第17回 shiseido art egg/審査結果

審査実施報告

第17回shiseido art eggの入選者は、応募総数351件のなかから以下の3名に決定しました。

入選者3名は2024年1月~5月(仮)に資生堂ギャラリーにて個展を開催します。

審査概要

応募受付:  2023年6月15日~2023年6月29日
応募総数:  351件
審査員:  伊藤 俊治(美術史家/東京藝術大学名誉教授/資生堂ギャラリーアドバイザー)
光田 由里(美術評論家/資生堂ギャラリーアドバイザー)
資生堂ギャラリーキュレーター、学芸スタッフ

審査員所感

*コメントはポートフォリオ審査の時の情報に基づいています。

伊藤 俊治(美術史家/東京藝術大学名誉教授/資生堂ギャラリーアドバイザー)

第17回shiseido art eggは前回を上回る応募があり、内容的にも甲乙つけがたい優れたプロポーザルが多く、作品の質や方向も大きく変わってきている印象を受けた。

発表の舞台となる資生堂ギャラリーは地下空間にあり、高さは5メートルを超え 、奥行きも深い。入口から降りると下階を見渡せる導入の踊り場があり、そこから階段を経て大小二つの展示室が広がる。こうした連続する複数の空間を有機的に繋げ、観客の動きや移行に応じて構成してゆくことが不可欠になる。それぞれの空間特性を生かすアーティストの統合力や演出力が問われる場と言えるだろう。

しかも資生堂ギャラリーは〈新しい美と創造〉という理念を百年以上にわたり具現化してきた日本で現存する最も古いギャラリーである。そのような場で、アーティストのテーマやコンセプトが時代の価値観を反映し、生活を豊かにするヒントが孕まれているのかが試されることになる。

審査をしながら〈新しさ〉という言葉はもう死語になっているのではないかという思いが何度かよぎった。しかしこの3年半あまりのコロナ禍のなかで〈新しさ〉という言葉が生まれ変わっているのではないかとも考える。つまり〈新しさ〉はかつてのスタイル上の新しさから解放され、アートのフレームからも逃れ、生きることの経験の刷新を意味するようになっているのではないのだろうか。今回の応募作でも特に目立ったのは、神話や歴史、伝承や風土へ向かう流れである。舵を切り替え、これまでとは違う角度からそうした領域へ目を向けようとしている。再編された意識は日常を見直す契機となり、生きることの意味を再考する啓示になる。

2006年に始まったshiseido art eggはこれまで5500件以上の応募作品を集め、51名のアーティストが資生堂ギャラリーで個展を開催し、内外から高い評価を受けてきた。よく練られたアイデアをベースに、自律性の高い層状構造のスペースを駆使し、キュレーターとの緊密な連携の下、創造の実験を繰り広げてきた。その精神は受け継がれなくてはならない。美や知の伝達力が貧しくなってしまったこの時代に、アートと生の経験を喚起する大切な場として入選者たちの挑戦はこれからも続いてゆく。

光田 由里(美術評論家/資生堂ギャラリーアドバイザー)

パンデミックも落ち着きを見せて、わたしたちも新たなフレーズに入る。それにふさわしく、第17回shiseido art egg に興味深い多くの作品を応募していただくことができた。昨年より応募者が91名増えたことはうれしい限りである。今回も力作を寄せてくださった応募者の方々、そして応募広報にご協力していただいた方々に改めてお礼を申し上げたい。

今回まず気づいたのは、キャリアを重ねた作家たちが目立ったことである。海外で学びその地でも発表を重ねてきた方たちは、eggと言う言葉にあてはまるだろうかと思わないではなかったが、自分の方法を見つけ、ぜひ実現したい企画をもっての応募は、力強く感じられた。こうした作家たちが次のステージを考えるときに、このshiseido art eggがひとつの選択肢になるとしたら、それは光栄なことで、重要な役割をになうといえるだろう。

ついで印象深かったのは、地球環境の変化や気候変動に注目した作品が目立ったことである。例えば同じ時事問題でも戦争やテロのような破壊や殺人、暴力的な面を採りあげる例はとても少なかった。前者は、自然を志向し寄り添うか、問題提起するか、両方の要素の取り合わせにも注目した。一方で宇宙、古代、といったはるかな世界に視点を移した作品、生命、死を身近な家族から感じ取る作品も力作が目立った。応募作をテーマ別に分類するなどもちろんできないのだが、パンデミック後にわたしたちが共有する問題系がshiseido art eggにどう表れているかを粗描してみた。

メディア面からいえば、絵画の応募作が減って、映像が増えていく流れはさらに進んだ。ただ映像には、デジタル加工をより先鋭化するよりも、手仕事的な要素、物体的な要素と組み合わせる、いわばアナログ傾向が強まったと感じたのは、本展に限らない全体的な傾向かもしれない。

