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2016年8月 雑誌広告<br/>ONE on ONE<br/>ゲスト:宮脇花綸(フェンサー)
2016年10月 雑誌広告<br/>ONE on ONE<br/>ゲスト:宇佐美里香(空手家)
2016年12月 雑誌広告<br/>ONE on ONE<br/>「いい顔」に迫る対談企画、最終回!
いい顔に迫る資生堂クロストーク「ONE on ONE」vol.2
澤 穂希 × 女優 二階堂 ふみ
「やるしかない」って前を向く
二階堂 昨年は結婚、引退と、大きな出来事が続きましたけど、新しい生活はいかがですか?
 現在は夫のいる仙台に引っ越して、主婦業をしながら、合間にいただいた仕事もさせてもらって、いいバランスでやっています。
二階堂 何か新しくはじめたりは?
 ホットヨガをはじめました。
二階堂 あ、私もヨガをはじめたんですよ! ホットじゃないですけど。
 私は新陳代謝がいいせいか、部屋に入っただけなのに、一人だけすごい汗をかいてます(笑)。
二階堂 さすがアスリート。でも、ずっと人生をかけてやってきたことをやめるというのは、すごく大きな決断だったんじゃないですか。
 やっぱり相当悩みました。普通にプレーするだけであれば、あと何年かはできたと思うんですけど、自分の中にこだわりがあったんですよ。現役でやるからには、世界をめざしたいって。でも、昨年のワールドカップを終えて、「もういちど心と体を一致させて、リオのオリンピックをめざせるか?」と自分に問いかけたとき、難しいと思ったんです。ただ、ほんとにやりきったので、悔いはないです。「最高のサッカー人生でした」と、自信を持って言えます。
二階堂 じゃあ、ポジティブな決断だったんですね。
 そうですね。次へのステップという気持ちもありましたし、人生全体で見たら、セカンドライフのほうが長いから、これからはいままでできなかったことにいろいろチャレンジしたいと思っているんです。
二階堂 そのひとつがヨガであったり、仙台での新生活であったり。
 正直、最初はやっぱり喪失感、空虚感があったんですよ。でも、少しずつ穴が埋まってきている感じです。黙っていても毎日は来るわけで、人生、できるだけ楽しく過ごしたほうがいいじゃないですか。私は昔から何でもポジティブに考えるほうなんです。嫌なことや、苦しいことがあっても、すべて受け入れちゃう。逃げるともっと苦しくなるとわかっているから、「やるしかない」って、前を向くんです。そうすれば次に行けるから。
みんなが自分らしくいられるように
二階堂 澤さんみたいなポジティブなキャプテンがいると、チームメイトも前向きになれそうですね。
 いろんなタイプのキャプテンがいますけど、私はけっこうマイペース。プレーで引っ張るタイプでした。言葉も大切ですけど、結果を出すことも大事。チームがしんどいときに得点を取れば、いちばん説得力がありますから。
二階堂 それって、自分にプレッシャーがかかりませんか。
 私の場合、それが楽しいんです。「結果を出してやろう!」と思うと、ワクワクしてくる。相手が強ければ強いほど、試合会場の雰囲気がアウェーになればなるほど、モチベーションも上がるんです。ブーイングを受けても、それが自分たちへの応援に聞こえるぐらい(笑)。
二階堂 すごい! だから、あんなにいい顔でプレーされてたんですね。
 とくに2011年のドイツ・ワールドカップのときは、みんな楽しんでプレーしていたと思います。試合ごとにチームがひとつになっていく実感がありました。
二階堂 それまで私、スポーツを見て興奮することって、あまりなかったんですけど、あのときは、言葉にならないぐらい感動しました。
 ほんとですか。ありがとうございます。
二階堂 キャプテンとして、監督とはどういう関係だったんですか。
 選手の思いをまとめて監督に伝えるということはしてました。連戦やハードな練習が続くと、みんな体も心も疲れてくる。でも、選手から監督に「疲れた」とはなかなか言えないじゃないですか。だから、私が代表して監督のところへ行って、「みんなこう思ってますよ」と伝えるんです。
二階堂 監督と選手の仲介役みたいなことですね。
 それほど意識はせず、自然にやってた感じですけどね。ベテランになると監督とも話しやすくなるし、とくに佐々木則夫監督は、選手の意見をちゃんと受け入れてくれる方でしたから。
二階堂 私も、台本で自分の名前が最初にあるとき、ちょっと座長みたいな気持ちになることがあるんですよ。誰かに言われるわけでもないんですけど、そういうときは、現場で起こるすべてを把握しようという気持ちになります。俳優としてこうやりたいということだけじゃなくて、監督、カメラマン、録音部、照明部、それぞれの意見を受け入れて、ちゃんとできるのがプロであり、座長なのかなって思うんです。
 そういう意味では、映画もスポーツも似ているところはあるのかもしれませんね。スポーツチームも、20人いれば20通りの意見があるから、ひとつにまとめるのが難しいときもあります。できる、できないはともかく、みんなが自分らしくいられるように、なるべく話を聞くということはしていましたね。
二階堂 ワールドカップで優勝して、まわりの見る目が一変した面もあったと思うんですけど、そこはどう感じました?
