ハナシ
吉田透(ネイキッド・コミュニケーションズ クリエイティブ・ストラテジスト)×松原紀子(資生堂 宣伝・デザイン部 クリエイティブ・ディレクター)×宮澤ゆきの(資生堂 宣伝・デザイン部 コピーライター)

人を動かす言葉の力。資生堂コピーの未来

資生堂のクリエイターが、各界で活躍する方々と「美」を語る対談シリーズ。資生堂 宣伝・デザイン部の設立100周年となる2016年は、「未来の資生堂デザイン」を語り合います。今回は、美に対する資生堂の想いを時代ごとに伝えてきた「言葉=コピー」がテーマ。お招きしたのは数多くの著名企業と戦略プランニングを手がけるネイキッド・コミュニケーションズの吉田透さんです。資生堂からは吉田さんと協働中の二人、クリエイティブ・ディレクターの松原紀子と、コピーライターの宮澤ゆきのが参加しました。かつてないほど暮らしに「言葉」が溢れる今。資生堂を支えてきたコピーの力は、どんな未来を語っていけるのでしょうか?

吉田透
吉田透(よしだ とおる)
クリエイティブ・ストラテジスト。1985年、博報堂入社。2003年にワイデン・アンド・ケネディ・トウキョウに移籍。両社での戦略プランニングの経験をいかし、2012年1月より株式会社ネイキッド・コミュニケーションズのヘッド・オブ・プランニングとして、サービスおよびプランニングの責任を担う。これまでに、資生堂、NIKE、Google、HONDA、ロッテ、P&Gなど200社以上のブランドの商品開発、広告販促企画、調査、ブランディングなどの各種プロジェクトに携わる。
松原紀子
松原紀子(まつばら のりこ)
広告代理店などを経て2000年に資生堂入社。数々の国内外のブランドの宣伝制作に携わる。2006~2008年、「花椿」誌編集長。現在、「ベネフィーク」やコーポレート担当のクリエイティブ・ディレクター。
宮澤ゆきの
宮澤ゆきの(みやざわ ゆきの)
2010年、立教大学社会学部を卒業後、資生堂入社。2013年8月から1年間、Web制作会社へ出向し、デジタルコミュニケーションの基礎を学ぶ。現在は、「インテグレート」、「エリクシール」、「d プログラム」などを担当。

時代とともに変化するコピーの価値観

資生堂シフォネットの広告コピー「『影も形も 明るくなりましたね、』目」(1973年) 撮影:横須賀功光

「戦後日本のパラダイムの終焉」や社会情勢を表した図(作・吉田氏)

バブル崩壊、震災以降の「人間性中心社会への回帰」を表した図(作・吉田氏)

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まずは資生堂とコピーの歴史を簡単に振り返るところから始めてもよいでしょうか?
松原
資生堂の広告はグラフィックデザイン中心で語られることが多く、コピーが主導しにくい環境にあるのかな? と、私は勝手に思い込んでいました。1970年代の資生堂キャンペーンは、子ども心にもあこがれた印象的な作品ばかりでしたが、コピーライターの大先輩である小野田隆雄さんと話したときに、意外な事実(笑)を知ったのです。当時、キャンペーン室にいらした小野田さんの方法は、販売チームの人たちと一緒に売り方を決めてコピーにし、そのコピー1本をビジュアルも絵コンテもまだない状態で、社長にプレゼンした、というのです。
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まさにコピー主導を実践されていたわけですね。
松原
小野田さんははっきりと、「どの時代でも広告は売るためのもので、それ以外のなにものでもない」とおっしゃいます。販売担当ともよく話した上で、その時代の女性を洞察しながらコピーを作っていたと。戦後から高度成長期にかけては、日本人がモノを追いかけていた時代ですよね。たとえば、まだアイメークまでは浸透していない頃に、日本女性の目もとに映えるメーキャップを提案した「『影も形も 明るくなりましたね、』目。」(1973年、資生堂シフォネット)や「ゆれる、まなざし」(1976年、資生堂シフォネット)。売れにくいオレンジ色の口紅に鮮度を与えた、「彼女はフレッシュジュース」(1975年、資生堂ナチュラルグロウ)というキャッチフレーズ。言葉が新しい価値と世界観を連れてきて、そして私たちはそんなTVCMにワクワクしたものです。
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吉田さんは大学で国語学を専攻なさったそうで、言葉へのご関心は人一倍高く、かつ現在は多様な企業のコミュニケーション戦略に関わっておられます。こうした「時代のコピー=言葉」をどうご覧になっていますか?
吉田
コピーにはその時代における「価値観の解像と翻訳」という役割がありますよね。たとえば戦後の経済発展期は、欧米式の都市型ライフスタイルが憧れで、家電や車など「モノ」の所有が豊かな暮らしの象徴でした。その実現のために、工業生産力の向上と、マスメディアを使ったマスマーケティングの発達が大きな意味を持ちました。
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それは吉田さんの作られた、「戦後日本のパラダイムの終焉」の図にも示されていますね。戦後の日本は「国の再建」を最重要課題と捉え、工業生産力を高め、効率を追求する社会になったと。
吉田
はい。そうした社会変化の中で、日本の生活者は新しいライフスタイルとして「おしゃれ」や「美」を学び、楽しんできました。ところがその後、バブル崩壊や東日本大震災を経験した私たちは、効率主義の限界・歪みを感じるようになり、「物質的な豊かさ」から逃避し始めたのです。それはつまり、自分の時間を売って稼いだお金で「モノ」を所有するという豊かさよりも、個のつながりや体験の豊かさ、人の役に立つ何かを創造することなど、自分の時間の中で起きる「コト」の充実に価値を求める人が増えたということ。人間性を中心とした社会の再建に向かう潮流ですが、そこで、広告とコピーの役割も変わってくるのは当然かもしれません。

