひとつずついろんなものが増えていくので、それがやりがいになって、がんばれたのかなと。
髙梨 私がジャンプをはじめて二年ぐらい経ったとき、テレビでいずみさんたちを見て、「こんなカッコいい女の人が世界にはいるんだ」と衝撃を受けたのを覚えています。それまではただ楽しいから飛んでたんですけど、その頃からもっと上をめざしたいという考えに変わっていきました。
山田 一概には比べられないですけど、精神的にはコーチになってからのほうが大変な気がします。選手のときは自分が飛ぶことだけを考えてればよかったけど、コーチになると、考えなきゃいけないことがたくさんありすぎて。でも、沙羅のような選手が育ってきて、好きな競技をそばでずっと見ていられる。振り返ってみると、やってきてよかったなという気持ちのほうが大きいです。
髙梨 私たちが活躍するステージを、先輩たちや関係者のみなさんが作ってくださって、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。それに対して、どうやったら感謝の気持ちを伝えられるだろうって、よく考えるんですけど、やっぱり自分が結果を出すことが一番なのかなって。
山田 うん、それが一番。沙羅たちが結果を出してくれれば、私たちも自分がやってきたことがゼロではなかったと思えるから。
挑戦は続く
山田 ジャンプしている時の感覚は、落ちていくんじゃなくて、どんどんどんどん上に浮いていくというか、グーッと引っ張られるような感覚ですね。
髙梨 お客さんからは落ちているように見えるかもしれませんけど、飛んでいる選手としては浮いている感じです。
山田 ジャンプをやる人間は、やっぱりその感覚が楽しくて始めるんだと思います。
髙梨 自分が好きなことを続けさせてもらえるのは、応援してくださる人がいるからだと思いますし、自分が大ジャンプをして、会場の人が楽しそうな顔をしているのを見ると、すごく達成感があります。それが一番のモチべーションになりますね。
山田 やっぱりこの競技ではメンタルが一番重要ですから。なかなかイメージと体が噛み合わないときは、自分に対してイライラしてるかなと思うけど、物に当たったり、人前で何か目立つようなことをすることはないから、そのへんは大人。
髙梨 私は何も考えてないときが一番飛べる気がします。ただ、やっぱり練習でしっかり自信が持てないと、何も考えずに飛ぶことはできないんですけど。だから、会心のジャンプをした時は早く今のジャンプを、ビデオで見たいと思います。踏切や飛型を確認して、まだ直す余地があるのかどうかを考える。満足することはないです。
山田 満足できるジャンプなんて、現役生活で一本出るか出ないかじゃないかなあ。ある意味では、毎回満足できないから、飛び続けるわけであって。私の場合、自分が経験するすべてのことが、日本の女子スキージャンプ界にとっての挑戦だったから、挑戦というのは特別なものではなく、常にそこにあるもの。
髙梨 そんないずみさんたちの挑戦があったおかげで、私にはこういうふうになりたいという像がすごくはっきりあります。応援してくださるすべての人たちに楽しんでもらえるような、すごい選手になりたい。それが私の挑戦です。
山田 そういう意識で戦っているからかな。ソチでの沙羅のジャンプを見て、私は心から美しいと思いました。競技を終えた後の涙を見て、本当にがんばってきた人だけが流せる涙だなと思いました。