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life/art 03今村源、金沢健一、須田悦弘、田中信行、中村政人ら5人の作家の仕事を5年間定点観測することで、従来の美術でも工芸でもない新たなジャンルの可能性を問うシリーズ企画展「life/art」(ライフ・スラッシュ・アート)。第3回を迎える今回は、田中信行の発案による「触れる」というテーマに全員が取組みます。

美術と工芸の違いのひとつとして、「触れることの可否」が挙げられます。視覚芸術と呼ばれるように、美術は見ることのみで成立するのに対し、鑑賞性と実用性を兼ね備える工芸は、見ることと共に触れることが重要なポイントです。しかしその複合性ゆえ、モダニズムの時代において工芸は美術よりも純度が低いとされ、一段下にみなされたのでした。ところが今や状況は大きく変わりつつあります。例えば金沢健一が展開する「音のかけら」は、叩いて音を出すこと、その音を聞くことが、見ることと同様に重要な作品の構成要素となっています。「音のかけら」のように複合的な鑑賞を促す美術作品はもはや、「視覚芸術」という枠に収まるものではありません。「触れる」という視点から、美術と工芸という枠組みが曖昧になりつつある現状を伺い知ることができます。

今回のテーマの発案者である田中は、漆が最も美しく官能的にさえ見えるのは、塗った直後の濡れた状態だと語ります。田中が「磨き(呂色上げ)」を施すのは、少しでもこの濡れた状態を再現しようという欲求に基づいているのです。ところが鏡のように磨き上げられた漆の面は、触れることを誘いつつも、触れることを躊躇させるような気配を漂わせます。

それは「触れるもの」が「見るもの」へと置き換えられ、「触れること」と「見ること」との間にゆらぎが生じるからではないでしょうか。普段は「乾漆」の技法を用いて有機的な形態をつくりだす田中ですが、今回は造形する欲求を極限まで抑え、矩形のアルミ板や細長いパイプ状の木地を素地に選びました。こうしたシンプルなかたちに徹底して塗りと研ぎ、磨きを施すことで、漆の表面の美しさのみで作品を成り立たせることに挑みます。そして見るものに「触れることと見ること」の意味を問いかけます。

今村は実際に触れると動き出すユーモラスな作品を、金沢は「音のかけら」の新しいバリエーションとして叩くために靴を脱いで鉄板の上に乗らなければならない、つまり叩くための作法が要求される作品を、須田も同様に触れることを作法化する作品を発表するなど、それぞれに「触れること」を解釈して見せます。

中村は電柱の無い、地下ケーブル化された街に点在する配電塔に着目しました。現状の配電塔は街の景観を壊さないように、きわめて地味にデザインされています。中村はこれらを逆に美的に目立たせることで、都市の風景を変化させることを提案します。ギャラリーには中村の手でデザインし直された配電塔のプロトタイプが設置されます。銀座にある配電塔のマップが置かれ、鑑賞者はマップを手に街路を巡り、自分ならどうデザインし直すかをアンケート用紙に記入して提案することができます。中村はすでに配電塔メーカーと交渉を始めており、優れたアイディアは採用されて、実際に街に設置される可能性もあります。コンビニやマクドナルドの看板、戸建て住宅など、社会に実存する記号を作品化してきた中村ならではの、都市景観を考えるプロジェクトです。田中、今村、金沢、須田のように、人が直接ものに触れることを問う作品とは一線を画しますが、人と人との関わり、人と都市との関わりなど、「触れ合う」ことを広義に解釈した作品といえるでしょう。


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