「人を動かすコピー」の時代へ

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お話にあったような時代の変化と向き合う新しいコピー作りに、吉田さんのお仕事であるコミュニケーション戦略がどのような形で結びつくのでしょうか?
吉田
まず、かつては新しい視点やアイデアを的確かつ魅力的に「言い当てる」コピーが、モノを売るために機能したのに対し、今は「人を動かす」コピーがより重要になってきていると感じます。たとえばソーシャルメディアのハッシュタグ、あれは現代における究極のコピーだと思うんですね。ジョーク的に盛り上がるものから、社会的な動きを生み出すものまでさまざまですが、優れたハッシュタグは、多くの人の自発的な情報発信や行動を誘発し、それが人々の大きな動きにつながっていきます。
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「人を動かすコピー」は、ただ消費者に購買を促すだけでなく、次のアクションを促すということですね。
吉田
はい。今の広告コピーに重要なのは「それを通して人々が何かを発信できる素材」でもあることでしょう。今は誰もが、受け身でなく自ら発信できる環境を持っています。僕らがコピーを最終的に届ける相手は消費者ですが、今や彼ら自身がメディアでもある。今の生活者は情報や体験をただ「消費」するのではなく、自分に役立つものへと変えていく「仕入れ」、あるいは「投資」という感覚も持っています。その意味では、今までのようなB to Cの認識ではなく、B to B的な発想でメッセージを送り出す時代なのかもしれません。「人を動かす」とは、一つにはそういう意味です。
松原
資生堂は化粧品などモノを売るのはもちろんですが、「美」という大切な「コト」を提案しています。流行など変化していくものはありますが、つやつやした肌や美しい血色感など、求められるのはいつも普遍的な人間の美しさです。資生堂の宣伝制作に直接かかわる私たちは、そのあたりを日々深く掘り下げていくことも、鉱脈に当たる方法だと思います。人間の本質を深く探る、というようなことでしょうか。

コピーは「人の感情に寄り添えるか」が、何よりも重要

宮澤が関わったマジョリカ マジョルカ雑誌広告(2015年)宮澤が関わったマジョリカ マジョルカ雑誌広告(2015年)

今年20周年を迎えるベネフィーク(2016年)今年20周年を迎えるベネフィーク(2016年)

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宮澤さんは若手コピーライターとして活躍していますが、コピーを考える上で意識していることはありますか?
宮澤
以前、あるコピーライターの方のインタビュー記事で、「コピーライターは『矢印』を作る仕事」だというお話を目にしました。ちょうど「コピーライターって何だろう?」と、モヤモヤしていた時期だったのですが、ストンと納得できたのを覚えていますね。それ以降、コピーを考えるときは、「人の心を動かす矢印」になっているかを意識するようになりました。
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まさに、先ほどの「人を動かすコピー」とつながりましたね。
宮澤
はい。また、私の場合は、コピーを「作る」というよりは、「見つける」という感覚に近いですね。きれいに整えられた言葉よりも、自分のまわりにあふれている身近な言葉たちのほうが、強さを持っていることもある気がして。そうやって見つけたコピーが、以前、吉田さんがおっしゃっていたような「たくさんの人にバトンできる言葉」になれば理想です。
吉田
僕は実際にチームで仕事する際、よく「まず壁を作ろう!」と提案しています。人と人を隔てる壁ではなく(笑)、みんなで自由に意見を出し合い、肩を並べて眺められるボードのことです。そこに各自がいろいろなアイデアを持ち寄って貼りつけ、重ね合わせていくと、自然とみんなが同じ目線で、同じ方向を見て考え、創造的な力を合わせられるようになります。
松原
「コピー」「ビジュアル」「マーケティング」など、縦割りの体制でどこが決定権を持つかが大問題だったり、逆に全員納得の平均的な結果でつまらなくなったりするのとは異なるワークスタイルですね。ストラテジストとしては、いろいろな職能とつき合う中でコピーライターをどんな風にとらえ、協働なさっているのでしょう?
吉田
「いろいろな人の感情に寄り添える人」が、優れたコピーライターだと僕は思います。人を動かすのは「感情の力」です。事実を時間でつないで感情を注入すれば、ドラマが生まれます。ロジカルな戦略の骨格に人間的なエモーションの血を通わせることで、人が動く原動力になります。もちろんライターごとに持ち味や強みに個性があり、それによって僕らのとるコミュニケーション戦略は影響を受けます。その組み合わせはチームによって千差万別です。
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もの作りが集うチームの中で、クリエイティブ・ストラテジストの大事な役割は何でしょうか?
吉田
戦略とクリエイティブ、そしてロジックとエモーション。それらのダイナミックな化学反応の中から、今までにないコミュニケーションを作り出すこと。錬金術のような仕事です。絞り込まれた戦略の焦点から、クリエイターが思い切り飛び立って行けるようにインスピレーションを与え、彼らにとっての最高の仕事と、ブランドにとってのベストな成果を両立させることを目指します。

