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2015年7月 雑誌広告<br/>My Happiness<br/>道を拓いて明日をつくる
資生堂トークセッション「My Happiness」vol.4
シンガーソングライター 二階堂和美 × 植物生理生態学者 田邊優貴子
生命は循環する希望
田邊 『かぐや姫の物語』は映画の内容もすばらしかったですけど、最後に流れる二階堂さんの歌がとても印象的でした。姫が月へ帰り、地球のことを忘れていく哀しみと、未来へつながっていく生命への希望。素敵な歌声と相まって、余韻がすっと心にしみてきます。
二階堂 そう言ってもらえるとうれしいです。高畑勲監督からも、「見終わった人がやりきれない気持ちになると思うから、慰めになるような歌にしてほしい」と言われて作った曲だったので。
田邊 実は、公開中はちょうど南極へ行っていて、映画を見たのは今年に入ってからだったんですよ。
二階堂 そうだったんですね。田邊さんは1年のうちどれぐらい海外に行っているんですか?
田邊 夏に北極、冬は南極へ行くことが多いので、1年の半分ぐらいは海外なんです。
二階堂 南極に行く調査隊って、女性もいるんですか?
田邊 日本の隊だと、60人中2人から5人くらいですね。ほとんどの隊員は昭和基地に入るんですけど、私たちは野外で生きものの調査をするんです。
二階堂 私には想像がつかない世界。やっぱり危険なこともあるんでしょうね。
田邊 たまにありますね。ブリザードが来ると、テントのなかにいても怖いですし、2014年に、国際チームで内陸の湖に行ったときは、あやうく死にかけました。
二階堂 えっ!? 何があったんですか?
田邊 4メートルほどの厚さの氷に穴を開けて、湖に潜ったんです。ところが、マイナス20度という外気温で潜水機材が冷やされていたせいで、水中に入った途端、凍っちゃったんですよ。エアタンクの弁がおかしくなって、空気が一気に排出されてしまうし、浮力を調整するボタンも動かないから、浮かび上がることもできなくて。
二階堂 ええっ、怖い!
田邊 これはまずいぞと思って、肺にひたすら空気をためて、頭上の小さい穴に向かって、ゆっくりゆっくり浮上して、なんとか事なきを得たんですけれども。
二階堂 パニックにならなかったんですか?
田邊 普段から訓練をしているので、冷静ではいられたんですけど、さすがにあのときは死ぬかもしれないと思いました。極地の研究では、頭も、体力も、精神力もすべて必要。自分の中のあらゆる力を出しきらないといけないんです。
二階堂 そこまでして研究に駆り立てるものって、何なんですか?
田邊 世界でまだ誰も見たことがないものに出会えるという醍醐味ですかね。極地へ行くと、もうほんとに驚くような経験ができるんです。太古のままの“生まれたての地球”が見られることもあります。
二階堂 ちょっとタイムトリップしているような?
田邊 まさにそんな感じです。地球に生きものが住みつきはじめて、生態系ができていった様子がわかるんですよ。たとえば、湖岸を歩いているとき、めったにない緑色が見えたので駆け寄っていったら、赤ちゃんアザラシの死体だったということがありました。生きものの気配がまったくないなかで、死体のまわりだけ、うっすらとコケが生えているんです。一部を持ち帰って分析してみたら、約2000年前のものだということがわかりました。
二階堂 2000年ですか!
田邊 お母さんとはぐれて、海から迷い込んできて、お腹を空かせて陸で絶命したんでしょうね。空気が低温で乾燥していて、バクテリアも少ないから、死体がなかなか腐らないんです。2000年をかけて少しずつ分解されて、今度はそれを養分にしてコケが息づきはじめた。ものすごく長い時間をかけて、生命が循環している──その姿が見られたんです。
二階堂 『かぐや姫の物語』の世界観とも重なりますね。清浄で無機的な月の世界から地球に降りてきた姫が、限りはあるけれども生命に満ちあふれた地上でいろいろな経験をして、また月へと戻っていく。南極が月だとすれば、田邊さんはかぐや姫?(笑)
田邊 近いところがあるかもしれません(笑)。極地へ行くたびに、「生きものはどこから来たんだろう? 生きるってどういうことなんだろう?」と考えます。
生きている「今」を肯定する
二階堂 そういう世界で健気にたくましく生きている生命に接したあと、日本に帰ってくると、どんな感じがするんですか。
田邊 すごい違和感で、「どっちが現実なんだろう」と思います。「あれはぜんぶ夢だったのかな」と感じることもあります。匂いも音もない世界にいると、自分の鼓動がすごく大きく聞こえるんですよ。空気も澄んでいるから、景色の色もすべて鮮やかに見えます。そこからまずオーストラリアへ戻ってくると、空の色が黄色く濁りはじめ、むせ返るくらいの土と草の匂いがしてくる。驚くと同時に、「ああ、生きている世界に戻ってきたんだな」と感じます。
二階堂 それは安心感? 懐かしさ? それとも息苦しい感覚?