さて、3名の作家を選ぶのは毎年困難だが、今回もまたそうだった。社員審査員の方たちのたいへん的確なコメントと投票数を参考にしながら、ギャラリー担当グループとアドバイザー2名で議論を重ねた。重要ポイントは、新たな視点、新しい美。それらはおそらく一見して美しく見えるとは限らないだろう、惜しくも選外となった方々も、議論の動きから選ばれたかもしれなかった、またぜひ挑戦していただきたいです。

入選者

林田 真季 Maki Hayashida   会期:2024年1月30日(火)~3月3日(日)

写真

1984年 大阪府⽣まれ
2007年 関⻄学院⼤学総合政策学部卒業  
2023年 ロンドン芸術⼤学ロンドン・カレッジ・オブ・コミュニケーション MA Photography 在学
東京都拠点(ロンドン留学中)

主な活動
2023年 アルル国際写真フェスティバル LUMA Rencontres Dummy Book Award ⼊選
2021年 KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 「KG+SELECT」参加

ロンドンで学んで約 1 年、アートとしての photography の捉え方が大きく変わりました。同時に、photography というメディアがより好きになり、それを現代アートとして、また異文化の表現として向き合いたいという、制作活動の方向性が定まりました。その実践の場をまず資生堂ギャラリーで頂けること、本当に嬉しく、心より感謝申し上げます。ギャラリーを訪れる方々に何かしら新たな気づきのある展示をお見せできるよう、頑張ります。

林田 真季 Maki Hayashida   会期:2024年1月30日(火)~3月3日(日)
「Almost Transparent Island」シリーズより 2017-2019
「Almost Transparent Island」シリーズより 2017-2019
「Beyond the Mountains」  KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 展示風景 2021
「Beyond the Mountains」
KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 展示風景 2021

審査員評

伊藤 俊治
林田 真季の「Water & Mountains」は、イギリス沿岸部の過去のゴミ埋立地の現在の姿と、日本各地の大規模不法投棄事案を対比させ、新たな視覚的手法で見る者を現実に対峙させようとする。作家の狙いは見る者を「意図せざる結果」の法則と向き合わせることである。「意図せざる結果」の法則とは、人間社会の行いが常に予期せぬ結果をもたらすということであり、その法則は自明な真実の多くがそうであるように絶えず見過ごされてきた。私たちの社会が自然に繰り返す作用や影響を再考し、大量消費社会の負の側面であるゴミ処理や不法投棄といった環境問題を精査し、観客を問題の核心へ導いてゆく。コンセプチュアルな空間構成と写真独自の記録性を融合させるフォト・インスタレーションによる持続的な「意図せざる結果」の検証である。

光田 由里
林田さんの経歴を見ると、美術の専門教育をロンドンで受け始めたのは昨年からのことらしい。とはいえ10年ほど前から写真制作を自ら着手してきたこともわかった。環境問題に目を向けて、写真と映像を使ってそれを浮かび上がらせていく彼女の作品には、方法の独自性が印象深い。作家はかなりの速度感をもって、自分の語り方を掘り下げてきたようだ。ドキュメンタリーでありながら、詩のような、絵解きのような手つきで、インスタレーションのありかたを模索している。アーティスト活動の前に、どのような蓄積があったのかをうかがってみたい。提出された案がどのように実現されるかを楽しみにします。

野村 在 Zai Nomura   会期:2024年3月12日(火)~4月14日(日)

彫刻・写真

1979年 兵庫県生まれ
2009年 ロンドン大学ゴールドスミス校 MFA取得
2013年 武蔵野美術大学造形研究博士後期課程 造形芸術専攻作品制作研究領域修了
兵庫県在住

主な活動
2021年 「Echoes」Ulterior Gallery、ニューヨーク
2017年 「canʼt rewind it -巻き戻せない-」双ギャラリー、東京

100年を超えるShiseido Galleryの歴史に参加出来ることを大変光栄に思います。同時に、繰り返される紛争や疫病、人種間の深い溝や大規模な気象変動と共に歩んでいくこれからの100年は、私たちの日々の些細な選択に大きく委ねられていることも実感しています。いつしか人類が宇宙人と出会うその時に、年齢や国籍、性差や外見に囚われない、平らかな存在として対話ができるよう願いながら、少しでもこの展示を良いものにしたいと思っています。

野村 在 Zai Nomura   会期:2024年3月12日(火)~4月14日(日)
撮影:星野健太
「Soul Reclaim Device」 (“A portrait of my departed sister” ) 2018 水槽、水、インクジェットプリンター ギャラリーαM
「Soul Reclaim Device」 (“A portrait of my departed sister” ) 2018 水槽、水、インクジェットプリンター
ギャラリーαM
「A molding rain / CMYK」 2016 氷の雨、ポリカプロラクトン、台座、 キャンピングバーナー、鍋 gallery coexit-TOKYO
「A molding rain / CMYK」 2016
氷の雨、ポリカプロラクトン、台座、
キャンピングバーナー、鍋
gallery coexit-TOKYO