日本的な美の「言葉」を世界へ

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近年はコピーにもグローバル性が求められています。他言語圏でどう伝わるかも、より意識する必要がありそうですね。
吉田
以前にクリス・ライリー(世界的企業と協働するグローバル・ブランド&コミュニケーション・ストラテジスト)と、「日本人の感性や文化はもっとグローバルに発信して価値が発揮されるべきだ」という話をしました。日本は明治以降、海外から文化や価値観を大量に「輸入」し、上手に真似をしてきた。けれどこれからは、日本発で世界に共有できる魅力的な価値観に大きなポテンシャルがある、と。たとえば、写真でフォーカスの合わない部分をポジティブに捉えた「ボケ」という言葉。これは「このbokeが美しい」のように、海外でも共通語として使われています。こうした日本独自の美意識をうまく言語化、イメージ化していくのも今後の広告表現のチャンスだと思います。これほどまでに「温度」や「質感」が豊かな言語は、なかなかないですから。
松原
「コト」の価値は、言語を超えて共有できるのではないでしょうか? 情報があふれているいまの時代、コピーライターに必要なのは「エディティング(編集)」力だと思うのです。一つの価値を、さまざまなタッチポイントで魅力的に伝え、さらに人々が拡散してくれることを想定する、そんな俯瞰の目が必要な気がします。

過去の広告作品をまとめた『資生堂宣伝史』過去の広告作品をまとめた『資生堂宣伝史』

チームで作るコピーと「エディティング」する力

吉田
クリエイティブ・ストラテジストの仕事で大切なもののひとつに、「シナリオの構築」があります。これにはシンプルなアイデアから時間軸に沿って立体的な展開を構成する編集力、あるいは複雑な現象からシンプルな本質を抽出する分析力が求められます。たとえば、Googleの「さがそう。」というコピーは、シンプルでも力強い、優れたクリエイティブアイデアの起点になるものです。このコピーは、いろいろなものを探して進化してきた人類のDNAに、「さがすことは豊かになること」という情報が組み込まれていて、何を探すかがその人の生き方につながる、というインサイトに基づいています。社会やビジネス、人やブランドへの論理的な考察に、深みのあるインサイトと本質的な価値を語るマニフェストがうまく組み合わされば、コピーはシンプルになっていけると思います。
松原
背後にしっかりした議論や構成力があれば、一見するとシンプルなものにも強度が得られるということですね。そこでのストラテジストは、全体像を持っているファシリテーター的な立場でしょうか。今後は、横のつながりで得た意見やディベートが一層必要となってきますものね。
吉田
そう。僕もこれからの広告表現は単独のクリエイターによる個人作業で完結させてはダメだと考えています。制作現場で「みんなが入ってこられる空気感」を作ることが大切。その際、重要になるのがマニフェストなどでの価値観の共有でしょう。
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コピーライターの宮澤さんは、制作する中で「価値観の共有」の大切さを感じることはありますか?
宮澤
私たちはいま、吉田さんとともに、あるブランドのリニューアルプロジェクトを進めているのですが、ブランドの立ち位置や向かう方向を示すために、まずコンセプトを言葉でまとめました。それをお客さま調査にかけたところ、とても好評だったんですね。拠り所となる軸が定まったことで、チームの結束力も高まり、みんなで想いを共有しながら進行できています。後になって振り返ると、コンセプトだと思って作ったものが、実は「マニフェスト」でもあったのだと気づきましたね。
吉田
マニフェストはプロジェクトのエッセンスでもあり、感覚的なルールブックでもあります。全体をカチカチに固めはせず、でも芯は示すものにする。すると、たとえばCSR(企業による社会活動)の一環で行われるチャリティー企画など、いわゆるブランディングとは別の軸にある企画にも「こういう形でなら『らしさ』が出せるんじゃないか」と発想がつながり、一貫性のある展開をしていける。ブランドマネージャーからクリエイティブ・ディレクター、エージェンシー、店頭の現場までバトンを渡していくとき、併走してリズムを合わせていくような感覚も生まれましたね。
松原
私も吉田さんに教わったマニフェスト作りを核にしたディレクションを実践してみました。これを持つことで、マーケティング担当者やスタッフが同じ目標に向かうことができ、チームとしての結束感も高まりました。吉田さんをお迎えした成果が秋頃から徐々に世の中に出ていくので、私たちも楽しみです。
掲載日 2016年6月
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