田邊 すべてですね。両方の世界を経験するからこそ、表現できるものがあると思うんですよ。アザラシの死体を見た瞬間、私は宗教的な啓示を受けたような気がしたんです。地球の何十億年という時間のなかで、1万年単位で循環する生態系があって、ひとりの人間が生きる時間は100年ぐらい。私たちが生きる時間は一瞬といっていいほど短いけれど、だからこそ、生きている今が際立って見えるし、生命の力強さも感じます。
二階堂 わかる気がします。私自身、一時の命をもらって生かされているという感覚が常にあります。
田邊 二階堂さんは僧侶でもあるんですよね。そういう世界観は仏教から?
二階堂 そうかもしれないですね。私の家は浄土真宗の本願寺派なんです。在家仏教っていうんですけど、お坊さんになっても出家せず、普段はみなさんと同じような生活をしています。出家して修行した人だけが救われるというのではなく、生老病死、生きていく上でのしがらみ、世間の垢、いろんなものにまみれて生きることを肯定しようという教えなんですね。だから、それほど厳しい修行はしないんですけど、お坊さんになるときには10日間ぐらい外界から遮断されて勉強に集中するんです。そのときはほんとに清々しくて、毎日涙が出るぐらいの悦びのなかにいました。
田邊 雑多な感情がすべて消えて。
二階堂 そうなんです。その後、また日常生活に戻ってくるわけですけど、そのときに得た感覚は、ずっと心の拠りどころになっています。私は田邊さんのように、2つの世界を頻繁に行き来するわけではないんですけど、生きる悦びを伝えることが、自分の役目なのかなと思っています。
田邊 それは二階堂さんの歌のなかにも表れていますよね。
二階堂 『かぐや姫の物語』にも「この地に生きる悦びと幸せを」という言葉がありましたけど、私たちは命をもらってこの世界に一時、生かされている。終わりは必ず来るわけですけど、だからこそ、より前向きになれるということがあると思うんです。歳をとって、終わりが見えてきたときに宗教を意識する方は多いと思います。ただ、私は若い方、今ばりばり働いている方にこそ、聞いてほしいんです。この世は自分の思い通りにならないと聞かされておくことって、耳が痛いかもしれないけど、何か壁にぶつかった時、大きな励みになると思うんですよね。歌手としても僧侶としても、ひとりでも多くの方に、生きていることの尊さを伝えたい、1日1日、その瞬間をしっかり味わって、生命を謳歌してほしい、そんな気持ちを常に持っています。
田邊 私のおばあちゃんは脊髄小脳変性症という遺伝性の難病で、私が物心ついたときにはほとんど身体が動かなくなっていたんです。その姿を見て、「私もいずれ同じ病気になるかもしれない」と虚ろな気持ちになったことがありました。私の場合は極地に行くようになって、自分の持ち時間が限られているということが、むしろ力に変わっていったんですけど、生きる悩みって、誰もが抱えるものですよね。二階堂さんの歌を聴くと、多くの人が励まされるんじゃないかと思います。
二階堂 以前は僧侶であることを表に出さずに活動していたんですけど、今は音楽と仏教とが自然に重なって、同じことをやっている感覚があります。お坊さんとして呼ばれて行った先で歌を歌ったり、歌手として「生きている悦び」を伝えられたらいいなあと思ったり。僧侶というより、一仏教徒として思うことを素直に歌にしているだけかもしれません。「教え」ではなく、たまたま仏教という拠りどころを持った人間がつくった歌として共感してもらえたらいいなと思っているんです。
田邊 すごく共感します。今日はお話しできてよかったです。
二階堂 私も、今まで知らなかった南極のことを知ることができて楽しかったです。田邊さん、次に極地に行かれる予定は?
田邊 来年、また越冬隊に参加します。2016年の11月に出発して、帰ってくるのが2018年の3月です。
二階堂 1年半も!
田邊 南極の夏に行って、冬を越して、次の夏を過ごしてから帰ってきます。
二階堂 その間にまたいろいろな経験をなさるんでしょうね。ぜひまたお話を聞かせてください。
田邊 はい、こちらこそ楽しみにしています。