第10回 shiseido art egg賞

shiseido art egg賞―クリエーションに関わる様々な分野で活躍する3人が審査し、3つの個展の中で、資生堂ギャラリーの空間に果敢に挑み、新しい価値の創造を最も感じさせた展覧会にshiseido art egg賞を贈ります。

第10回shiseido art egg賞は七搦綾乃さんに決定しました。

七搦綾乃展
七搦綾乃展

七搦綾乃展 <rainbows edge>
撮影:加藤健

5月9日に行われた贈賞式において、当社役員の林より七搦さんに記念品並びに賞金20万円を贈りました。

贈賞式
七搦綾乃

撮影:加藤健

受賞の言葉

私にとって、この10ヶ月間は自分の中に深く井戸を掘っていくような時間でした。つまずいたり行き止まりに悩む日々もありましたが、多くのご支援のおかげで、ひとつずつ作品を形にしていくことができました。今後この大変貴重な経験を振り返り、反省や課題、学んだことの全てを制作の力にしていきます。そして、彫刻に真摯に向き合っていきたいと思います。このような機会を与えて下さった資生堂の方々と展覧会にお越し頂いた皆様に、深く感謝致します。

審査実施報告

【総評】
本年の審査員は石川直樹、小沢剛、藤野可織の3氏が務めました。審査員はshiseido art egg展の開催期間中に3つの展示を鑑賞し、各作家のポートフォリオを確認しながら審査を進めました。
社会的事象や自らの出自を作品に積極的に取り込み、迫力のある空間をつくりあげた川久保ジョイ、独自の技法でふだん気づかずにいる気配をとらえたGABOMI.、枯れゆく植物をモチーフに、不気味さを内包する木彫作品を誠実につくりあげた七搦綾乃。shiseido art egg入選者の3人は、ジャンルだけではなく、作品制作に対する姿勢や社会への関わり方もそれぞれ大きく異なっていました。
こうした各作家の状況を受け、審査では、今回の展示作品そのものの質とそこからうかがえるアートと社会との関わり方が重要な論点の一つとなりました。アートの本質に踏み込んだ議論が長時間にわたって行われ、受賞者の決定は困難を極めました。しかし、最終的には、作品自体のインパクトの強さや完成度から、今年のshiseido art egg賞は七搦綾乃に決定しました。
貴重なお時間をshiseido art egg賞審査に費やし、熱く議論してくださった石川直樹氏、小沢剛氏、藤野可織氏に心から御礼申し上げます。

審査員
撮影:加藤健
審査員

審査員所感

川久保ジョイ展 Fall
2016年2月3日(水)~2月26日(金)

ギャラリーの壁を研磨したインスタレーション、福島県の土中に銀塩フィルムを埋め、数か月後に掘り出して現像した写真、アルゼンチンの作家ボルヘスの小説を再構築した映像サウンド、資生堂のパフューマーとコラボレーションした香りなど、多様な作品によって現代性を浮かび上がらせた展示である。

川久保ジョイ展
撮影:加藤健
川久保ジョイ展

大展示室のインスタレーションは、圧倒的だった。壁の作品は川久保の金融トレーダーとしての経験から日本の長期金利や円ドル相場をグラフ化したものだが、そのような説明がなくても見る者に強い印象を与える。壁の研磨の跡に偶然に浮かび上がった模様が美しく、視覚的な効果をもたらしていた。正面のカラー写真は放射能に汚染された土中で感光させたものである。いずれも過去、現在、未来という視点を入れながら、シリアスな現実のビジュアル化に取り組んでおり、社会と向き合っていく作家の姿勢がよく表れていた。映像サウンドの作品も西洋と東洋を視野に入れており、トレーダー経験やバイリンガルという自身の立場・経験より発想した作品からは、制作への切実な動機が感じられた。
それぞれ全く異なる素材を扱いながら、いずれの作品も完成度が高かったのは、表現したい内容に最も適した素材を考えているためだろう。会場構成にもきめ細かい配慮が行き届いていた。
一方で、作品にやや既視感が感じられたこと、多様な作品をつめこみすぎて展覧会としての統一感が損なわれていたことは課題である。モビール作品や個々の説明も、それぞれの作品に共通の意味を持たせようとする辻褄合わせのように見える部分もあった。「Fall」という一つの明快なコンセプトに絞ったほうが、展示としての完成度は高まっただろう。ただ、視野の広さや豊富なアイディア、アートで社会と切り結んでいく姿勢は大いに評価でき、今後の広がりが期待できる作家である。

GABOMI.展 /in/visible
2016年3月2日(水)~3月25日(金)

レンズを外して自身の手をレンズ代わりに光を調整していく「TELENS(手レンズ)」、全くレンズを用いない「NOLENS(ノーレンズ)」、あるいはデジタル銀塩写真を塩水や酵素液に浸けこんでの試作、ピントをあえてぼかした作品など、多様な手法を試みた写真作品により、ふだんの生活の中で見過ごされがちな気配を浮かび上がらせる写真の展示である。

