第9回 shiseido art egg賞

shiseido art egg賞-クリエーションに関わる様々な分野で活躍する3人が審査し、3つの個展の中で、資生堂ギャラリーの空間に果敢に挑み、新しい価値の創造を最も感じさせた展覧会にshiseido art egg賞を贈ります。

第9回shiseido art egg賞は川内理香子さんに決定しました。

川内理香子展
川内理香子展

川内理香子展 <Go down the throat>
撮影:加藤健

4月7日に行われた贈賞式において、当社役員の林より川内さんに記念品並びに賞金20万円を贈りました。

贈賞式
川内理香子

撮影:加藤健

受賞の言葉

Art“egg”賞いただけてとてもうれしく思います。わたしは殻を破ったという感覚よりも、鶏から今まさにぽんっと勢いよく卵が生まれでてきた、そんなふうに感じています。この生まれでてきた卵の殻を破って、顔を出すのは、ひよこかもしれないし、鶏かもしれないし、マトリョーシカのようにまた卵が出てくるかもしれないし、はたまたワニとか、まったく違うものかもしれない。この卵がどうなっていくのか、自分でも未知ですが、これからあたたかく見守っていただけるとうれしいです。

審査実施報告

【総評】
本年の審査員は、映里氏、辛酸なめ子氏、祐成政徳氏が務めました。審査員は、shiseido art egg展の開催期間中、3つの展覧会を鑑賞するとともに、各作家のポートフォリオを確認し、作家との対話を経て審査にのぞみました。写真、文筆、彫刻と、異なる表現を追求する3氏が、それぞれの視点から熱い議論を交わしました。
3人の作家は、食、家族、自然とテーマは異なるものの、今日揺らぎつつあるものに対し、新鮮な切り口でアプローチする姿勢に共通項があります。食を手がかりに表現をたぐり寄せる川内理香子、家族の記憶をテーマに、現代における家族のあり方を問う飯嶋桃代、既製品と自然物を組み合わせ、空間を構成することで新たな風景と視点をつくり出す狩野哲郎。審査は、戦略的なアプローチを感じさせるものよりもっと原初的な表現への切実さと強度があること、今後の創作において、どのような変貌を遂げるか、創作への継続性と可能性とが焦点となりました。その結果、自分の中から湧き上がる食というテーマに真正面から取組み、ドローイングを主とした斬新な展示に強い意志と潔さを感じさせた川内理香子が、第9回shiseido art egg賞に決定しました。
貴重なお時間をshiseido art egg賞審査に費やし、真摯に議論してくださった映里氏、辛酸なめ子氏、祐成政徳氏に心からお礼申し上げます。

審査員

審査員所感

川内理香子展 Go down the throat
2015年1月9日(金)〜2月1日(日)

shiseido art egg最年少の現役の美術大学生で、今回が初めての本格的な個展となった。川内が描き出すものは、食べ物をはじめ、顔や手などの人体のパーツ、動物、さらに食事と人間との関係性にまで及ぶ。その根底には形態への関心があり、一見異なるようにみえるものにもつながりを見出し、共通する起源を探り出そうとする。例えば、《プレッツェル》と題された作品は、エボラウィルスから着想を得たユニークなものだ。

川内理香子展
撮影:加藤健
川内理香子展

本展のタイトル「Go down the throat」は、このような作家独特の感覚を鑑賞者に追体験させる試みである。会場を体内に見立て、大展示室は胃の中、小展示室は腸をイメージ。幼少期から人に比べて食が細く、そのことで食を通じた人とのコミュニケーションができなかったという作家の食べ物に対する抵抗感のせいか、描かれた食べ物はあたかも自分の中に入れたくないもののようにも見える。この食べ物への脅迫観念は、作家にとって最も認めたくない、しかも他人に知られたくない負の部分ではないか。それをさらけ出し、ある種巫女的ともいえる潔癖性に自身の創作性を見出し、生まれ出るものを描き留める、その精一杯の行為。自分の中からモチーフを呼び寄せようとする行為に強さがある。
また、《Hi,long time no see(「やあ、久しぶりだね」)》のように、食べ物から離れて、他者とどうコミュニケーションするかということに関心が向いている作品もあり、新境地を感じさせる。
今後、新しいモチーフを見つけた時、同じような生々しさが出せるのかはわからない。しかしながら、そこに期待を抱かせる未知数の魅力がある。

飯嶋桃代展 Home Bittersweet Home —カケラのイエ—
2015年2月6日(金)〜3月1日(日)

