ハナシ
石井美加(資生堂 プロデューサー)×ミヤケマイ(美術家)

ミヤケマイ×石井美加対談 アートが誘うホリスティックな美の体験

資生堂の「資生」は、中国の古典『易経』の一節、「至哉坤元 萬物資生(万物の根源は、大地から至る)」に由来している。自然の循環は、エコロジーを整え、ある調和、ある美を世界と人にもたらす。この思想を根幹に置くからこそ、資生堂は化粧品やアート、カルチャーを通した活動を続けてきたのだろう。

今年1月にリニューアルオープンした資生堂のフラッグシップストア「SHISEIDO THE STORE」。その4階にあるカフェ&コミュニティースペース「SHISEIDO THE TABLES」では、日本の生活文化や東洋的な思想を大切にした活動を展開しているという。同スペースのプロデュースに関わる資生堂の石井美加、そしてここでアートディレクション協力に携わる美術家、ミヤケマイに話を聞いた。

ミヤケマイ
ミヤケマイ
美術家。日本の伝統的な美術や工芸の繊細さや奥深さに独自のエスプリを加え、過去と現在、未来までをシームレスにつなげながら物事の本質を問う作品を制作。媒体を問わない表現方法を用いて骨董、工芸、現代アート、デザインなど既存のジャンルを問わずに天衣無縫に制作発表。大分県立美術館(OPAM)、水戸芸術館、Shanghai Duolun Museum of Modern-Art、POLA美術館、森美術館、世田谷美術館での展示及びワークショップのほか、村越画廊、壺中居、Bunkamuraギャラリーなどで個展多数。銀座メゾンエルメス、慶應大日吉キャンパス来往舎ギャラリーなど、企業や大学でもサイトスペシフィックなインスタレーションを手がける。2008年パリ国立美術大学大学院に留学。『膜迷路』(羽鳥書店/2012年)、『蝙蝠』(2017年)など4冊の作品集がある。2018年 SHISEIDO THE STOREのショーウィンドウのアートディレクターに就任。京都造形芸術大学客員教授。
石井美加
石井美加
プロデューサー。学習院大学大学院哲学科博士前期課程修了後、1994年資生堂に入社。販売会社、化粧品開発部、宣伝制作部、経営戦略部市場情報室を経て、2017年7月より現職。2015--2016年、サイエンス、テクノロジー、エンジニアリング、アートといった領域をデザインがつなぐプロジェクト「LINK OF LIFE」を企画・プロデュース。

若い人は、望んでいない自分として生きることに苦しんでいる。(ミヤケ)

『LINK OF LIFE エイジングは未来だ』展で展示した作品『真実の鏡』

『LINK OF LIFE エイジングは未来だ』展で展示した作品『真実の鏡』

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ミヤケさんと石井さんは、仲が良さそうにお見受けいたします。
ミヤケ
はい(笑)。でも、子どもの頃からの同級生、とかではないんです。2016年に(石井)美加さんが企画された『LINK OF LIFE エイジングは未来だ』展に出品したのが本格的な付き合いの始まりです。
石井
それ以前から(ミヤケ)マイさんの作品は何度も拝見していて、いつかご一緒したいと思っていました。仕事がら日本やアジアならではの表現って何なのだろう、と考えることが多いのですが、マイさんは襖絵、掛け軸といった和の世界を扱いながら、テーマへのアプローチも制作手法も常に進化しているし、新作ごとに違う驚きを受けます。その姿勢から学ぶ物事は、本当に多いです。
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『LINK OF LIFE エイジングは未来だ』展では、『真実の鏡』というタイトルの作品を発表なさっていました。
ミヤケ
作家と資生堂の研究者がチームを組み、それぞれに「サクセスフル・エイジング」をテーマにしたプロジェクト・作品を作ろう、という展覧会だったんですよ。

