第12回 shiseido art egg/審査結果

審査実施報告

第12回shiseido art eggの入選者は、応募総数350件のなかから以下の3名に決定しました。

入選者3名は2018年6月、7月、8月に資生堂ギャラリーにてそれぞれ3週間の個展を開催します。

さらにこの3つの展覧会からshiseido art egg賞を選出します。

審査概要

応募受付 :  2017年11月1日~15日
応募総数 :  350件
審査員 :  伊藤俊治(東京藝術大学教授/資生堂ギャラリーアドバイザー)
光田由里(美術評論家/資生堂ギャラリーアドバイザー)
資生堂 企業文化部

審査員所感

*コメントはポートフォリオ審査の時の情報に基づいています。

伊藤俊治(東京藝術大学教授/資生堂ギャラリーアドバイザー)

第12回目のshiseido art eggの応募総数は350件、前回から70件以上増加し、その中から厳選された入選者3名の作品はインスタレーションや映像が中心となった。総数の中でインスタレーションの占める割合は半分近く、これに写真/映像を加えると3分の2近くになる。やはり資生堂ギャラリーの空間の特異性が大きく影響しているのだろう。

資生堂ギャラリーは入口の階段を降りると踊り場Aがあり展覧会の概要や小展示ができるようになっている。そこから階段を降りて左に曲がると受付があり、大きなスペースBが広がり、さらにその左奥に小さめのスペースCが控える。この大小A B Cのスペースをどのように有機的に結びつけ、意味の流れをつくり、表現を重ね合わせ、自らの世界を展開してゆけるかが展示のポイントとなる。

こうしたギャラリーの特徴を意識したコンセプトの応募が今回は目につき、空間の階層性や重層性を効果的に活用しようとするプランが上位に残ったように思う。

空間や次元に対するデリケートな志向は世界各地で行われた多くの国際展でも、よりスケールの大きい形で展開されている。昨年は5年に一度のドクメンタや10年に一度のミュンスター彫刻プロジェクトなど多くの国際展が開かれ、20年に一度のアートイヤーと言われる盛り上がりを見せた。中でもドクメンタ14はアテネとカッセルという初の2都市開催となり、キューレーターのアダム・シムジックは世界各地で繰り返される戦争や殺戮、貧困や飢餓、追放と難民、グローバリズムやポピュリズムに翻弄された人々の運命にアートは目を向けなければならないと言及する。そのためエスニシティやジェンダー、ポストコロニアルやディアスポラなど、よりメッセージ性の強い、特別な意識に貫かれた個性的な作品が目立った。これまでもドクメンタは次の10年のアートを予兆する作品のショーケースとなってきたが、そうした大きなアートのうねりは今回の応募作にも反映されている。

選ばれた入選者はいずれも現代アートの動向を踏まえ、発信力のある感性と創造性を秘めている。「霊的知覚」「経験の再構築」「性と生命の変容」とそれぞれテーマは異なるが、大きく変動する時代状況を見極めながら、切実で私的な問題意識を梃子に先行きの見えない社会の中で手探りを始めるアートの方向を代弁する作品のように感じた。

光田由里(美術評論家/資生堂ギャラリーアドバイザー)

初めて Shiseido art egg の選考に参加した。

資生堂ギャラリーでの個展プランを、ポートフォリオとエントリーシートから選考する。まだ見ぬ作品を思い描いての審査である。既知の応募者の方たちもあったが、すべてステイメントを熟読し、添付資料を吟味しながら、実際に見てみたい、実現してほしいと思わせてくれるプランを選ぶことになる。チームで投票し、議論しながら進めていく選考の過程で改めて気づくのは、ものとしての作品の制作と、空間としての展覧会の作り方が合致する、芯の通ったプレゼンテーションが説得力を持つことだった。制作者がはっきりした意図を持ち、積み重ねてきた思考を発揮しなければ、そうした一致は難しいだろう。