GABOMI.展
撮影:加藤健
GABOMI.展

多様な手法を編み出し、果敢に試みている意欲や探究心、一貫してカメラで写真を撮ることにこだわった揺るぎない姿勢はすがすがしい。実験・試作は手あたり次第ともいえるほどだが、そこから感じられるよい意味での幼児性は、この作家の魅力の一つとなっている。 また、機械というカメラに、それとは全く異なる性質をもつ人間(作家自身)を無理やり介在させていく姿勢には、自らとは無縁に存在している世界に自分をねじ込んでいきたいという欲求が感じられ、作家自身が社会に対して何らかのもどかしさを感じている現れとも思われた。
しかし、写真表現とは、「なにを撮るか」よりも「なぜ撮るか」が問われるものでもある。一連の作品を見る限り、技法へのチャレンジという範囲を超えた突き詰められた表現にまでは到達していなかったという見方もあった。本人と撮影対象との結びつきがより感じられる作品、さまざまな試みに対する作家の強い動機が伝わる作品になれば、表現としての強度はもっと増していくだろう。
独自の「TELENS」という技法は、手で露光して像を得るまでに1時間ほどかかるというが、作家が実際にどのような姿で撮影しているのかには興味を引かれる。奮闘している作家の姿が、自然と想像されるような作品群だった。

七搦綾乃展 rainbows edge
2016年3月30日(水)~4月22日(金)

枯れゆく植物をモチーフにした生き物のようにも見える木彫作品と、ドローイングによる展示。静けさの中に、不気味さ、複雑さも内包する、不思議な独自の魅力をもった作品群である。技法的に目新しいものではないが、一人で作品に向かう静かで張りつめた時間を想起させる。
大展示室に配された布がかけられた物体の彫刻には、「生きながら死んでいる」という表現がよく似合う。服を着た肉体と感じさせると同時に、遺体や即身仏、異形の者に変身していく様子なども連想させる。不吉さと祝福感のような気配を同時に表現できる力量は見事である。生命を感じさせる小さな子どものようなサイズも、不気味さと可愛らしさを両立させるのに貢献していた。

七搦綾乃展
撮影:加藤健
七搦綾乃展

七搦作品の最大の魅力は、言語による説明を必要とせずに、見る人に強い印象を与えられる点である。ただ、美術の本質につながるそのような作品の強さを最大限に生かすためには、もっと作品とタイトルとの全体的な調和感がほしかった。
たとえば、タイトルには、虹、オーロラ、霧など、大自然の謎めいた現象の名が付けられている。はかなく消える自然現象と、植物が枯れて変容していく様子を重ねたと思われるが、作品と調和がとれているとはいいきれず、作品の魅力がやや損なわれてしまったという意見もあった。モチーフ名を入れ込んだ作品タイトルも、もう一歩踏み込んで整理すると、より魅力を増したと思われる。
照明は明るくフラットであり、展覧会自体はこの照明で十分に成立していた。にもかかわらず、「会場を洞窟に見立てる」という空間の捉え方は、説得力が弱くなってしまった感がある。このような点についての配慮もあると、より完成度は高まっただろう。しかし、確かな力量を感じさせる作品であることは間違いなく、今回、shiseido art egg賞に決定した。

審査員

石川直樹 (写真家)

石川直樹 (写真家)

1977年東京生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。人類学や民俗学などの領域に関心を持ちながら、世界の最果てから都市の混沌までを歩き回り、移動・旅などをテーマにした作品を発表し続けている。『NEW DIMENSION』(赤々舎)、『POLAR』(リトルモア)により、日本写真協会新人賞、講談社出版文化賞受賞。写真集『CORONA』(青土社)により、土門拳賞受賞。写真集『国東半島』『髪』『潟と里山』(青土社)など著書多数。

小沢剛 (美術家)

小沢剛 (美術家)

1965年東京生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科壁画専攻修了。代表作に、風景の中に自作の地蔵を建立し、写真に収める「地蔵建立」、牛乳箱を用いた超小型移動式ギャラリー「なすび画廊」、日本美術史の名作を醤油でリメイクした「醤油画資料館」などがある。2007年から、日中韓3人のアーティスト集団「西京人」を結成し、プロジェクト作品を制作。主な個展に2004年「同時に答えろYesとNo!」(森美術館)、2009年「透明ランナーは走りつづける」(広島市現代美術館)。第25回タカシマヤ文化基金美術賞受賞。

藤野可織 (小説家)

藤野可織 (小説家)

1980年京都生まれ。同志社大学大学院美学及び芸術学専攻博士課程前期修了。2008年まで京都市内の編集プロダクション、出版社に勤務しながら小説を執筆。2006年『いやしい鳥』で第103回文學界新人賞受賞。同作を収録した『いやしい鳥』を2008年に出版。2013年『爪と目』で第149回芥川龍之介賞受賞。2014年『おはなしして子ちゃん』で第2回フラウ文芸大賞を受賞。その他の著作に『パトロネ』『ぼくは』(絵=高畠純)『ファイナルガール』がある。最新刊は『木幡狐』(絵=水沢そら)。