「よりよく年齢を重ねる」と聞いたときに私が思い浮かべたのは「自己受容性」という言葉でした。若い頃って、肌もキレイで、未来もあって、親元に暮らしている人であればお金にもそう苦労はしないのに、なぜか生きることにしんどさを感じる人が多い。私は、その理由のひとつが「自己受容性の低さ」なのではという仮説を立てました。
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というと?
ミヤケ
つまり、若いと自分はこうあるべきだ、こうなるはずだという親や友人からの同調圧力にかかりやすくて、自分が望んでいない自分として生きることに苦しみを感じている。もちろん歳をとれば肌は荒れてくるし、モテなくなってきたりして、好ましくないことも多くなる(苦笑)。

でも一方で、人生の先輩方は「40代はラクよ。50代って楽しいわよ」とおっしゃる。だとすれば、自分を取り巻いているいろんな呪縛から解放され、本来の自分を認められる、受容できるようになることは幸せなことなのでは、と思ったんです。
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「真実の鏡」と言えば、童話『白雪姫』の魔法の鏡ですね。物語の中で、女王は自分が年老いていくことに恐怖を抱いていました。
ミヤケ
まさに、それです。作品について説明すると、まず展示空間に大きな鏡があって、そこに知らない人の姿が映っています。鏡の前に置かれたPCに向かって、体験者は鏡の中に映る人について「結婚していると思いますか?」「子どもがいるとしたら何人いると思いますか?」「何色のパンツを履いていると思いますか?」といった50くらいの質問に回答します。

それを終えて先に進んでいくと、また別の鏡がある。じつはそこにカメラが隠されていて、体験者がにこっと笑った瞬間に人工知能が察知しシャッターがおりる仕掛けになっている。
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その写真はもしかして、最初の鏡に映っていた人ということですか?
ミヤケ
そうです。そして知らず知らずジャッジする側から他人にジャッジを下される側にまわっている。その査定結果に対して、後から自分で「合っている」「合っていない」を判定していくことで、自他の認識の隔たりが明らかになる。

それに応じてステッカーをもらえるようになっていて、衣服に貼って会場を歩いていると、来場者同士で会話やアイコンタクトといったコミュニケーションが生まれる仕組みにしました。客観性はコミュニケーション無しには存在し得ないので。この他に、自分の特徴によって異なる香りが吹き付けられた封筒に結果を入れお土産として持ち帰ることもできるようにしました。
石井
その香りは資生堂のグローバルイノベーションセンターの研究員と一緒に開発していただきました。5日間という短い会期の展覧会だったんですが、約4000人の来場者があり盛況でした。

アーティストは、壁を超えるプロの脱獄囚みたいなものですから(笑)。(ミヤケ)

石井
今ミヤケさんがお話くださったプロジェクトは、参加した資生堂社員も日々の仕事では働かせることのない哲学的な頭の使い方のトレーニング、マイさんのようなアーティストが身につけている思考法、完成形に導くための解決法を学ぶ機会となりました。
ミヤケ
他のチームは「食べ物を発酵させて、その音を聴く」という作品を発表していましたが、オペレーションの難易度、衛生面などのハードルが高いので、どれも普通の美術館ではなかなか実現できない内容です。公立美術館でもできない実験的な試みが、むしろ企業の力を借りて実現できたことに驚かされました。
石井
マーケティングでは、ターゲットとなる顧客層を想定し開発を進めていきますが、このときはターゲットを絞ることはまったくありませんでした。アートという枠組みを通せば化粧品のメインユーザーの女性だけでなく、子供から大人まで楽しめる。

それは展覧会にいたるプロセスにおいても同様で、普通だったら「これはできない」と断念してしまうことも、アーティストであるマイさんは知恵や経験をフル稼働させて乗り越えたり、思いもしない方法で別の道を見出していく。それに影響されて、弊社の参加者たちも自信をもって前のめりに動くようになっていきました。
ミヤケ
アーティストは、壁を超えるプロの脱獄囚みたいなものですから(笑)。「壁がダメなら下を掘るまで」というふうに生存本能を働かせて回避、解決しようとする生き物なんです。
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見えないもの、かたちのないものを掬い上げて作品に転化していくというのは、ミヤケさんの作品にも共通することだと思います。また、資生堂が取り組む「美の提案」という価値の創造もまた、必ずしも可視化されない社会的な概念に関わっています。
ミヤケ
資生堂さんは、日本の文化史をリードして守ってきた企業だと思います。例えば私の祖母の時代だと『花椿』は最先端で、その下の母の世代にも「花椿信仰」みたいなものが受け継がれています。同時代のアーティストやデザイナーと深く関わりあう、リーディングエッジな企業というイメージが私の上の世代にはありました。でも、そのあたりが最近は他社との差異が昔ほど開いている感じはしなくなっている気がしてました。