入選者3名ともインスタレーションの仕事になったのは、振り返ってみると、上記が理由だったかもしれない。画像検索が鑑賞体験にとって替わりかねないデータ環境に私たちはある。私自身は絵の画像を見ても絵を見たことにはならない、と考える世代なのだが、画像で伝わることもある。では展覧会という臨場のメディアで特別に伝えるのは、どんなことでありうるだろう。物体のもつディテール、絵の筆触やマティエールなど、物質としての細部の魅力はもちろん、音、動きと変化、とりわけ空間の体験だろう。必ずしも大掛かりである必要はないのだが、いわば展覧会のプラン自体が作品化されていることが、今回の選考ではアピール力をもった。

もっとも、採択プラン通りの展覧会になるとは限らない、とうかがった。つまりギャラリーの学芸スタッフが選出作家と協働して、様々なサポートのもとでこれから展覧会を作り上げていく、いわばキュレーターとアーティストのマンツーマン・スタイルで個展を実現できるのが、本展の特長なのである。これは両者にとって得難い体験ではないだろうか。この点に主催者・資生堂ならではの、アートに深く関わる支援の姿勢が表れている。

しかも年齢制限もなく作品ジャンルも問われない。今回は、海外でキャリアを積んだ女性作家二名と、まだ在学中の男性作家一名の三名が入選した。ともに国内での発表歴は多くない。この機に自らを飛躍させる、新鮮な展覧会を期待したい。

入選者

冨安由真
冨安由真 作品
「明滅する世界 The Place Where The Certainty Is Waning」2018、北九州市立美術館

冨安由真

インスタレーション
展覧会会期:2018年6月8日(金)~2018年7月1日(日)

1983 東京都出身
2012 ロンドン芸術大学 Chelsea College of Art and Design MA Fine Art修了
2017 東京藝術大学大学院美術研究科 博士後期課程美術専攻修了 博士号取得
東京都在住

私は近頃、「現実と非現実の狭間」をテーマに大型のインスタレーション作品を制作しています。心霊現象や神秘体験、デジャヴュや正夢などといった不可思議な現象は、私達が「現実」と呼ぶものが如何に不確かかということを思い出させます。現代社会に於いて見過ごされがちでもあるそのような「不確かなもの」を、私は作品の中で拾い上げたいと思っています。多くの人が行き交う銀座の一等地で、迷い込み、まるで狐につままれたかのような不可思議な体験を作り出したい。この恵まれた機会を前にどんな挑戦が出来るのか、とても楽しみにしています。

審査員評

伊藤俊治

「心霊」は存在するのだろうか。古くから繰り返されてきたその問いへの答えは現在のところない。存在するとも言えるし、存在しないとも言える。というのも心霊は存在論のレベルで理解されるものではなく、知覚論により感知されるものだからだ。そうした特性により心霊現象は現実と想像の境界上を揺らぐ独特の位置を占めている。しかも厄介なのは心霊への問いは、死者と生者との関係や、自己の深層イメージと客観的イメージの境目を問い直すことでもあるということだ。

近年、このような関心や視点から、人が何故心霊を見るのか、見えるのかを探りながら、アートの新たなフィールドを掘り起こそうとする試みが現れている。

心霊を扱った芸術表現は様々にあるが、冨安由真の作品が特異なのは単なる心霊現象の再現ではなく、人が心霊を感知するメカニズムにメスを入れ、心理学的なアプローチを取り入れていることだろう。しばしば非科学的で夢想的な事柄と見られながら、一方で人間の死生観と結びつき語り継がれてきた心霊現象を、自らにも確実に訪れる死を想い、自己と世界の不確かな境界領域を再考する創造行為とみなす新たな観点がそこには内包されている。

光田由里

ギャラリー全体をひとつの家にする、大がかりなインスタレーションのプランである。冨安はこれまでも無人の部屋を作りこんで鑑賞者を招き入れ、特別な体感の場を作る、体験型の作品を制作してきた。今回はそれらを総合した展示になるだろう。

