第5回 shiseido art egg/審査結果

審査実施報告

資生堂ギャラリーは、1919年のオープン以来「新しい価値の発見と創造」という企業理念のもと、90年以上連綿とその活動を継続してきました。shiseido art egg (シセイドウアートエッグ)は、その長きにわたる活動の一環として、発表の場を求める新進アーティストの皆さんに、広くギャラリーの門戸を開放する公募制のプログラムです。
本年は、全国各地より261件の応募をいただきました。
5回目となる今回は、これまでにも増して20代の若い方の応募が目立ち、幅広いテーマの興味深いプランが数多く寄せられました。そのなかで、長時間に及ぶ審査の結果、次代につながるテーマ設定と表現、そして資生堂ギャラリーの空間への独創的なアプローチが評価された、藤本涼、今村遼佑、川辺ナホの3人が入選となりました。

審査概要

応募受付 :  2010年6月1日~15日
応募総数 :  261件
審査員 :  岡部あおみ(武蔵野美術大学教授/資生堂ギャラリーアドバイザー)
水沢勉(神奈川県立近代美術館副館長兼企画課長/資生堂ギャラリーアドバイザー)
資生堂 企業文化部

審査員所感

岡部あおみ(武蔵野美術大学教授/資生堂ギャラリーアドバイザー)

かつてなく若い世代からの応募が増えた。前回のart eggで大学院在学中の村山悟郎が入選して素晴らしい展示を行い、最終的にart egg賞を受賞したのが大きな刺激になったに違いない。もちろん年齢を問わず、東京での初個展を資生堂ギャラリーの個性的なスペースでプロの学芸スタッフに支えられて実現できるのは、なんといっても幸運なスタートといわねばならない。
今回は若手応募者のポートフォリオにも驚かされた。アーティストを養成する芸術・美術大学でポートフォリオ作成プログラムが強化されてきた成果だろうか。発表経験の浅い在学生による応募でも、作品や提案を他者に見てもらうという意識や姿勢がしっかり身に付いたきちんとした資料を提出する人が多く、内容はもとより感心させられた。 芸術の基本には“伝わる”という機能がある。実験的で先駆的なコンセプトや意図とは相いれない要素ともなりがちだが、企画書を提出する機会には、ぜひ創造的技能を駆使して“伝える”という表現を言葉で練り上げてみることをお勧めしたい。
さて今回入選した3人は、期せずして“ひそやかな・・・リズム”を実践している作家たちである。「ラディカル」ではないというわけではなく、11年前のMOTアニュアルの選出作家とは異なり、より抽象的な「音楽性」とでも形容したくなるささやかな心の鼓動から響く繊細で透明感のある音律を共有しているように感じられるからである。

水沢 勉(神奈川県立近代美術館副館長兼企画課長/資生堂ギャラリーアドバイザー)

5年という年月はやはり一区切りというべきであろう。今回、261件におよぶ応募のファイルに目を通しながら、全体として、あるクォリティーが醸成されつつあることをつよく感じた。過去の入選者たちの力のこもった発表の積み重ねが、応募する側に大きく影響をあたえていることがはっきり窺えるようになってきたのである。
応募する年齢層が、当初、まちまちであったのが、「egg」にふさわしい、20代から30代の世代が中心になるようになった。もちろん、ひとはどんな年齢であっても、創作の衝動にある日とつぜん突き動かされる可能性を宿している。とはいえ、そのときもまた、問われる要件は、「若々しさ」であろう。
そのきらめきが感じられなければこの公募展の存在意義は低減する。それは応募する才能の側ばかりでなく、組織する側にも、審査する側にも問われていることを忘れてはならないであろう。
今回、写真、ヴィデオ、サウンドという、拡大されたアートのジャンルから、すぐれた才能が選ばれたことは、その意味で、たいへんうれしい結果であり、それぞれの入選者が資生堂ギャラリーの空間の特質を、過去の実績を踏まえつつ、それを乗り越えるような新鮮な局面を切り開いてくれることを期待している。

入選者

藤本涼
藤本涼 作品
「live on air (swing)」2009

藤本涼

写真
展覧会会期:2011年1月7日(金)~30日(日)

1984 東京生まれ
2010 東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻修士課程修了

この春に大学院を修了して、他者から自分のアイデンティティについて問われた場合には「美術家です」と(おこがましくも)答えるようにしています。しかし、shiseido art eggによれば、僕はやはりまだ、たまごでしかないのです。
良い意味での謙虚な心構えを持って、資生堂ギャラリーで殻を破り、作品が広く多くの人の眼に触れることができれば、と思っています。よろしくお願いします。

審査員評

岡部あおみ

写真の領域に力を入れてきた資生堂ギャラリーだが、art eggでは初めての写真展となる。霧の深い東欧の都市、あるいはどこか異次元の空間を眺めているような異化された時間を感じさせる。“live on air”のシリーズは異なるモチーフでも、みな茫洋とした枯淡な抽象絵画、あるいはモノクロ写真のようなトーンで空や空気などの背景がまとめられ、そのミステリアスな均質感は、たとえば家屋や家具のミニチュア模型を手作りして撮影するニューヨークで活躍する寺田真由美のような人工的なマジックを想像させる。実際に藤本がどんな手法を使用して表現しているのかは知らないが、技法上の関心よりも、藤本の独創的な写真世界が点在するスペースが、一体どのような表情を浮かび上がらせるのかを見たいと思った。