ところが、美加さんが提案してくださった企画はラグジュアリーやゴージャスさとは別の、エンジニアリングやフィロソフィーに意識を向けた内容で、もう一度本質的でリーディングエッジなものを資生堂は切り拓いていこうとしているんだという感触を感じました。本来の資生堂らしさって、今の時代、社会がどこへ向かっているのかを示唆する姿勢にあると思うんです。
石井
せっかく何かをやるなら、誰もやらないこと、まだ誰もリサーチしたことのないものに挑戦したかったんですよね。

お客さまが密やかに資生堂に求めてくださっている何かをかたちにするのが、「SHISEIDO THE TABLES」のチャレンジです。(石井)

SHISEIDO THE STORE外観の様子(撮影 : Takumi Ota)

SHISEIDO THE TABLESの様子(撮影 : Takumi Ota)

店内のテーブルのモチーフにも椿があしらわれている(撮影 : Takumi Ota)

植松永次の作品『空に舞う』が展示されたウィンドウギャラリーの様子(撮影:繁田 諭)

植松永次の作品『収穫』が展示されたウィンドウギャラリーの様子(撮影:繁田 諭)

ウィンドウギャラリーに展示された後、『釜山ビエンナーレ』に出展したミヤケマイの作品『西王母の庭』

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今日、お話を伺っている「SHISEIDO THE TABLES」(総合美容施設「SHISEIDO THE STORE」4階に新設されたカフェ&コミュニティースペース)にも、ミヤケさんと石井さんは共に関わっていますね。
石井
このビルが建っているのは資生堂創業の地。弊社にとって重要な場所です。ここにこれまでにない機能をもつフロアを新設するのですから、他とは違うメッセージを発していく必要があると感じていました。

全体の外装・内装を担当していただいたnendo/onndoさんは、花椿のシルエットのモチーフや化粧品に使うマテリアルを多用されています。
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テーブルの足の曲線も花椿風で、驚きました。
石井
お店の内装が完成して、私が最初に抱いたのはお寺のような雰囲気でした。外の雑踏から距離を置いて、西洋的な都市の明るさとも違う空気感がある。資生堂の哲学も、東洋思想と西洋医学を結びつけるものです。カフェスペースも日常の空間とは違った体験を味わえる場にしたいと話し合っていたところ、ウィンドウアートのパートナーとしてマイさんのお名前があがりました。
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ミヤケさんがテーマにされている陰陽五行の世界観とSHISEIDO THE STOREについて教えてください。
ミヤケ
最初は世界を構成する要素である木火土金水(もっかどごんすい)を示す「五行」を「5つの季節」として提示しようという話でしたが、東洋の成り立ちを考えると五行だけでなく陰と陽も欠かすことはできないと考えました。

これは、異なる要素のあいだで還流していく大きな流れを意識する考え方ですから、「SHISEIDO THE STORE」の中にあるウィンドウギャラリー、そしてカフェ&コミュニケーションスペースが連動することで、ある世界観を構築させることに意味があると思ったんです。
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お店では、それらをテーマに実際にどんなことをされてきたのですか?
ミヤケ
「木」がテーマのときは、ギャラリーではトネリコを撮影する写真家の作品を鑑賞し、カフェでは野菜の根っこまで食べられるお膳を出す。店内の本棚も、ウィンドウの展示も木に関係するものがセレクトされてます。

2シーズン目の「火」を経て、つぎの「土」のシーズンでは、ローカリズムやプリミティブアートに関わるブックを並べたり、ウィンドウギャラリーでは陶芸家の植松永次さんに土の作品を展示していただきました。
石井
他の銀座の商業施設が基本春夏秋冬の4シーズンにクリスマスのような特別イベントを加えたサイクルで動くのに対し、ここにはもっと独自な時間の流れが感じられるよう「五季」にしようと企画チームで話し合いました。