作家自身の描いた顔のない肖像画が掛かる、暗めの室内には、急に音がしたり、プリンターがふと作動し始めるなど、何らかの不可視の作用が暗示されるという。心霊現象に興味を抱く作家は、現実だと思われているものとは別のものを現出させようとする。スピリチュアルな世界は、伝統的に美術の源泉に結びついてきた。イヴ・クラインやマルセル・デュシャンの仕事を思い出してもよいが、その表れはどんな様相でもありうる。今や無視できない影響力をもつオルタナティブな力を考えるため、冨安はまず現象から作り出そうとするだろうか。部屋型のインスタレーションにはヨーロッパを中心に先行作品が多いが、冨安は独自のイマジネーションを見せてくれるだろう。制作は大技になるが、砂の部屋がとくに楽しみです。

佐藤浩一
佐藤浩一 作品
『Mutant Variations Ⅰ』(部分)2017

佐藤浩一

映像
展覧会会期:2018年7月6日(金)~2018年7月29日(日)

1990 東京都生まれ
2015 東京藝術大学美術学部先端芸術表現科卒業
同大学大学院美術研究科修士課程在籍
東京都在住

この度は資生堂ギャラリーでの展示の機会を頂き、本当に光栄に思います。同時に、作品がこれまでより遥かに多くの方々の目に触れることの、責任の大きさも痛感しています。やるからには、作り手としても、ひとりの生活者としても、嘘のないものにしたいと感じます。未熟者ゆえ足がすくむ思いもありますが、貴重な学びの場を与えていただいたのだという気持ちで、精一杯頑張りたいと思います。

審査員評

伊藤俊治

これまで佐藤浩一は植物の生殖の瞬間に惹き起こされる電位変動情報等を植物の声や叫びと捉え、植物の持つ身体性やセクシャリティを人間が知覚できる場をつくろうとしてきた。今回のプランではイチジクがその題材となる。イチジクは旧約聖書の、楽園から追放されたアダムとイブの恥部を覆い隠すために使われ、アフリカの部族神話ではその白い樹液が精子に喩えられたりと、古来から生殖や性に纏わる特殊な果実と見られてきた。しかし現代日本で栽培されるイチジクは受粉を媒介する昆虫が生育不能のため、受粉を必要としない品種に改良されている。つまりイチジクは市場価値が優先され、品種改良によりその生殖形態を変えざるを得なくなった植物の典型なのだ。元来備わっていた性と身体を奪われたその形状は未来の私たちの姿ともダブってくる。

佐藤はそうしたイチジクに一種の性的リハビリテーション(人工授粉等)を施し、植物本来のセクシャリティを取り戻させ、植物自身による主体性へ転位させようとする。今回のプランは、クイアセクソロジーやポストヒューマンを射程に入れながら、境界を自在に横断できる流動性を帯びた多形的な生と性の実験的な試みと言えるだろう。

光田由里

バイオテクノロジーが利益を生むようになって久しい。農産物の遺伝子組み換え、一代限りのF1種の研究も、健康や栄養のためではなく、利益のために発展している。それが作る人、食べる人に何をもたらすかは知らされないままどこまでも推進されるのは、利益に勝るファクターはないということだろうか。

佐藤は同じことが人間にも及んでいると感受しているらしい。利益を上げるべきとされる人間は、バイオテクノロジーの生み出す植物に近づいているのではないかと。カズオ・イシグロの「私を忘れないで」を想起させる佐藤のコンセプトは、実験室のようなインスタレーションに実現されるという。映像と音を使って佐藤の描きだす人と植物の未来形はディストピアなのだろうか。温室を作るパートでは、守られる中で生育する異形の植物が現れるという。科学と芸術はギリシア以来の人間の両輪であるが、二つの輪が人間/ヒューマニズムとは別の歩行に向かっていることを作家は必ずしも否定しないだろう。