水沢勉

焦点を結ばない状態に置かれた風景や人物を撮らえた一連の作品。たとえば、その中 の一点、塔の上に集まる人々を撮影した作品は、ほとんど時空を越え、無国籍的な雰 囲気を濃密に湛えている。藤本涼は、「カメラの前にあるのが」「茫漠とした何もない彼 方である、と言い切るために作品を作る」という。「彼方」や「未知」という領域こそが、 芸術やアートと呼ばれるものがこの世に存在する理由であると考えるわたしにとって、 藤本涼の写真表現が今後、どのようにその探索作業を続けていくのか、とても気にかかる。

今村遼佑
今村遼佑 作品
「白色と雑音」2009

今村遼佑

インスタレーション
展覧会会期:2011年2月4日(金)~27日(日)

1982 京都生まれ
2007 京都市立芸術大学大学院美術研究科修士課程彫刻専攻修了

このような機会を頂き大変嬉しく思っています。この文章を書いている途中、雨が降り出したのですが、夜で外が見えず正確には雨音がしだして気温と湿度が変化したのを感じた、とでもいうべきで、雨に限らず対象を知覚するにあたり人間のすべての感覚がいつも満たされているわけではありません。日常において、光、音、味、匂い、皮膚感覚などの組み合わせの、その欠け方により対象との距離感は変化し、物ではなくてむしろその変化する距離の中にこそ美しさのようなものが生まれるのではないかと感じています。

審査員評

岡部あおみ

日用品などを集積させ、多少手を加えて構成・インスタレーションすることで別の次元へと変容させる、たとえば金氏徹平や鬼頭健吾の作品のような傾向が若手作家によく見られるようになった。今村遼佑の仕事もこうした流れに位置するが、むしろ構築性を解体してランダム性に向かい、空間の迫力とかエンターテイメント性とは逆に、ひそかに出来事の生成と交感を待つ姿勢が独特である。微細なムーブメントが託された個々の事物がその場所やあり方によってもちえるミニマムな時間性“気”を観客とも分かち合いつつ、じつは観客自身がその目立たない舞台の登場人物になっているというインスタレーションである。視覚がどこまで裏切られ、聴覚をはじめとする身体性がどれほど開放されるのか楽しみだ。今年は音響を含む提案が例年の応募数よりも増えたことも記しておきたい。

水沢勉

空間のなかに存在するものとその非在とのあいだのきわめて微妙な差異。今村遼佑は、そのような空間のアンビエントな気配を、日常的な、ささやかな物体に音や動きを仕掛けて、丁寧に確かめていこうとする。その手際がとても新鮮で、いつのまにかあたりの空気全体を変えてしまう。そのような空間と物体の合間を縫っていくような手法が、資生堂ギャラリーの空間とどのように同調し、あるいは、ズラされるのか、きわめて興味深いアプローチである。

川辺ナホ
川辺ナホ 作品
「無題」2010
Photo by Birgit Wudtke

川辺ナホ

映像インスタレーション
展覧会会期:2011年3月4日(金)~27日(日)

1976 福岡生まれ
1999 武蔵野美術大学造形学部映像学科卒業
2006 ハンブルク美術大学芸術学科ディプロマコース修了

記録と記憶の中間に位置するものを視覚化してみたいと、制作に取り組んできました。ある一定の時間の事象を記録し、それを別の時空間で再生できるというビデオの機能は、私たちの記憶と想像を深く刺激する「見る」という行為を探るのにとても興味深い手法だと思っています。ビデオカメラに写し取(撮)られたものたちは、光の信号によって再生されます。今回の展示では、その光の揺らめきとそれが映し出される空間が互いに響きあうようなインスタレーションを制作したいと思っています。

審査員評

岡部あおみ

3人の中では最年長だが、ドイツでもっとも重要な奨学金DAADを得て留学してからハンブルグでの活動が長く、大阪で二度発表の機会をもっているが東京では二人以上に新人といっていい。映像インスタレーションの場合DVDに資料があってもなかなか判断しにくいところがあるが、異なる問題提起をもつ各作品のシャープな完成度には、海外でのキャリアをしのばせる実力を感じさせられる。
表現は非常に美しくポエティックだが、構造的なアプローチが強く、精緻に構築された感覚は現代音楽を想わせる。今回の応募案では、展示におけるプロジェクターの黒子的位置付けの転換という独自な視点に興味をひかれた。

水沢勉

川辺ナホの映像は、映像によって映像を相対化させるメタレベルの試みに到達しつつある。新作では、複数の映像が、プロジェクターを動かすことによって、複雑に組み合わされ、その結果、錯綜する映像が予想外の身体的な反応を引き起こす。鮮烈なめまい、といったらよいであろうか。動きを取りこむことによって、映像の新たな領域が浮かびあがってくる可能性を感じさせる。すでにいくつかの注目すべき映像作品を発表している川辺ナホのさらなる飛躍を期待したい。

応募状況

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