 女子サッカーってずっとマイナースポーツだったし、いまでもまだそういう部分があると思いますけど、私が子どものころなんて、「女の子がサッカーをやってる」というだけで、ものすごく珍しがられたんですよ。でも、ワールドカップで優勝してからは、ほんとにガラッと変わりました。すごく注目されて、環境もよくなったし、サッカーをやっている子たちに、「世界」という目標がハッキリした。それはよかったと思うんです。でも、何でもそろいすぎて、ハングリー精神もなくなってきているのがちょっと心配です。今年は残念ながら予選で負けてしまって、オリンピックには出られませんけど、この経験をバネにして、きっともっと強いなでしこになって帰ってきてくれる。そう信じています。
新たなステージも全力で
二階堂 私はこの仕事を12歳からはじめて、今年でちょうど10年。もうすぐ22歳になるんですけど、澤さんにとって22歳って、どういう時期でした?
 私は、そのころアメリカにいましたね。19歳で大学をやめて、アメリカのプロリーグに挑戦したんです。最初、母には反対されたんですけど、私が「やっぱりアメリカで勝負したい」と言ったら、「チャンスの波に乗りなさい」と送り出してくれました。私は迷うたびに、いつも「人生は1回しかない」と考えるんです。やらないで後悔するより、やって後悔したほうがいい。悩むってことは、やりたいっていうことでもあるから、やるほうに懸けるんです。たとえば、ショッピングでも、「ほしいけど、どうしようかな?」って悩みますよね。でも、そのとき買わないと、次に行ったときは、もうなかったりするじゃないですか。
二階堂 そうなんですよね。洋服とか。
 だから、私はすぐ行動に移しちゃうんです。
二階堂 アメリカでの経験は、そのあとの人生にも影響していますか?
 すごく大きかったですね。最初は英語もわからないし、ビザの問題でお金も稼げない。何もかも自分でやらなきゃいけないから、生活はすごく大変でした。でも、私って追い込まれると、力が出てくるんですよ。手伝ってくれる人がいなければ、何でも自分でできるようになる。メンタルも強くなりました。
二階堂 もともと強かったのが、さらに。
 こう見えて、もとはけっこう人見知りする性格だったんですよ。アメリカに行って変わったんです。たとえば、日本でジョギングしていて、すれ違った人に「元気?」と言ったら、「えっ、だれ!?」みたいな感じになっちゃうじゃないですか。だけど、アメリカだと、普通に「ハーイ!」と言いあう。パーティに行っても、ぜんぜん知らない人同士で、気さくにおしゃべりする。そういう雰囲気の中で、自分から積極的に話しかけるようになって、性格も変わっちゃったんです。
二階堂 へえ、そうだったんですね。以前、澤さんの本を読んで、私すごく共感したんです。「大好きなサッカーなんだから、楽しもうよ」というお話と同時に、「プロサッカー選手であるわたしにとって、サッカーは『仕事』です」とも書かれていましたよね。私も映画が好きで、俳優として表現することは楽しいんですけど、それだけじゃなくてプロとしてのあり方も考えなきゃいけないと思うんです。カメラには、その俳優の生き様のようなものも映る気がして。私はサッカーの専門的なことはわからないですけど、グラウンドに立っている澤さんの姿には生き様を感じました。だから、ものすごく心を動かされたんだと思います。
 そう言われると、照れちゃいますけど、私は何事も全力でしかできないんですよ。試合はもちろん、練習でも120%。いっさい手が抜けないんです。だから、オフで遊ぶときも120%でした(笑)。
二階堂 じゃあ、いまは結婚生活や旦那さんに対して120%ですか?
 全力でやってるつもりなんですけど、まだまだですね。料理、洗濯、掃除だけで手一杯。もし子育てまで入ってきたら……と思うと、もう世の中のお母さんたちをリスペクトしちゃいます。実家にいたころ、洗濯物をポイッと投げて、「ご飯まだ?」とか言っていた自分が恥ずかしくて、最近、母親に電話して「ありがとう」って言いました。
二階堂 いいお話ですね。
 母は「どうしたの? 改まっちゃって」と言っていましたけど、ほんとにいろんな人に支えられていたんだなって思います。
二階堂 第二の人生も、やっぱり全力で。
 現役のときとはまた違うステージで、チャレンジしたいですね。4年後には東京オリンピックも来ますし、なでしこが金メダルを獲れるように、何でもするつもりです。もちろん、サッカーだけじゃなくて、スポーツ界全体がいい方向に行くように、私なりに活動していきたいと思っています。