在学中の佐藤は、資生堂ギャラリーの空間をひとりで満たせる稀な機会を得た。art eggのキュレーターとアーティストのマンツーマン・スタイルを活かして、思い切り冒険をしていただきたいです。

宇多村英恵
宇多村英恵 作品
線が円になるとき / When a line becomes a circle (2013)
HDビデオ (6分46秒) / HD Video 6 minutes 46 seconds

宇多村英恵

インスタレーション・パフォーマンス
展覧会会期:2018年8月3日(金)~2018年8月26日(日)

1980年 茨城生まれ
2004年 ロンドン大学 ゴールドスミスカレッジ ファインアート学科卒業
2010年 ロンドン芸術大学 チェルシーカレッジ大学院 ファインアート学科修了
平成26年度 ポーラ美術振興財団在外研修員としてドイツにて研修

このたびは、わたしにとって転機となった場でもある資生堂ギャラリーのshiseido art eggで展示する特別な機会をいただき光栄です。

私はこれまで、人類にとって「進歩」とは何かという問いと、異なる時代に生まれた「人間」という残像を見つめながら、

制作活動を続けてきました。過去の出来事が現在に立ち現れ、まだ見ぬ未来が心象のなかで描かれるとき、私達の日常はどのようにうつるのでしょうか。

展覧会を通して新たに生まれるダイアローグを楽しみにしています。

審査員評

伊藤俊治

私たちが無意識に前提としている「経験」ということの意味がここ10年ほどの間に大きく変わってしまったのではないだろうか。その大きな要因の一つは広範に浸透するメディアやテクノロジーの問題だろう。その速度が私たちの内面の奥行きや深みを吸い取ってしまった。人間の内面はある種の時間差や遅延によりもたらされるものだが、そうしたプロセスが無効になり、怒りや哀しみの感情も、恋愛や追悼の思いも何か薄っぺらで味わいのないものになってしまった。すべてにおいてそうした経験の変質が進んでしまった世界において、アートはどのようなスタンスを取りうるのだろうか。

宇多村英恵が身を起こそうとしているのはそのような磁場からだろう。彼女は世界中の様々な場所へ出かけ、その地の民族や言語の記憶ばかりか、人類史、自然史、宇宙の運行まで抱え込もうとするパフォーマンスを行い、独特のインスタレーションを制作してきた。今回のプランでも、自らの揺れ動く身体を軸に過去現在未来の時間の流れがひしめき合う場を設定し、観客にその経験を転移させてゆく道筋が内包されている。新たな経験の転移を促す独特の仕掛けの中で、どのような物語が生まれてくるのか、興味は尽きない。

光田由里

今回の映像インスタレーションは、これまでの作家自身の作品を集積させる装置になるだろう。日本で発表歴の少なかった宇多村が、自らの仕事を問うとともに、それらを分析しながら展示構成を作り上げて、これからの方向を新たに導き出すための契機にもなると思われる。

宇多村は映像作品を、自身のパフォーマンスのメディアとして制作してきた。自らの体ひとつ、特別な道具を使うことなく大自然のなかに立って、サハラ砂漠を磨いて掃除し、海岸で動く波を型取りしようと石膏を撒く、初期の仕事に孤独な反逆がユーモアをもって示されている。すべてファイルから推察するだけだが、一室にこもって映像画面を破壊し続ける作品「構築:行為‐反応」(2014年)の頃に、転機を迎えたのかもしれない。近作には自身は登場せず、歴史上のリサーチ、ドキュメンタリー、オブジェ制作が総合された映画のような作品に変わった。いずれも魅力ある作品である。

ひとつの道をずっと進む制作の途もあるが、飛躍や変貌が必要な時もあるだろう。今回のart eggにおいて学芸スタッフとチームを組むことで、きっと充実した転機を見せていただけると期待します。

なお、各個展終了後、3名の審査員が3つの個展の中からshiseido art egg賞を選出します。

今年度の審査員は、流麻二果(美術家)、畠山直哉(写真家)、森岡督行(森岡書店代表)

の3名です。

応募状況

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