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Package Design 資生堂が日本酒をデザイン? 岩手の空気を詰め込んだ1年越しのプロジェクト

 酔仙酒造「氷上よんまる」純米大吟醸 酔仙酒造「氷上よんまる」純米大吟醸

Comment

日本酒×資生堂の意外なコラボ。始まりは震災の復興支援活動だった

--資生堂クリエイティブ本部で、日本酒のパッケージデザインという意外なフィールドを手がけられたそうですが、どのように始まったプロジェクトだったのですか。

廣川:今回ご一緒させていただいたのは、1944年の創業以来、岩手県の南東部、気仙地方の陸前高田市で代々酒造りをされてきた酔仙酒造さま。2011年の東日本大震災で蔵や社屋などがすべて流される、大変甚大な被害を受けました。それでも保管していたわずかな酵母を使って、震災があったその年のうちに隣の大船渡市で酒造りを再開されました。

もともとは資生堂のCSR部が、陸前高田で行っていた復興支援活動をきっかけに酔仙さまと知り合いました。それから一緒に何かできないかと、クリエイティブ本部の私たちに声がかかったのです。ビジネスではなく、ボランティアという枠組みから生まれたプロジェクトでした。

--蔵元からは、どんな希望があったのでしょうか?

廣川:首都圏で販売できる、特別な席のための祝い酒をつくりたいというお話でした。また、陸前高田市と大船渡市にまたがる「氷上山」という山の名前をつけたいというお話もありました。

小林:氷上山は気仙地方でとても大切にされている存在で、酔仙さまはずっと氷上山の伏流水でお酒をつくっていました。それは、震災を経て陸前高田から大船渡に移ってからも変わりません。大切な「氷上」の名前を冠したお酒をいつかつくりたいという思いが、以前からあったそうです。

--普段のお仕事とはまったく違ったフィールドですが、まずどんなことから取り組まれたのですか?

廣川:2017年の4月にお話をいただいて、5月に岩手の酔仙さまを訪ねました。お会いした蔵人の三浦さんは、酒造りへの情熱と、良いものをつくりたいというこだわりを強く持つ方で「見たことのないものをつくってほしい」と言われました。市場リサーチを踏まえつつ、元々の酔仙さまのお酒持ち味であるおおらかさを活かした、個性的な佇まいのデザインを目指すことをご提案しました。

現地で感じた素朴さや温かみ、力強さといった感覚を大切に「岩手らしさ、氷上らしさを第一に考えたデザイン」「素朴な佇まいでありながら個性的であること」、そして「Made in Iwateであること」をベースとし、完成まで約1年という長い時間をかけて丁寧に試行錯誤を重ねていきました。

酔仙酒造のスタンダードな大吟醸酔仙酒造のスタンダードな大吟醸

氷上神社氷上神社

完成したボトルのデザイン完成したボトルのデザイン

ボトルに印刷されているグラフィック。左上の「氷上」の文字は氷上神社に掲げられているものを拝借した ボトルに印刷されているグラフィック。左上の「氷上」の文字は氷上神社に掲げられているものを拝借した

グラフィックで拝借した「氷上神社」の文字グラフィックで拝借した「氷上神社」の文字

「氷上山によんまる」と読むロゴマーク「氷上山によんまる」と読むロゴマーク

自然とともに生きる。シンプルなデザインに隠された物語

--その結果でき上がったのが、透明なボトルにコルク栓というパッケージ。日本酒としてはあまり多くないデザインですね。

廣川:お酒そのものの自然な色が見えるよう、着色せず透明のままのボトルにすることをご提案しました。普通は澱などが浮くこともあるので透明なボトルはあまり好まれないそうですが、酔仙さまは品質に自信があり、着色せず透明のままのボトルが実現できました。

小林:コルク栓は、日本酒造りの常識では品質管理の点から難しいとされていますが、ご相談した結果、工場の方の調整によって見事実現しました。

ボトルに直接印刷された正方形のグラフィックは、シカやタコ、サル、ヘビなど、氷上山を取り巻く環境に生きる動物たちの影を描いています。印刷の色は、お酒造りに使用されている米の色に合わせようと、実物を取り寄せて比較しながら決めました。

--切り絵のように生き物たちを描くというアイデアは、どこから発想したのですか?