資生堂は創業以来銀座に根をおろしてきた会社です。単純に季節や年月という時間感覚では区切れない、目に見えないさまざまな関係をこの街と人々と丁寧に結んできたのだと想像しました。そういったお客さまが今この時代に密やかに資生堂に求めてくださっているのではないかと思われる何かをかたちにするのが、「SHISEIDO THE TABLES」のチャレンジ。

ウェブマガジン「THE TABLES」でご紹介していますが、カフェのメニュー、本やグッズのセレクト、メイクアップレッスン、読書会、食のイベントなどの企画と運営は、いろんな方にご協力いただいて試行錯誤しながら進めています。ミヤケさんがおっしゃってくださったように、世の中の変化を捉えてお客さまのライフスタイルの半歩先を提案でき、大事な価値をちゃんと守るという姿勢を大切にしたいですね。
ミヤケ
「木」では、私がウィンドウギャラリーを担当したのですが、根付きの植物を板の間に挟んで、押し花ならぬ「押し木」みたいなものを作りました。そこで使われている椿や松はすべて常緑樹で、冬枯れすることなく長く繁栄しますように、という祈りの意味を込めています。

椿はもちろん資生堂のシンボルですし、松は神が降臨するのを待つから「まつ」と呼ばれているように、神と関連した樹木です。例えば能舞台の背景に松林が描かれているのはそういう理由で、日本人にとって木、そしてそこから作られる紙はとっても縁深いもの。
石井
「木」のシーズンを終えた後に印象的だったのが、展示していたミヤケさんの作品が大分県立美術館の企画展「アート&デザインの大茶会」にも巡回して展示されたこと。そして、今度は韓国の釜山にも移っていきますよね?
ミヤケ
『釜山ビエンナーレ』期間中、釜山市美術館でボタニカという企画展に出させていただくことになりました。
石井
通常はワンシーズンで終わってしまうウィンドウアートが、その常識から離れて旅するように息づいていく様子は、ミヤケさんが大事にしている世界観、流動性を体現しているように思うんです。

「SHISEIDO THE TABLES」でも、古来種野菜の一生を食べる体験、1冊の本を皆で味わう体験、プロからメイクアップアドバイスを受ける体験、最先端の美のサイエンスをお試しいただく体験......なんらかの入り口からお客さまがこれまでとは異なる美の体験に興味をもって参加してくださって、気づいたことをメモや写真で日常に持ち帰って、自宅でまた試したり周りの方にお話ししてくださったり。そしてまたご友人と一緒に来店してくださるという流れが起こりはじめています。
ミヤケ
一度使ったら全部捨ててしまうっていうのは、やっぱり美術家としては抵抗ありますから、この一連の流れはとても幸運で、ありがたく思ってます。お金があるから、作って捨てちゃえばいいんだよ、で思考を止めるのではなくて、その次にも考えを広げていきたいですよね。あらゆるものには、それを必要としている人が必ずいるんです。

海外のように、ゴミ削減に熱心な企業の課税率が下がるといった制度が日本には残念ながらありません。でも、みんな心の隅っこのほうで大量生産・大量廃棄が続く社会に罪悪感を感じて、疲弊している。そういった心や社会のねじれを変えていく指針を、アーティストとして示していきたいです。
石井
「SHISEIDO THE STORE」が大事にしているのは、どれだけお客さまの肌、身体、心に寄り添って対話できるか、美しく生きるための手立てを提案できるか、というコミュニケーションです。それはマイさんが嗜んでいる茶道の世界にも似ていて、信頼関係を結ぶことで、お互いに高め合うことを理想としているように感じます。

フラッグシップストアの空間で私たちが行おうとしていることは、世の中の大きさと比べれば些細なこと。でも、ここで心新らたにお客さまや、マイさんなどパートナーの方々と一種の家族的な関係を結んでいくことが、よりきめ細やかに美や知を提供するための一歩になるのではないでしょうか。
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