パラフィンワックスの中にかつて誰かに使われていた古食器を閉じ込め、七面体の家形に切り出し、氷河のごとく配置した10点の作品からなる《開封のイエ -Fragments of glacier-》と、50個もの茶碗の底に「singular」(単独者)という文字を彫り、水を張って下から光を当て浮かび上がらせたインスタレーション《singular(s) -光/水 器をみたすもの-》で構成された。
《開封のイエ》の表面に露出する切断された古食器たちは、かつての地縁や血縁が薄れ、つながりが希薄になった現代社会の象徴である。素材のパラフィンは熱に弱く、切り出すには高速のグラインダーカッターが必要となり、相当な技術力を要する。幾重にも段階を踏んだ行為の強さ、形、存在感が強く伝わり、説得力がある。また、遺跡から出土した土器のように、昔使っていた食器が「記憶」を想起させる。反面、素材の脆弱性から、形のあるものはいつかは壊れるという諸行無常の感覚も伝わってくる。

飯嶋桃代展
撮影:加藤健
飯嶋桃代展

「singular(s)」は個人を表す古語で、奇妙なと同時に優れた人という意味があり、現代社会で疎外されがちな単独者へのまなざしが込められている。このように対照的なふたつの空間を対峙させたことは面白いが、「singular(s)」という言葉の意味は、説明されなければ伝わってこなかったことが残念でもあった。
コンセプチュアルな思考、意味性といったものを前面に出しすぎると、不自由になり、行き止まりに突き当たりかねない。むしろ頭で考えるよりシンプルに、つくるという身体的なアプローチを追求することにより、もう一歩先に進めるのではないか、という意見もあった。

狩野哲郎展 Nature/Ideals
2015年3月6日(金)〜3月29日(日)

陶磁器やガラス、ゴムホース、電源ケーブルなどの人工物と、枝、果実などの自然物を、本来の機能や文脈から切り離し、単なる色や形態、質感として見せることによって「環境」を提示し、新しい風景を生み出している。さらに、生身の鳥という、人間のコントロールが及ばない異物を放り込み、観る側の価値観や認識に揺さぶりをかけることを試みた。
作家は具体的なプランに沿って空間を構成するというより、偶然性に導かれたものを即興的に「場」に取り入れていく。今回は小展示室に高いタワーを据えることで、鳥の目線でナスカの地上絵を観るような俯瞰的な視点をつくり出した。来場者は鳥の目線を意識することで、普段とはまったく違う視点で会場を見ることを促され、それが新しい価値観を得ることにつながっているという点が評価された。

狩野哲郎展
撮影:加藤健
狩野哲郎展

一方、カラフルでポップな子どもの遊び場を思わせる、会場に置かれたオブジェには様々な要素があり、それぞれに魅力はあるが、アートとして観た時に鑑賞者がどこに重きを置いて観てよいのかがわからない面もある。また、生きているもの(鳥)の強さにどうしても引っ張られるのではとの危惧も残る。何を主張したいのか、作家の意図をもう少し明確にするべきではないかとの意見もあった。

審査員

映里(写真家)

映里(写真家)

1973年神奈川生まれ。朝日新聞社出版写真部で報道カメラマンを経て、1997年フリーの写真家として活動を開始。2000年から中国人写真家榮榮と共に「生活」を主題に置き創作活動を行っている。2007年中国・北京の草場地芸術区に中国初となる写真専門の民間現代アートセンター、三影堂撮影芸術中心を設立。写真展の企画や教育、普及に力を入れている。近年の日本での個展に2011年「三生万物」(資生堂ギャラリー)、2014年「妻有物語」(ミヅマアートギャラリー)など。2012年には「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」へ参加。

辛酸なめ子(コラムニスト)

辛酸なめ子(コラムニスト)

1974年東京生まれ。武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻卒業。同大学在学中から様々な創作活動に関わる。女性向けの最新流行文化を自ら体験し、それに対するするどい観察とユニークなコラムで人気を博すと同時に、アイドル分析からスピリチュアルまで幅広い執筆を行う。早くからマルチメディア作品に取り組み、Webサイト『女・一人日記』(1995年)を開設。その後もテレビやラジオへの出演、新聞・雑誌の連載など多岐にわたって活動している。『絶対零度』、『なめ単』ほか、著書多数。

祐成政徳(アーティスト)

祐成政徳(アーティスト)

1960年福岡生まれ。武蔵野美術大学油絵学科卒業。1993-94年ドイツ、ミュンヘンのAkademie der Bildenden Künste Münchenに留学。その後ミュンヘンより滞在制作に招かれ、個展「OPERA」を開催。2003年にはチェコ共和国にて個展「Heaven・Peace・Blood」を開催するなど、国内外での個展の他、グループ展にも多数参加。作品と展示空間とが積極的に関わり、その場を異化させるような展示を手掛けている。資生堂ギャラリー第六次椿会メンバーとして2007年から2010年まで参加。