小林:三浦さんは農家でもあって、この日本酒を醸造する酒米も三浦さんがつくったものです。お酒造りは冬の仕事なので、夏場は農業をして、冬は蔵に入り、春になるとまた農業に戻る。そんな自然とともにある生活を視覚化したいと思い、氷上山の伏流水によって生かされる命の象徴として、動物たちを描こうと思いました。グラフィックの一部に織り込まれている「氷上」の字は、氷上神社に掲げてある文字をそのまま拝借しています。

廣川:東北地方には、自然や目に見えない神秘的なものを大切にする心が息づいていると思います。それはデザインに活かしたいと考えていました。図案は小林が手描きの味を活かしつつ、何度も調整を重ねました。手作業で描かれた図案は、手作業で行われる酒造り・米づくりとの連動性も意識しています。

小林:氷上の動物たちが最も美しく、神秘的に見える佇まいを実現したくて。ごく薄い和紙でボトルをくるんでいるのですが、和紙が透けることで、影絵のように動物が浮かび上がる。これによって、氷上の自然の豊かさや奥深さを、感覚的に理解してもらえるのではないかと思っています。

--その和紙も、現地の和紙屋さんのものを使っているそうですね。

廣川:Made in Iwateにこだわって現地の紙を探していたところ、東山和紙さんという800年もの歴史ある和紙屋さんが近くにあることを知りました。パッケージ用の和紙は、一関市の指定無形民俗文化財である粕紙(かすがみ)を基本に、オリジナルで製作していただいたものです。原材料である楮(こうぞ)は繊維が長い植物のため、薄く強度のある紙ができました。

100%自家栽培の楮のため、和紙も自然に任せた色に。楮紙に表皮の黒皮片を散らした模様紙の質感をそのまま活かせるよう、印刷はせず、ロゴマークだけを入れました。

--ロゴにはどんな意味が込められているのでしょうか?

小林:「精米歩合が40%なので、ロゴマークには4つの丸を使いたい」というイメージが、もともと酔仙さまにありました。それを活かし、4つの丸の上に氷上山のモチーフをのせています。

廣川:包装は工場の方が一つひとつ手作業で行っています。直接工場の方と二人三脚で、ロゴの印字方法や糊の選択といった細部まで、相談しながら丁寧に進めていきました。普段の資生堂のパッケージ制作は、大量生産のため多くの人や工場が関わりますが、今回は少量生産で関わる人も少人数。ほぼ手づくりならではの貴重な経験ができたと思います。

岩手のものづくりへの真摯な姿勢に学んだ1年間

--このデザインにたどり着くまでに試行錯誤を重ねたとおっしゃいましたが、最終的な決め手は何だったのでしょうか?

小林:一番素直なデザインだったからだと思います。余計な味つけはせず、山や海に住んでいる生き物を描く、お米の色を使う、神社にある文字を使う。必要な要素がシンプルに、違和感なく同居できたのがこの案でした。言葉であれこれ考えるより、現地の方々と一緒につくり上げたところが大きかったです。

--制作に約1年かけたそうですが、季節が一巡りするというスパンも重要だったのかもしれませんね。

廣川:そうですね。今回のプロジェクトは地域性が大事だったため、地域への理解を深めるフィールドワークがデザインプロセスのなかでとても重要でした。工場、神社、畑などを視察し、人と話をするなかでデザインのヒントを集めて持ち帰り、要素を分解して検討する。これを繰り返しました。

時折メールやFacetimeで打ち合わせする際には、酔仙さまが作物の成長や季節感、お酒の機嫌を教えてくれたり。お酒がベストな状態で出荷できるまで発売を待つことも、決められた発売日どおりに出荷する普段のプロジェクトとは違ったライブ感がありましたね。

--商材もプロセスも普段とはまったく違うプロジェクトでしたが、あらためて感想はいかがでしたか?

小林:とにかく見ること聞くこと、すべてが新鮮でした。米づくりから醸造、和紙づくりの職人さんとの包装紙の制作など、さまざまな工程に現地の方々と一緒に取り組ませていただいて。田植えも少しお手伝いさせていただきました。そのおかげで、自分の普段の視点ではなく、土地の人と同じ目線でものづくりに参加できたことが、とても面白かったです。

--普段のお仕事に活かせる発見などはありましたか?