審査員評

伊藤 俊治
野村 在の「存在は死なない/存在は消えない、だから大丈夫。」は、複数の独立した作品や装置を巧みに構成し、生と死の狭間を行き来するインスタレーションとなる。「Colous」は、誰にも届かなかった手紙や読まれることのなかった日記を点字に置き換えた作品だ。そして1924年から2024年までに一般家庭で撮影された百年分の過去の肖像写真を燃やし、その光を抽出する「Onthological Biophoton-100years」、さらに水膜に写真を印刷する装置を使って世界の人々がネットを通じオンタイムで大切な故人の写真を印刷する「Echos Ⅱ」や旧式記録メディアの穿孔テープに人間のDNAデータを打刻し続ける「It's okay, the fact you exist will never fade, even if this universe will be gone」....過去、現在、未来という不可逆的な時間の流れが入り混じり、物質と精神が溶けあう新たな存在論の地平が提示される。(作品名はすべて仮タイトル)

光田 由里
亡くなった方のポートレートを水にプリントするという、野村氏が生み出す繊細なプリンターは、どのような像を見せてくれるのか楽しみにしたい。像、影像、イメージ、、、それが実体と実体でないもののあいだでどのように出現するだろう。この作品が提示するだろう多義的な意義が、水の中に落としたインク滴のように広がり、交錯することを期待する。そのためには、ほかの作品、空間インスタレーションを磨き込んで、思いきりやってほしいです。

岩崎 宏俊 Hirotoshi Iwasaki   会期:2024年4月23日(火)~5月26日(日)

映像

1981年 茨城県生まれ
2019年 東京藝術大学大学院美術研究科 先端芸術表現領域博士後期課程修了
愛知県在住

主な活動
2015年 「詩的図像学/岩崎宏俊 展」 東横イン元麻布ギャラリー、甲府
2021年 「Motion Studies: Five Contemporary Animators」Schick Art Gallery at Skidmore College、アメリカ 参加

まず、この機会を頂けたことに感謝いたします。パンデミックによって行動が制限されシンプルになっていく身振りの中で、私は追憶について考えるようになっていました。これに端を発した作品を、記憶を紡ぐ唐草模様を冠する資生堂のギャラリーで展示できることに縁を感じつつ、また同時にアニメーションという表現がギャラリーという空間の中でどこまでやれるのか、美術と交わり再考する契機になってほしいと思っています。この空間で何が起こるのか、今からとても楽しみです。

岩崎 宏俊 Hirotoshi Iwasaki   会期:2024年4月23日(火)~5月26日(日)
「DARK MIXER」 2014-2019  アニメーション インスタレーション
「DARK MIXER」 2014-2019 
アニメーション インスタレーション
「On Time Off Time」 2020 アニメーション
「On Time Off Time」 2020 アニメーション

審査員評

伊藤 俊治
岩崎 宏俊の「ブタデスの娘」は、大プリニウスの『博物誌』に記された絵画の起源にまつわる映像インスタレーションである。その記述によれば、コリントスの陶工ブタデスの娘が恋人の青年の旅立ちの際、ランプの光により投影された彼の影を壁に写しとめたことが絵画の始まりとされる。芸術の再現表象は人物を直接描くことではなく、その影をなぞり、写しとり、留めることから開始された。これはロトスコープという百年前に発明されたアニメーションのトレース技術を想起させる神話でもあるが、描くこと、写すこと、なぞることに関する本質的な問題を孕んだ、現代に直結する興味深いエピソードといえる。「ブタデスの娘」はこうした絵画とアニメーションの起源に回帰しながら記憶と創造のミッシングリンクへ迫ろうとする。ブタデスは娘がトレースした壁の影に粘土を押し付け、浮き彫り像をつくり、焼き固めて半立体化したとされるが、本インスタレーションも動きと生命を多元的に空間化する新たな実践となることだろう。

光田 由里
写真にドローイングを重ねて動きを生み出す、アニメーションの方法「ロトスコープ」の技法を追求している岩崎氏。応募作は、モノクロームで細い線による、たんたんとしたシンプルな描写で、アニメーションが透明感を持ち、はかなさやあやうさを見せる。それが亡くなった人への、思いや記憶のゆらぎやもろさを表すことになる。残された写真の人は、こちらを見ることがなく、描かれるのは顔を見せない記憶になる。ゆらぎやはかなさが、今現在のリアリティになるのかもしれない。パンデミックのために遠くに置かれた面影は、残された者のモノローグにならざるをえないのだろうか。写真と描線と動きが、どのように広がりを見せるかを見たい。

第17回shiseido art egg賞 審査員

以下の3名の審査員が上記3つの展覧会のなかから第17回shiseido art egg賞を選出します。

鬼頭 健吾 氏(美術家)
蓮沼 執太 氏(音楽家、アーティスト)
平藤 喜久子氏(神話学者、國學院大學教授)

※第17回shiseido art egg賞受賞者は、3つの個展終了後、当ウェブサイトにて発表します。

応募状況

応募状況

これまでのshiseido art eggの審査結果は下記よりご覧ください。

資生堂ギャラリー公式アカウント