小林:明るく仕事するって大事だなと思いました。酔仙の職人さんたちは、みなさんとてもポジティブで、前に前にという雰囲気がありまして。自分の普段の仕事でもルーチンワークにせず、一つひとつ明るく前を向いてやろうと感じさせられました。

廣川:このお酒には、酒造りにかけた彼らのプライドと、岩手の人々のものづくりに対する真摯な姿勢が詰まっています。それをビジュアル化することで、その思いをより多くの人に伝えるお手伝いができていたとしたら嬉しいです。

田植えをお手伝いしている小林氏田植えをお手伝いしている小林氏

酔仙酒造の方々と資生堂メンバー酔仙酒造の方々と資生堂メンバー

蔵人の三浦さん蔵人の三浦さん

酔仙酒造の蔵人・三浦さんからのコメント

いまから19年前、母が癌になったことがきっかけで、神奈川から岩手へ引っ越してきました。食の大切さにあらためて気づき、自分たちで安心安全な野菜、米をつくろうと農業を始めました。もともと自然が好きで、幼少期から山で一日を過ごしていたような自分には天職だったのかもしれません。

農業は自然が相手なのはもちろん、微生物のことまでよく理解しないとうまくいかないと気づき始めた頃、酒造りのお話をいただきました。同じ微生物を利用して生産するお酒に、農業との共通点を見出し勉強させてもらうことにしました。

そこから約10年、先輩方にお酒造りをみっちり教えていただきました。その間自分なりに、こうしたら美味しくできるんじゃないか、工程をこうすれば違った味になるのではないかといろいろ実験していました。

そんななか、先代の杜氏に自分の酒をつくりたいと申し出たところ「気がすむまでやってみろ」と言っていただきました。5年くらい前のことですが、昨日のことのように覚えています。一番下っ端の身分でいきなり酒をつくりたいと言って、許してくれた杜氏の心意気がとても印象的でした。

でもいざつくってみたところ、うまくいかないことだらけでした。スパークリング500本、丸ごとパァにしたこともありました(笑)。

資生堂さんと「氷上」をつくり上げた1年間は、長いようであっという間でした。普段、別の領域のプロと接することがあまりない私にとっては、とても貴重な時間でした。仕事との向き合い方について、あらためて考えさせられる時間でもありました。

醸造については徹底的にこだわろうと、お米から自分でつくりました。じつはいま、自分たちが栽培したお米を使用してお酒をつくる酒蔵はとても少ないのです。最終的にでき上がる酒質を想像しながら、特別な栽培方法で約6か月かけて育てたお米を40%まで削り、徹底した低温管理のもとでお酒をつくらせていただきました。

「氷上」は純米大吟醸なので、醸造にはとても気を使います。2か月近く昼夜問わず面倒を見なければならず、うまくいくかどうか不安との戦い。お米、微生物をとことん信じきって過ごした2か月間でした。失敗は人一倍経験しているので、まあなんとかなるだろうという気持ちもありましたが(笑)。

それでも、初絞りのときは緊張しました。出てきたお酒を飲んで、いままでやってきたことが間違っていなかったんだと確信したのは、いまでもはっきり覚えています。幸いにして、『全国清酒鑑評会』で金賞、『インターナショナルワインチャレンジ』でもブロンズを受賞することができました。

ひとつの商品に何人ものプロ、職人が関わって、とても素晴らしいものができたことを、本当に嬉しく思っています。

Profile
廣川 まりあ(ひろかわ まりあ) Art Director / Designer
資生堂 クリエイティブ本部パッケージデザイナー。東京芸術大学美術学部デザイン科を卒業後、資生堂入社。これまでの主な仕事に、PLAYLIST、ブランドSHISEIDOなど。
小林 一毅(こばやし いっき) Designer
1992年滋賀県彦根市生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン学科を卒業後、2015年資生堂入社。現在資生堂パーラーのパッケージ、資生堂関連ビルのサイン計画を担当。2016年東京TDC賞受賞。TDC会員。
Credit
CD
山本 尚美
AD
廣川 まりあ(パッケージ)
AD
小林 一毅(グラフィック)
P
高嶺 祥子

クレジット表記について
  • ECD: エグゼクティブ クリエイティブディレクター
  • CD: クリエイティブディレクター
  • AD: アートディレクター
  • D: デザイナー
  • Copy D: コピーディレクター
  • C: コピーライター
  • P: プロデューサー
  • PH: フォトグラファー
  • PL: プランナー
  • ST: ストラテジスト

クレジットは資生堂 クリエイティブ本部のスタッフのみの掲載としております。

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